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2025年7月16日 投稿:swing16o

なぜ人間社会に地位格差が生まれ続けるのか?

並駕斉駆(へいがせいく)
→ 地位や能力などに差がないこと。

2025年の今、私たちは「一億総中流」の幻想が完全に崩れ去った現実を目の当たりにしている。

本来であれば並駕斉駆(へいがせいく)―すなわち、数頭の馬が轡を並べて一台の車を引く如く、人々の能力に大きな差はないはずであるにも関わらず、なぜ人間社会には厳然たる地位の序列が存在し続けるのか。

この根本的な疑問に、統計データと歴史的考察を用いて迫りたい。

そもそも、並駕斉駆という概念は、『文心雕竜』附会篇に初出を見る。

「駕」は馬車、「斉」は等しい、「駆」は馬を走らせることを意味し、複数の馬が力を合わせて一台の車を引く様子から、能力や地位に差がないことを表現している。

興味深いことに、この概念が生まれた古代中国では、同時に科挙制度という世界初のメリトクラシー(能力主義)システムが発達していた。

隋朝(581-618年)に始まり、清朝(1644-1912年)まで約1300年間続いたこの制度は、理論上は出身や身分に関係なく、学識によって官僚になれる画期的なシステムだった。

しかし現実はどうだったか。明・清時代の科挙合格者の出身階層を分析した研究によると、進士(最高位の合格者)の約70%が既存の官僚・地主階級出身であり、農民出身は5%に満たなかった。

つまり、「平等な競争」を謳った制度でさえ、実際には既得権益層の再生産装置として機能していたのである。

現代日本の階級構造:データが明かす「並駕斉駆」の終焉

5段階に分化した階級社会

早稲田大学の橋本健二教授による2022年の最新調査データによると、現代日本は以下の5つの階級に明確に分化している。

1. 資本家階級:4.1%(約520万人)

  • 平均年収:1,283万円
  • 特徴:企業オーナー、投資家

2. 新中間階級:20.6%(約2,610万人)

  • 平均年収:499万円
  • 特徴:管理職、専門職、技術職

3. 正規労働者階級:37.6%(約4,760万人)

  • 平均年収:370万円
  • 特徴:正社員として雇用される労働者

4. 旧中間階級:12.8%(約1,620万人)

  • 平均年収:365万円
  • 特徴:農業、自営業

5. アンダークラス(新しい下層階級):24.9%(約3,150万人)

  • 平均年収:186万円
  • 特徴:非正規雇用、貧困率38.7%

注目すべきは、最下層のアンダークラスが全体の4分の1を占め、その平均年収が上位1%の資本家階級の7分の1以下という極端な格差である。

これは「並駕斉駆」どころか、まったく異なる種類の馬が異なるレースを走っている状況と言えるだろう。

世代を超えて継承される格差

さらに深刻なのは、この格差が世代を超えて継承される構造的な問題である。

内閣府の「社会意識に関する世論調査」(2023年)によると、親の年収が400万円未満の家庭の子どもが大学に進学する割合は31.4%である一方、年収1,000万円以上の家庭では80.1%と、2.5倍の開きがある。

これは単なる経済格差にとどまらない。

高等教育への投資額の差は、その後の就職機会、年収、さらには次世代への投資能力に直結し、「階級の世襲」という現象を生み出している。

人間能力の真実:遺伝と環境の複雑な関係性

IQデータが示す能力分布の現実

「人間の能力にそれほど差はない」という並駕斉駆の前提は、科学的に検証可能である。

知能指数(IQ)の分布を見ると、確かに極端に高い(130以上)人と極端に低い(70以下)人はそれぞれ全体の約2.1%しかおらず、大多数(約68%)は85-115の範囲に収まっている。

しかし、この「わずかな差」が社会的地位に与える影響は想像以上に大きい。

ナショナル・ジオグラフィック誌に掲載された双生児研究では、IQの約80%が遺伝的要因によって決定されることが明らかになっている。

一方で、幼少期に生き別れた一卵性双生児の研究では、育った環境によって16ポイントものIQ差が生じた事例も報告されており、環境要因の重要性も無視できない。

能力差を増幅させる社会システム

問題は、この「小さな能力差」を社会システムが指数関数的に増幅することにある。

ハーバード大学の研究によると、IQ115(上位16%)の人とIQ100(平均)の人の生涯年収差は約2,000万円に達する。

わずか15ポイントの差が、人生全体で見ると巨大な格差を生み出すのである。

これは「マタイ効果」と呼ばれる現象で、「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」という聖書の言葉に由来する。

初期の小さなアドバンテージが、時間の経過とともに累積効果によって巨大な格差に発展するメカニズムである。

メリトクラシーの罠:能力主義が生み出す新たな階級制度

能力主義という名の新たな世襲制

イギリスの社会学者マイケル・ヤングが1958年に著した『メリトクラシーの台頭』は、能力主義社会の到来を予言した未来小説だった。

興味深いことに、ヤング自身はこれを「ディストピア」として描いており、能力主義が最終的には新たな階級制度を生み出すことを警告していた。

現代のアメリカで、この予言は的中している。

イェール大学法学教授ダニエル・マルコビッツの研究によると、アメリカのトップ1%の富裕層の約70%が、何らかの形で高度な専門教育(法科大学院、医学部、MBA等)を受けている。

しかし、これらの教育機関への進学には莫大な費用がかかり、結果的に既に裕福な家庭の子弟が圧倒的に有利となる。

日本の「ハイパー・メリトクラシー」現象

日本でも類似の現象が観察される。

本田由紀東京大学教授が指摘する「ハイパー・メリトクラシー」では、従来の学力だけでなく、コミュニケーション能力、創造性、リーダーシップなど、より主観的で測定困難な「能力」が重視されるようになっている。

問題は、これらの「新しい能力」の習得には、より多くの時間と資源が必要なことである。

習い事、課外活動、海外経験等への投資が可能な富裕層の子どもが圧倒的に有利となり、結果として能力主義の名の下に新たな格差が生み出されている。

文部科学省の「子どもの学習費調査」(2022年)によると、私立中学校に通う生徒の年間学習費は平均143万円で、公立中学校の51万円の約2.8倍である。

しかも私立中学校進学者の家庭年収の中央値は950万円と、全国平均の約2倍に達している。

構造的要因の解明:なぜ地位格差は必然的に生まれるのか?

パレートの法則と権力の集中

イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見した「80-20の法則」は、社会の富の80%が人口の20%に集中するという現象を示している。

この法則は所得分布だけでなく、政治権力、情報、影響力といったあらゆる社会資源の分布に適用される。

重要なのは、この現象が個人の能力や努力とは独立して発生することである。

複雑系科学の研究によると、個体間の能力に全く差がない状態でも、ランダムな相互作用を繰り返すだけで自然に格差が発生し、時間の経過とともに拡大することが数学的に証明されている。

ネットワーク効果と社会関係資本

現代社会における地位格差の重要な要因の一つが、「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル)の格差である。

シカゴ大学の社会学者ジェームズ・コールマンの研究によると、個人の社会的成功の約40%は、その人が属するネットワークの質と量によって説明できる。

具体的なデータを見ると、日本の大手企業の役員のうち約60%が、東京大学、京都大学、早稲田大学、慶応大学のいずれかの出身者である。

これは単に学力が高いからではなく、同窓ネットワークによる情報共有、相互推薦、ビジネス機会の創出といった「見えない資本」の効果である。

こうしたネットワークは世代を超えて継承され、「親の人脈が子の就職先を決める」という現象を生み出している。

リクルートワークス研究所の調査によると、年収1,000万円以上の管理職のうち約25%が「親の紹介」によって現在の職場に就職したと回答している。

変革への道筋:データが示す格差縮小の可能性

北欧モデルに学ぶ機会平等の実現

しかし、地位格差が完全に不可避というわけではない。

OECD諸国の社会移動性(親世代の所得が子世代の所得に与える影響の強さ)を比較すると、北欧諸国では比較的高い社会移動が実現されている。

例えば、デンマークでは親世代の所得の影響が子世代に与える影響は約15%に過ぎない一方、アメリカでは約50%、日本では約32%となっている。

デンマークで高い社会移動が実現されている要因として、以下が挙げられる。

  1. 教育の完全無償化:大学まで学費が無料で、学生には生活費も支給される
  2. 積極的労働市場政策:失業者への手厚い職業訓練と就職支援
  3. 累進性の高い税制:最高税率は55%で、再分配機能が強い
  4. 労働組合の影響力:組織率75%で賃金格差を抑制
技術革新がもたらす格差縮小の可能性

一方で、技術革新は格差縮小の新たな可能性を提供している。

オンライン教育の普及により、世界最高水準の教育コンテンツに低コストでアクセスできるようになった。

Khan Academy、Coursera、edXなどのプラットフォームを通じて、ハーバード大学やMITの講義を無料で受講することが可能である。

また、AI技術の発展により、従来は高度な専門知識を要した業務の多くが自動化されつつある。

これは既存のエリート層の優位性を相対的に低下させ、新たな能力や創造性に基づく競争環境を生み出す可能性がある。

データドリブンな政策提言

格差縮小のための具体的政策として、以下のような証拠に基づく対策が有効とされている。

1. 早期幼児教育への投資 ノーベル経済学賞受賞者ジェームズ・ヘックマンの研究によると、質の高い幼児教育への1ドルの投資は、将来的に7-10ドルの社会的リターンを生み出す。特に低所得家庭の子どもに対する効果が高い。

2. 累進的教育バウチャー制度 家庭の所得に応じて教育バウチャーの額を調整することで、すべての子どもが質の高い教育を受ける機会を保障する。フィンランドではこの制度により、社会階層間の学力格差が大幅に縮小した。

3. ベーシックインカムの部分導入 フィンランドで実施されたベーシックインカム実験では、月額560ユーロの給付により、受給者の就労意欲が向上し、精神的健康状態も改善されることが確認された。

4. 相続税の強化と教育投資への誘導 フランスでは相続税率を段階的に引き上げる一方で、教育投資には税制優遇を設けることで、世代間格差の継承を抑制している。

まとめ

現代の階級社会化は、人間の能力差そのものよりも、小さな差を増幅する社会システムと、世代を超えて継承される様々な資本(経済資本、文化資本、社会関係資本)の格差によって生み出されている。

データが明確に示すように、並駕斉駆の理想は現状では実現されていない。

しかし、それは人間の能力に本質的な差があるからではなく、社会制度の設計に問題があるからである。

テクノロジーの進歩により、知識や情報へのアクセス格差は確実に縮小している。

重要なのは、この機会を活かして、真に機会平等な社会システムを構築することである。

それは単なる理想論ではなく、北欧諸国の成功例が示すように、政治的意志と適切な政策によって実現可能な目標なのである。

私たちstak, Inc.が目指す「天井をハックする」というビジョンも、実はこうした社会構造の変革と深く関連している。

テクノロジーを通じて既存の制約を突破し、より多くの人に新たな可能性を提供することで、社会全体の並駕斉駆に貢献していきたい。

真の並駕斉駆社会の実現には、個人の努力だけでなく、社会全体の構造改革が不可欠である。

データに基づく冷静な分析と、それに基づく戦略的な行動こそが、理想と現実の橋渡しをする鍵となるだろう。

 

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植田 振一郎 X(旧Twitter)

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