Day 1で複利の話をしたとき、最後にちらっと触れた法則があります。
72の法則です。
あのときは「便利な計算方法があります」で済ませました。
でも実のところ、この法則ひとつ覚えるだけで、お金にまつわる判断はかなり変わります。
金利の数字を見た瞬間に、それが何年で自分の資産を倍にするのか、あるいは何年で自分の借金を倍にするのかが、頭の中で勝手に出てくるようになるからです。
今日はそこをじっくりやります。
そして最後に、この法則を自分の100万円に当てはめて、少し都合の悪い数字も出します。

カナ「複利はわかりました! で、私の100万円、いつ200万円になるんですか? ええと、電卓どこ……」
いい質問です。
そして、その電卓は要りません。

カナ「1.05を……14回かける……? もう指が足りません」
やっぱりそうなりますよね。
正攻法で計算しようとすると、複利はとたんに面倒になります。

カナ「もっと簡単な方法、ないんですか」
サトル「72をその利率で割るだけだよ。年5%なら72÷5で14.4年。実際は14.2年だから、ズレは0.2年しかない。電卓すら要らないんだ。」
種明かしです。
たった1回の割り算で、複利の年数がほぼ当たってしまう。

カナ「暗算でわかるってこと!? ……あっ。じゃあ私のリボ払いも、計算できちゃう」
そういうことです。
そして、そこがこの法則のいちばん大事なところです。
72の法則とは?
72の法則は、これだけです。
72 ÷ 年利(%)= 資産が2倍になるまでのおよその年数
年6%なら、72÷6=12年。
年9%なら、72÷9=8年。
年3%なら、72÷3=24年。
複利の正しい計算式は「元本 ×(1+年利)の年数乗」で、2倍になる年数を出すには対数が必要です。
それを、小学校で習う割り算1回に置き換えてしまうのがこの法則です。
しかも精度がおかしいほど高い。
年6%の厳密な答えは11.90年で、法則の答えは12年。
差は1か月半です。
なぜ「72」なのか
ここが今日いちばんおもしろいところだと思っています。
数学的に正確な定数は、72ではありません。
金利が限りなく0に近いとき、正しい定数は 69.31 です。
自然対数の2、つまり ln2 × 100 の値です。
ではなぜ、世の中は69.31ではなく72を使うのでしょうか。
理由は2つあります。
ひとつは、72が割り切れる数だからです。
72は 1, 2, 3, 4, 6, 8, 9, 12, 18, 24, 36 で割り切れます。
暗算にこれほど向いた数字はそうありません。
69.31を暗算で割るのは、そもそも無理です。
もうひとつは、金利が上がると正しい定数も上がっていくからです。
実際に計算すると、こうなります。
- 年1%のとき、正しい定数は69.66
- 年3%のとき、70.35
- 年5%のとき、71.03
- 年8%のとき、72.05
- 年10%のとき、72.73
- 年15%のとき、74.39
つまり、72という数字がぴったり正解になるのは、年8%前後なのです。
そして年8%前後というのは、株式の長期平均リターンとしてよく引き合いに出される水準です。
暗算しやすくて、いちばん使いたい金利帯でいちばん当たる。
だから世界中で72が使われている。
よくできた法則です。
誤差はどこまで許されるのか
正直に、ズレの一覧を出します。
100万円が200万円になるまでの年数です。
- 年1%:厳密69.7年/法則72年(+2.3年)
- 年3%:厳密23.4年/法則24年(+0.6年)
- 年5%:厳密14.2年/法則14.4年(+0.2年)
- 年8%:厳密9.01年/法則9年(−0.01年)
- 年10%:厳密7.27年/法則7.2年(−0.07年)
- 年15%:厳密4.96年/法則4.8年(−0.16年)
- 年20%:厳密3.80年/法則3.6年(−0.20年)
- 年30%:厳密2.64年/法則2.4年(−0.24年)
実用的な結論はこうです。
年4%〜年12%の範囲なら、ズレは0.4年以内。
ほぼ気にする必要がありません。
危ないのは両端です。
金利が低いときは実際より遅く見積もり、金利が高いときは実際より早く見積もります。
特に高金利側は「実際よりも早く倍になる」と出るので、借金の話をするときは要注意です。
年20%の借金は、法則だと3.6年で倍ですが、実際は3.8年。
少しだけ猶予があります。
慰めにはなりませんが。
ここでひとつ、Day 1の記述を訂正させてください。
Day 1で「普通預金の年0.400%なら、72÷0.4=180年」と書きました。
法則としては正しいのですが、厳密に計算すると173.6年です。
金利が低いと、72よりも69.31のほうが正解に近づきます(69.31 ÷ 0.4 = 173.3年。
ほぼ一致します)。
6.4年ぶんズレていました。
もっとも、170年待てる人はいないので実害はありません。
低金利には「70の法則」を使う
低金利側のズレが気になる場面が、ひとつだけあります。インフレです。
物価が毎年2%上がると、同じ100万円で買えるものは毎年2%ぶん減っていきます。
では、お金の価値が半分になるまで何年かかるか。
- 72の法則:72÷2=36年
- 70の法則:70÷2=35年
- 厳密な答え:35.0年
70の法則のほうが、ぴったり当たります。
インフレ率のような1〜3%の低い数字を扱うときは、72ではなく70で割る。
これだけ覚えておけば十分です。
年2%のインフレが35年続けば、お金の価値は半分になる。
「現金で持っているのが一番安全」という感覚が、なぜ長期では成り立たないのか。
この1本の割り算が答えを出しています。
3倍にしたいなら「115の法則」
倍ではなく3倍を知りたいこともあります。
そのときは115です。
115 ÷ 年利(%)= 資産が3倍になるまでのおよその年数
- 年5%なら、115÷5=23年(厳密22.5年)
- 年8%なら、115÷8=14.4年(厳密14.3年)
- 年10%なら、115÷10=11.5年(厳密11.5年)
倍が72、3倍が115。
この2つを覚えておけば、長期の資産形成の話はだいたい暗算で追いかけられます。
逆に使う ——「10年で倍にしたい」から必要な利率を出す
72の法則は、割る向きを変えても使えます。
72 ÷ 目標年数 = 必要な年利(%)
- 20年で倍にしたい → 72÷20=年3.6%(厳密3.53%)
- 10年で倍にしたい → 72÷10=年7.2%(厳密7.18%)
- 5年で倍にしたい → 72÷5=年14.4%(厳密14.87%)
こちらの使い方のほうが、実生活では効くかもしれません。
「老後までに資産を倍にしたい」と思ったとき、必要な利回りが1回の割り算で出てくる。
そしてその数字が現実的かどうかを、その場で判断できます。
20年あれば年3.6%。
これは無理のない数字です。
5年で倍なら年14.4%。
かなり厳しい。
この線引きが即座にできることが、この法則の実用的な価値です。
借金と手数料 ——「割られる側」に立ったとき
Day 1でも書きましたが、繰り返す価値があります。
72の法則は、自分が支払う側に立ったときも同じ精度で働きます。
- リボ払い年15%:72÷15=4.8年で借金が2倍
- カードローン年18%:72÷18=4年で借金が2倍
- 遅延損害金年20%:72÷20=3.6年で2倍
年18%の借金は、4年放置すれば倍になる。
投資で年18%を4年続けるのは至難の業ですが、借金の年18%は何もしなくても確実にやってきます。
もうひとつ、見えにくい「割られる側」があります。手数料です。
年5%で運用できる商品に、年1.5%の手数料がかかっているとします。
手取りは年3.5%。
倍になるまでの年数を比べます。
- 手数料なし(年5%):72÷5=14.4年
- 手数料あり(年3.5%):72÷3.5=20.6年
6年遅くなります。
厳密に計算しても5.9年遅い。
ほぼ同じ答えです。
たった1.5%の手数料が、あなたの資産が倍になる日を6年後ろにずらす。
パーセントで見ると小さく、年数に翻訳すると大きい。
これが72の法則の本当の使い道だと思っています。
私の100万円に当てると、法則が壊れる
さて、都合の悪い話をします。
この連載では、私が実際に100万円を1年間運用しています。
目標を「1年で200万円」に置いたとして、必要な年利を72の法則で逆算してみます。
72 ÷ 1 = 年72%。
もうこの時点で相当な数字ですが、実はこれは間違っています。
厳密に計算すると、1年で倍にするのに必要な利回りは——年100%です。
当たり前ですね。
100万円を1年で200万円にするには、100万円ぶん増やすしかありません。
つまり72の法則は、期間が1年のような短い世界では成立しないのです。
さきほどの誤差表で「金利が高いほどズレが大きくなる」と書きました。
年72%や年100%という領域では、ズレは年単位ではなく倍数の話になります。
これは、この連載の企画そのものへの警告でもあります。
72の法則が教えてくれるのは、時間を味方につけた人の話です。
年8%で9年。
年5%で14年。
法則が美しく機能するのは、そういう時間軸の中だけです。
私が1年でやろうとしていることは、その外側にあります。
1年で大きく動かそうとすれば、複利の力はほとんど使えません。
使えるのは、集中と、タイミングと、運です。
つまりギャンブル性の高い方向にしか行き場がない。
だから改めて書いておきます。
私が1年間やることは、この記事で説明した72の法則が通用する世界の話ではありません。読者のみなさんは真似しないでください。
堅実に増やしたい方が見るべき数字は「72÷5=14.4年」のほうです。
私が見ているのは、その隣にある別の数字です。
その別の数字がどうなったかは、月1回の運用記録で全部出します。
よくある質問(FAQ・全6問)
Q1. どうして69.31ではなく72を使うの?
暗算しやすさと、精度のバランスです。
72は1, 2, 3, 4, 6, 8, 9, 12で割り切れるので、頭の中で計算できます。
さらに、正しい定数は金利が上がるほど大きくなり、年8%あたりでちょうど72.05になります。
「割りやすくて、よく使う金利帯でいちばん当たる」——これが72が選ばれた理由です。
Q2. どのくらいの金利まで使えるの?
年4%〜年12%なら、ズレは0.4年以内でほぼ完璧です。
年1〜3%の低金利なら「70の法則」、年15%を超えるなら「実際はもう少し遅い」と補正して使ってください。
年30%を超えると誤差が0.24年ほど出て、そもそも法則の意味が薄れます。
Q3. 毎月コツコツ積み立てる場合も使える?
使えません。
72の法則は「最初に置いた元本が2倍になるまで」の計算です。
積立は毎月元本そのものが増えていくので、前提が崩れます。
積立の場合は「積立総額の2倍」という考え方自体があまり意味を持たなくなります。
積立の計算方法は Day 186「ドルコスト平均法」で扱います。
Q4. 半年複利や月複利のときはどうする?
先に「実効年利」に直してから割ってください。
年5%の月複利なら、実効年利は5.12%。
72÷5.12=14.1年です(厳密には13.9年)。
年1回複利の14.2年と比べて、0.3年ほど早い。
複利の回数が増えるほどわずかに速くなりますが、思ったほど劇的には変わりません。
Q5. 税金は考慮されているの?
されていません。
ここは大きな落とし穴です。
利益が出るたびに20.315%課税されるとすると、年5%の実質利回りは3.98%になります。
72÷3.98=18.1年。
税金のない14.4年より、約4年遅くなります。
NISAのような非課税制度の価値は、この4年です。
パーセントで語られるとピンときませんが、年数に翻訳すると4年ぶんの人生です。
Q6. 株価が2倍になる年数も、これで計算できる?
理屈の上では同じ式が使えますが、実際には注意が必要です。
72の法則は「毎年きっちり同じ率で増える」ことを前提にしています。
株価はそう動きません。
40%下がる年も、30%上がる年もあります。
「平均で年8%だったから9年で倍」という計算は、あくまで平均が続いた場合の話です。
振れ幅そのものは Day 153「ボラティリティ」で扱います。
まとめ
72の法則は、「72 ÷ 年利」でお金が2倍になる年数を出す計算方法です。
年4〜12%の範囲ならズレは0.4年以内。
低金利には70、3倍には115を使います。
逆に割れば、目標年数から必要な利回りが出ます。
10年で倍なら年7.2%。
そして同じ法則が、借金にも手数料にも税金にも働きます。
年1.5%の手数料は、倍になる日を6年後ろにずらします。
パーセントは小さく見えて、年数は大きく見える。
その翻訳を1回の割り算でやってくれるのが、この法則の価値です。
🎯 今日の1手(実践)
今日、自分に関係する%を3つ書き出して、それぞれ72で割ってみてください。
たとえば、こんな3つです。
- 銀行預金の金利 → 何年で倍になるか
- 住宅ローンやカードの金利 → 何年で借金が倍になるか
- 投資信託の信託報酬 → その%で割った年数が、あなたが「取られる側」で戦っている時間の目安
3つの割り算を終えたころには、%という単位が年数に見えているはずです。
そうなったら、この法則はもうあなたのものです。
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