Day 8「手取りと額面」で、給与明細は上下2つの欄でできていると書きました。
上が支給、下が控除。
昨日は上の欄を分解しました。
今日から下の欄です。
最初は、いちばん大きい塊から。
昨日の「今日の1手」で、基本給 ÷ 総支給額を計算してもらいました。
今日はその明細を、もう一段下までスクロールします。

カナ「基本給比率、74%でした。3割近くが手当だったんですね」
正確です。
222,000 ÷ 300,000 = 0.74。
昨日の宿題を、きちんとやってきてくれました。

カナ「そのまま下も見たんですけど、厚生年金っていうのが2万7千円で、断トツで大きいんです」
そこが今日の主役です。
控除欄で最大の項目は、たいてい厚生年金です。

カナ「2万7千円って、けっこう持っていかれますよね……」
サトル「それ、半分だよ。まったく同じ2万7千円を、会社もカナさんのために払ってる。明細には出てこないけどね。」
種明かしです。
社会保険料は労使折半。
あなたが見ている金額は、実際に動いているお金の半分です。

カナ「引かれてるだけだと思ってた……」
そういうことです。
ここからは、その「見えていない半分」を見ていきます。
社会保険料とは?
社会保険料とは、病気・老後・失業・ケガに備えるための、公的な保険の掛金です。
会社員の場合、5つあります。
- 健康保険:医療費の自己負担を3割にする。傷病手当金・出産手当金・高額療養費もここ
- 介護保険:40歳から64歳が対象。40歳の誕生日を含む月から加わる
- 厚生年金:老後の年金。障害年金・遺族年金もここ
- 雇用保険:失業給付、育児休業給付、教育訓練給付
- 労災保険:仕事中・通勤中のケガや病気
このうち労災保険だけは全額を会社が払います。
本人負担はゼロです。
残りの4つは、あなたと会社で分け合います。
そして分け方が、今日いちばん大事なところです。
健康保険・介護保険・厚生年金は、ちょうど半分ずつ。 これを労使折半と呼びます。
実際に、いくら引かれているのか
数字を出します。
額面30万円、40歳未満、広島県の協会けんぽに加入している場合。
令和8年度の料率です。
- 健康保険料(料率9.78%の折半):14,670円
- 子ども・子育て支援金(率0.23%の折半/2026年4月から新設):345円
- 厚生年金保険料(料率18.3%の折半):27,450円
合計 42,465円。
ここに雇用保険料が加わります。
令和8年度の労働者負担は、一般の事業なら0.5%。
額面30万円なら月1,500円です(農林水産・清酒製造と建設の事業は0.6%)。
本人負担の合計は、しめて43,965円。
このうち健康保険と雇用保険の料率は毎年見直されるので、来年は変わります(固定なのは厚生年金の18.3%だけです)。
そして40歳になると、ここに介護保険料が加わります。
料率は全国一律1.62%、折半で0.81%。
額面30万円なら月2,430円。
誕生日を迎えた月から、何の予告もなく明細の項目が1つ増えます。
Day 6「購買力」のラーメンで並べてみます。
1杯909円です。
- 額面30万円 = 330杯
- 基本給22万2千円 = 244杯(昨日の数字)
- 社会保険料43,965円 = 48杯
毎月48杯ぶんが、口座に入る前に出ていきます。
会社も、同じ額を払っている
ここが今日いちばん大事なところです。
Day 7「可処分所得」で、こう書きました。
「あなたの給料に会社がかけているコストは、額面よりさらに大きい」。
その中身です。
さきほどの内訳のうち、健康保険・子ども子育て支援金・厚生年金の3つ——合わせて42,465円——は、きっちり折半です。
会社は、これとまったく同じ42,465円を別に払っています。
そして、折半ではないものが2つあります。
雇用保険はあなたが0.5%に対して、会社が0.85%(月2,550円)。
労災保険は全額が会社負担。
率は業種ごとに決まっていて、事務や情報サービスなどの「その他の各種事業」なら0.3%、月900円です。
折半どころか、合計では会社のほうが多く払っています。
つまり、こうなります。
- あなたの明細に出ている額:43,965円
- 会社が別に払っている額:45,915円(42,465+雇用保険2,550+労災900)
- 労使合わせて:89,880円
ラーメンなら98杯ぶん。
あなた1人の社会保険のために、毎月それだけのお金が動いています。
会社から見ると、額面30万円の社員1人にかかるコストは月345,915円。
年間にすると、額面360万円に約55万円が上乗せされている計算です。
一方であなたの口座に振り込まれるのは、手取り率80%なら月24万円。
- 会社が払う:345,915円
- あなたが受け取る:240,000円
その差、105,915円。 同じ1か月の、同じ1人の給料です。
念のため書いておきます。これは「会社が搾取している」という話ではまったくありません。 労使折半は法律で決まっています。
ただ、自分の労働に社会が支払っている総額を知っておくと、額面という数字の見え方が変わります。
標準報酬月額 ── 4月から6月で、1年が決まる
社会保険料は、毎月の給料に直接かけて計算されるわけではありません。
標準報酬月額という、階段状に区切られた基準額を使います。
決まり方は、少し変わっています。
原則、4月・5月・6月に支払われた給料の平均で決まり、その年の9月から翌年8月まで、1年間固定されます。
つまりこういうことです。
- 4〜6月にたまたま残業が多かった → その1年、保険料が高いまま
- 7月以降にどれだけ残業が減っても → 保険料は下がらない
昨日、Day 8で「年収という言葉は3つある」と書きました。
その3つ目がこの標準報酬月額です。通勤手当を含む、というのがポイントでした。
なお、固定的な給料が大幅に変わったときは、年の途中でも見直されます(随時改定)。
昇給や異動で給料が動いたら、数か月後に保険料も動く、と覚えておけば十分です。
昨日の宿題 ── 通勤手当は、得なのか
Day 8で保留にした問いです。
通勤手当は、電車やバス通勤なら月15万円まで所得税が非課税。
ところが標準報酬月額には含まれます。
だから社会保険料は上がります。
税では優遇され、社会保険料では優遇されない。
ここだけ見ると損に見えます。
でも、そう単純ではありません。
厚生年金は、納めた額に比例して将来の受取額が増えるからです。
厚生年金保険料が増えるということは、老後に受け取る年金も増えるということ。
健康保険も同じで、傷病手当金や出産手当金は標準報酬月額をもとに計算されます。
標準報酬が高い人は、休んだときに受け取る額も多くなります。
つまり社会保険料は、税金とは性質が違います。
- 税金:払ったら、それで終わり。戻ってこない
- 社会保険料:払った額に応じて、受け取れるものが増える
昨日 Day 8で保留にした答えは、これです。
引かれる額が増える=損、とは限らない。 通勤手当で標準報酬月額が上がれば保険料は増えますが、そのぶん将来受け取る厚生年金も増えます。
逆に「引かれる額が減る=得」とも限りません。
ここが、明日から扱う所得税・住民税との決定的な違いです。
もちろん、いま手元にあるお金は減ります。
受け取るのが何十年も先である以上、それを「得」と感じられるかは別の話です。
ただ、性質が違うことは知っておいて損はありません。
私の100万円と社会保険料
この連載では、私が実際に100万円を1年間運用しています。
Day 7で「この100万円は、すでに引かれ終わったお金です」と書きました。
今日はその「引かれた分」に、はじめて金額がつきます。
手取り率80%なら、手取りで100万円を残すために、額面では125万円ぶん働いている計算になります。
差の25万円は、口座に入る前に社会保険料と税として出ていきました。元手の100万円は、すでに一度削られたあとの数字です。
そしてもうひとつ。
運用で利益が出ても、社会保険料は増えません。
給料が上がれば標準報酬月額が上がり、保険料も上がります。
でも証券口座で100万円が110万円になっても、健康保険料も厚生年金保険料も1円も変わりません。
かかるのは20.315%の税金だけです。
ここに、給与所得と金融所得の非対称があります。
- 給料で10万円増やす → 所得税・住民税+社会保険料がかかる
- 運用で10万円増やす → 20.315%の税金だけ
だから「副業より投資のほうが手取りが残りやすい」と言われることがあります。
ただし、これは増えたときだけの話です。
給料も減ることはあります。Day 5「デフレーション」で見たとおり、物価が下がる局面では、いちばん大きい費用である人件費から削られます。
それでも、給料が明日いきなり1割減ることはまずありません。
運用は減ります。私の100万円が90万円になっても、誰も補填してくれません。
税制が有利であることと、その選択が有利であることは、まったく別です。
この区別は Day 31「リスクとリターン」で正面から扱います。
Day 6で「物価を差し引いた実質も併記する」、Day 7で「税引後も足す」、Day 8で「分母を明示する」と書きました。
今日足すのは、その分母の出どころです。元手の100万円が、何を払い終えたあとのお金なのかを書く。
削られたあとの100万円を、削られない場所で増やしている。
この非対称を記録のうえで忘れないための、1行です。
よくある質問(FAQ・全6問)
Q1. 社会保険料は、自分で減らせる?
ほぼ減らせません。
標準報酬月額は給料の額で機械的に決まるので、控除を使って調整するといったことができません。
所得税や住民税とは、ここが決定的に違います。
唯一あるとすれば、4〜6月の残業を抑えるという話です。
ただし残業代そのものが減るので、手取りが増えるとは限りません。
Q2. なぜ4月から6月で決まるの?
事務処理の都合です。
全国の事業所が同じ時期にまとめて届け出て、9月から新しい保険料に切り替える、という仕組みになっています。
「たまたま忙しい時期だと1年損をする」という不公平は指摘されていますが、いまのところこの方式が続いています。
Q3. 40歳になると、いくら増える?
介護保険料が加わります。
料率は全国一律1.62%、折半で0.81%。
額面30万円なら月2,430円、年間で約2万9千円の負担増です。
誕生日を含む月から自動的に始まり、65歳になると給与天引きではなく年金からの天引きに切り替わります。
Q4. 会社が払っている分は、本来わたしの給料では?
経済学ではそう考える見方もあります。
会社にとっては人件費なので、制度がなければ給料に回っていた可能性はあります。
ただし現実には、会社負担分はあなたの年金や医療の原資になっています。
受け取る側に回ったときに戻ってくる設計です。
「取られている」と見るか「積み立てられている」と見るかで、同じ金額の意味が変わります。
Q5. 退職したら、どうなる?
健康保険は、任意継続・国民健康保険・家族の扶養のいずれかを選びます。
任意継続だと、それまで会社が払っていた分も自分が払うため、保険料はおおむね2倍になります。
会社負担のありがたみが、いちばん実感できる瞬間です。
厚生年金は国民年金に切り替わります。
Q6. フリーランスだと、どう違う?
負担が重くなります。
会社員の厚生年金・健康保険に対して、フリーランスは国民年金・国民健康保険。折半してくれる会社がいないので、全額が自己負担です。
そのかわり国民年金保険料は定額なので、収入が多いほど率としては軽くなります。
将来受け取る年金額も、厚生年金より少なくなります。
まとめ
社会保険料とは、健康保険・介護保険・厚生年金・雇用保険・労災保険の掛金です。
額面30万円・40歳未満・広島県なら、本人負担は健康保険14,670円+子ども子育て支援金345円+厚生年金27,450円+雇用保険1,500円で43,965円。
控除欄で最大の塊です。
そして健康保険と厚生年金は、まったく同じ額を会社も払っています。
雇用保険は会社のほうが多く、労災は全額が会社負担。
労使合わせて89,880円、ラーメンなら98杯ぶんが、あなた1人のために毎月動いています。
保険料の基準になるのは標準報酬月額で、4〜6月の平均で決まり9月から1年間固定されます。
通勤手当も含まれます。
ただし社会保険料は、税金とは性質が違います。
払った額に応じて、将来受け取れるものが増える。 昨日保留にした「通勤手当は得なのか」への答えもここにあります。引かれる額が増える=損、とは限りません。 明日から扱う所得税・住民税とは、ここが決定的に違います。
🎯 今日の1手(実践)
今日、給与明細の「厚生年金」の金額を、0.0915で割ってください。
たとえば27,450円なら、27,450 ÷ 0.0915 = 300,000円。
出てきた数字が、あなたの標準報酬月額です。
厚生年金の料率は18.3%、折半で9.15%。
全国どこでも、どの会社でも同じ率なので、この割り算はすべての会社員に使えます。
そしてその数字を、先月の総支給額と見比べてください。
- ほぼ同じ → 4〜6月と今の給料が近い
- 総支給額よりかなり高い → 4〜6月に残業が多かった可能性があります。その保険料は来年8月まで続きます
昨日は基本給比率、今日は標準報酬月額。
明細から自分の数字を取り出す作業も、これで3つ目です。
明日 Day 10からは、控除欄の2つ目の塊——税金です。
まずは所得税から。
社会保険料と違って、こちらは払っても戻ってきません。 そのかわり、動かせる余地があります。
🔗 あわせて読みたい
- Day 8「手取りと額面」 — 額面の中身。基本給22万2千円と固定残業代7万8千円の話
- Day 7「可処分所得」 — 引かれたあとの、実際に使えるお金
- Day 6「購買力」 — その金額で何がどれだけ買えるか。ラーメン杯数で測る方法
⚠️ ご注意
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