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2025年11月9日 投稿:swing16o

日本の病院が「社交場」になった日:医療費47兆円時代の真実

無病呻吟(むびょうしんぎん)
→ 病気でもないのに苦しげにうめきたてる意から、たいしたことがないのに大げさに騒ぎ立てること。

無病呻吟(むびょうしんぎん) とは、病気でもないのに苦しげにうめき声を上げることが転じて、大したことがないのに大げさに騒ぎ立てることをいう。

この言葉の語源は宋代の武人であり詩人でもあった辛棄疾の詞「臨江仙」にある。病もないのに呻吟の声を発するという意味から、本来は文学作品において内容が空虚であるにもかかわらず、苦悩や憂愁を装って大げさに表現することを批判する言葉として使われてきた。

しかし、2025年の日本において、この言葉はまったく別の文脈で極めて現実的な意味を持つようになった。

病院の待合室で毎日のように顔を合わせる高齢者たち。

特段重い病気があるわけではないが、月に何度も、時には週に何度も医療機関を訪れる。

血圧の薬をもらうため、膝の痛みを訴えるため、なんとなく体調が優れないから――理由は様々だ。

日本の医療費は2023年度に47.3兆円という過去最高額を記録した。

そのうち75歳以上の高齢者が消費する医療費は18.8兆円で、全体の約40%を占める。

一方で、健康であると自覚している高齢者の61.6%が月1回以上医療機関に通院しているという驚くべきデータが存在する。

これは一体何を意味しているのか。

医療費47.3兆円の衝撃:数字が語る高齢者医療の実態

2023年度の概算医療費は47.3兆円に達し、3年連続で過去最高を更新した。

前年度から2.9%(1.3兆円)の増加だ。

この数字を見ても、多くの人はピンとこないかもしれない。

しかし、47.3兆円という額は、日本の国家予算の約40%に相当し、自動車産業や電機産業といった日本の基幹産業全体の売上高を凌駕する規模である。

より重要なのは、その内訳だ。

75歳以上の医療費:

  • 総額:18.8兆円(前年度比4.5%増)
  • 全体に占める割合:39.8%
  • 1人あたり医療費:96.5万円

75歳未満の医療費:

  • 1人あたり医療費:25.2万円

つまり、75歳以上の高齢者1人が消費する医療費は、75歳未満の約4倍にのぼる。

人口の約15%を占めるに過ぎない75歳以上の高齢者が、医療費全体の4割を消費しているという現実がここにある。

日本の医療費を国際的な視点から見ると、さらに興味深い事実が浮かび上がる。

2019年のデータによれば、日本の対GDP医療費支出比率は11.0%で、OECD加盟38カ国中5位となっている。

アメリカ(16.9%)、スイス(12.2%)、ドイツ(11.7%)、フランス(11.2%)に次ぐ高さだ。

かつて日本は「低コストで質の高い医療を提供している」と自負していた。

しかし、2011年には12位だった順位が2019年には5位まで上昇している。

この急激な順位上昇は、高齢化の進展と医療技術の高度化が主な要因だが、もう1つ見逃せない要素がある。

それが「医療サービスの利用頻度」だ。

年間45回の通院:世界に類を見ない受診文化

日本の医療制度を研究する専門家の間で、しばしば引き合いに出されるデータがある。

年間平均受診回数の国際比較:

  • 日本:13回(全年齢平均)
  • オランダ:6回
  • スウェーデン:3回

日本人は平均して年間13回医療機関を受診する。

これは健康な若者も含めた全年齢の平均値だ。

スウェーデンと比較すると4倍以上の受診回数である。

さらに驚くべきは高齢者のデータだ。

75歳以上の後期高齢者で、実際に通院している人の年間平均受診回数は約45回。

ほぼ毎週病院に通っている計算になる。

令和5年の患者調査によれば、調査日当日に医療施設で受療した外来患者数は727.5万人で、そのうち65歳以上が369.8万人、75歳以上が227.5万人だった。

外来患者の約51%が65歳以上、約31%が75歳以上という構成だ。

ここで注目すべきは、内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」の結果である。

この調査によれば、日本の高齢者で「健康である」と自覚している割合は65.4%に達する。

これは韓国(約40%)を大きく上回り、決して低い数字ではない。

しかし、同じ調査で「月1回以上通院している」と答えた高齢者の割合は61.6%だった。

他国との比較:

  • アメリカ:24.6%
  • ドイツ:32.9%
  • スウェーデン:14.6%
  • 韓国:59.2%

日本は韓国とともに、健康だと自覚しながらも頻繁に医療機関を訪れる高齢者が突出して多い国なのだ。

韓国の場合は「健康である」と回答した割合が4割程度にとどまっているため、高い通院頻度には一定の説明がつく。

だが日本は違う。

健康であると認識しながらも、月に1回以上病院に通う高齢者が6割を超えているという事実をどう解釈すべきか。

大和総研のレポートは、日本の高齢者の特徴的な行動パターンを指摘している。

「今日は内科の先生のところへ行って、明日は耳鼻咽喉科、明後日は眼科に行く」

いわゆる「はしご受診」だ。

高血圧で内科、膝の痛みで整形外科、目のかすみで眼科、耳の聞こえで耳鼻科――それぞれ別の医療機関を訪れ、それぞれで薬を処方される。

かかりつけ医という概念が十分に浸透していないため、複数の医療機関を転々とする高齢者が少なくない。

令和元年の国民生活基礎調査によれば、高齢者の通院理由の上位は以下の通りだ。

男性:

  1. 高血圧症
  2. 糖尿病
  3. 歯の病気
  4. 目の病気
  5. 腰痛症

女性:

  1. 高血圧症
  2. 脂質異常症
  3. 目の病気
  4. 歯の病気
  5. 腰痛症

これらの多くは慢性疾患であり、定期的な通院と投薬管理が必要な病気だ。

しかし、問題はその「頻度」にある。

社交場化する病院

「日本の病院は高齢者のサロンになっている」――この批判を耳にしたことがある人は多いだろう。

確かに、病院の待合室で世間話をする高齢者の姿は珍しくない。

待ち時間に知り合いと会えば会話が弾むのは自然なことだ。

しかし、「暇だから病院に行く」という単純な図式で説明できるほど、実態は単純ではない。

平成17年度の内閣府調査は、高齢者の通院頻度について以下のデータを示している。

一人暮らし世帯の通院頻度:

  • 月に1日:27.0%
  • 月に2~3日程度:25.6%
  • 週に2~3日程度:8.5%
  • 週に1日:6.3%
  • 通院していない:24.2%

夫婦のみ世帯の通院頻度:

  • 月に1日:29.7%
  • 月に2~3日程度:22.7%
  • 週に2~3日程度:8.2%
  • 週に1日:7.2%
  • 通院していない:24.4%

興味深いのは、一人暮らし世帯と夫婦のみ世帯で通院頻度にほとんど差がないという点だ。

もし「孤独だから」「話し相手がいないから」病院に行くのであれば、一人暮らし世帯の通院頻度がもっと高くなるはずだが、実際にはそうなっていない。

大和総研の分析は、日本の高齢者の通院行動の背景に「病気に対する強い不安感」があると指摘している。

日本人は健康寿命が世界トップクラスであるにもかかわらず、健康に対する不安が強い。

この矛盾した心理状態が、「念のため」「予防のため」という名目での頻繁な通院を促している可能性が高い。

さらに、日本の医療制度の特性も影響している。

日本の医療アクセスの特徴:

  • フリーアクセス制(どの医療機関でも自由に受診可能)
  • 低い窓口負担(1割または2割)
  • 充実した医療保険制度
  • 医療機関の高密度配置

これらの要素が組み合わさることで、「とりあえず病院に行く」というハードルが極めて低くなっている。

諸外国では予約が必要だったり、かかりつけ医の紹介状がないと専門医を受診できなかったりするが、日本にはそうした制限がほとんどない。

もう1つ見逃せないのが、「予防」という大義名分だ。

高血圧、糖尿病、脂質異常症――いわゆる生活習慣病は、放置すれば重篤な疾患につながる可能性がある。

定期的な検査と投薬管理は確かに重要だ。

しかし、その頻度は適切だろうか。

欧米諸国では、安定している慢性疾患の患者は数ヶ月に1度の受診で済むケースが多い。

一方日本では、同じ病状でも月に1~2回の受診が当たり前になっている。

その背景には、日本独特の「出来高払い制」という診療報酬体系がある。

医療機関は患者を診れば診るほど収入が増える仕組みになっているため、必要以上の頻繁な受診を促すインセンティブが働きやすい。

負担増という処方箋:2022年の制度改革

こうした状況を受けて、政府は2021年6月に医療制度改革関連法を成立させた。

核心は、一定以上の所得がある75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担を1割から2割に引き上げるというものだ。

2割負担の対象:

  • 単身世帯:年収200万円以上
  • 複数世帯:合計年収320万円以上

この基準に該当する75歳以上は約370万人で、後期高齢者全体の約20%にあたる。

従来は、現役並み所得者(単身で年収383万円、複数世帯で520万円以上)のみが3割負担で、それ以外は一律1割負担だった。

2022年10月からは「1割」「2割」「3割」の3段階となった。

ただし、この改革の効果は極めて限定的だ。

厚生労働省の試算によれば、2割負担導入による現役世代の支援金軽減効果は2025年度で約830億円。

現役世代1人あたりの負担軽減は年間わずか800円、月額にして30円程度に過ぎない。

後期高齢者医療制度の財源構成を見れば、この限界は明らかだ。

後期高齢者医療制度の財源:

  • 公費(国・都道府県・市区町村):約50%
  • 現役世代からの支援金:約40%
  • 高齢者の保険料:約10%

現役世代の支援金は、2021年度の6.8兆円から2022年度には7.1兆円、2025年度には8.1兆円まで急増する見込みだった。

2割負担による830億円の軽減は、8.1兆円という総額の1%程度でしかない。

さらに、政府は2割負担導入にあたって「配慮措置」を設けた。

2022年10月から2025年9月までの3年間、2割負担となる人について、1ヶ月の外来医療の負担増加額を3,000円までに抑えるというものだ。

超過分は高額療養費として後日払い戻される。

この配慮措置により、実質的な負担増はさらに限定的となった。

もっとも、この配慮措置は2025年9月で終了している。

しかし、議論はここで終わらない。

2025年10月の社会保障審議会・医療保険部会では、さらなる負担見直しが議題に上がっている。

焦点は「現役並み所得」の基準だ。現在、住民税課税所得145万円以上の後期高齢者は「現役並み所得者」として3割負担となっているが、この基準は2006年度から見直されていない。

一方で、後期高齢者の平均所得は上昇し、高齢者の就業率も上がっている。

にもかかわらず基準が据え置かれているのは不公平だという指摘が強まっている。

「基準を引き下げる」――つまり、より多くの高齢者を3割負担にするという方向性が示唆されている。

データが示す不都合な真実

国民医療費の都道府県別データは、興味深い傾向を示している。

2022年度の1人あたり国民医療費:

  • 最高:高知県
  • 最低:埼玉県
  • 格差:約1.44倍

古くから「医療費には西高東低の傾向がある」ことが知られている。

高知、佐賀、長崎といった西日本の県で医療費が高く、埼玉、千葉、神奈川といった首都圏で低い。

この格差の背景として「病床数の差」が指摘される。

病床数が多い地域では病床稼働率を高めるために在院日数が長くなり、結果として医療費が高くなるという仮説だ。

しかし、外来患者の受診頻度にも地域差は存在する。

医療機関へのアクセスが良い都市部の方が受診頻度が高そうに思えるが、実際には地方の方が高いという逆説的な状況も報告されている。

傷病別医療費の実態

2022年度の医科診療医療費を傷病分類別に見ると、以下のような分布となっている。

全年齢:

  1. 循環器系の疾患:6.17兆円(18.2%)
  2. 新生物(腫瘍):4.97兆円(14.7%)
  3. 筋骨格系及び結合組織の疾患:2.67兆円(7.9%)
  4. 損傷、中毒及びその他の外因の影響:2.57兆円(7.6%)
  5. 腎尿路生殖器系の疾患:2.41兆円(7.1%)

65歳以上:

  • 循環器系の疾患:4.92兆円(23.2%)が最多

循環器系疾患――つまり高血圧、心疾患、脳血管疾患などが医療費の最大項目だ。

これらの多くは慢性疾患であり、長期的な通院と投薬管理を必要とする。

ここで重要なのは、これらの疾患の多くが生活習慣の改善によって予防可能だという点だ。

食事、運動、禁煙といった生活習慣の改善により、医療費を大幅に削減できる可能性がある。

しかし、現実には「薬で管理する」というアプローチが主流となっており、根本的な生活習慣改善への取り組みは十分とは言えない。

無病呻吟からの脱却

ここまで膨大なデータを検証してきた結果、3つの明確な事実が浮かび上がった。

事実1:日本の高齢者医療費は構造的に増大し続ける

団塊の世代が全員75歳以上となる2025年は「2025年問題」として長く警鐘が鳴らされてきた。

2023年時点で75歳以上の人口は約1,900万人だが、2040年には2,200万人を超えると予測されている。

1人あたり医療費96.5万円という現在の水準が維持されるだけで、75歳以上の医療費は21兆円を超える計算になる。

これは現在の全医療費の45%に相当する。

事実2:諸外国と比較して異常に高い受診頻度は改善の余地がある

年間45回という通院頻度は、医学的必要性だけでは説明がつかない。

スウェーデンの3回、オランダの6回と比較すれば、その異常性は明らかだ。

すべての受診が不要だとは言わない。

しかし、「念のため」「予防のため」という名目での過剰な受診が相当数含まれている可能性は高い。

事実3:窓口負担の引き上げだけでは根本的な解決にならない

2割負担の導入は象徴的な意味はあったが、実効性は限定的だった。

今後さらに3割負担の対象を拡大したとしても、それは対症療法に過ぎない。

医療費抑制の本質は、窓口負担の配分を変えることではなく、医療サービスの「適正利用」を促すことにある。

無病呻吟――病気でもないのに苦しげにうめく――という状態から脱却するために、日本社会は3つの転換を実現する必要がある。

転換1:予防医療から予防生活へ

現在の「予防医療」は、実質的には「早期発見・早期治療」に過ぎない。

真の予防とは、病気にならない生活習慣を確立することだ。

高血圧の薬を飲み続けるより、減塩と運動で血圧を下げる。

糖尿病の薬を飲むより、食事と運動で血糖値をコントロールする。こうした根本的なアプローチへの転換が必要だ。

転換2:フリーアクセスからゲートキーパーへ

日本が誇る「いつでもどこでも誰でも」医療を受けられるフリーアクセス制度は、過剰受診の温床ともなっている。

諸外国のように、かかりつけ医(ゲートキーパー)が専門医への紹介を管理する仕組みへの移行を検討すべき時期に来ている。

これにより、必要な医療と不要な医療の選別が可能になる。

転換3:出来高払いから包括払いへ

医療機関が患者を診れば診るほど収入が増える現在の診療報酬体系は、頻回受診を助長する。

慢性疾患患者については、一定期間の医療費を包括的に支払う方式(包括払い制)への移行が効果的だ。

これにより、医療機関は「必要最小限の適切な医療」を提供するインセンティブを持つようになる。

まとめ

無病呻吟という言葉は、本来は文学における空虚な表現を批判するものだった。

しかし2025年の日本においては、この言葉は医療システムの構造的欠陥を的確に表現している。

病気でもないのに、あるいは大した病気でもないのに、大げさに医療機関を訪れる――この行動パターンが、年間47.3兆円という医療費を生み出し、現役世代に過重な負担を強いている。

データは嘘をつかない。

年間45回の通院、健康なのに月1回以上受診する高齢者61.6%、諸外国の3~4倍の受診頻度――これらの数字が示すのは、日本の医療システムが「適正利用」から大きく逸脱しているという現実だ。

高齢者を一方的に批判するつもりはない。

彼らの行動は、日本の医療制度が作り出した構造的な帰結なのだから。

しかし、このままでは持続不可能だという事実から目を背けることもできない。

無病呻吟からの脱却――それは、日本社会が真剣に取り組むべき最優先課題の1つだ。

そしてその解決策は、窓口負担を1割から2割に上げるといった小手先の改革ではなく、医療に対する国民の意識改革、医療提供体制の抜本的な見直し、そして予防重視の生活様式への転換という、より根本的なアプローチの中にしか存在しない。

データは示している。

残された時間は多くない。

 

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