百味飲食(ひゃくみのおんじき)
→ いろいろな美味しい食べ物や飲み物のこと。
百味飲食という概念は、文字通り多種多様な味の世界を指し示すキーワードとして生まれた。
古来より日本をはじめとする東アジア圏では、食に対する探究心が強く、その歴史は宮廷料理や儀式食から現代の家庭料理まで多岐にわたる。
たとえば中国の宮廷料理では、秦の始皇帝の時代から「何でも試す」姿勢があったという史料が残されている。
一方、日本では織田信長の時代から南蛮貿易によって伝わった食材を取り入れたり、江戸時代には各藩が各地の特産物を献上する文化が生まれたりした経緯がある。
こうした背景を経て、多種多様な料理を受け入れる土壌が形成された。
百味飲食は、そうした歴史の流れのなかで「食材や調理方法、地域性や民族性を問わず、とにかく多くの味わいを尊重しよう」という意識を結集したものと言える。
明確な起源は特定されていないが、東アジアの古文献や料理書、あるいはヨーロッパの美食家たちの論述にも通じる思想が見られる。
現代においては、世界200近い国と地域に存在する多種多様な食文化をまさに「百味」として総称し、さらに飲み物を加えた「飲食」という概念にまで拡張させたと解釈できる。
このように歴史的背景から、百味飲食という言葉は「単に多くの食文化を取り上げるだけでなく、その奥行きや歴史、背景に目を向けることが重要だ」という教訓を与えている。
あえて数値的なデータで裏づけするなら、国際連合が認める加盟国が193、承認国・地域を含めれば200を超えるとされる事実が示すように、そのそれぞれが多彩な味を持っていることは間違いない。
世界の料理と飲み物を可視化するデータの徹底調査
百味飲食の核となるのは「視覚的にわかりやすいデータをもとに多様な食文化を理解すること」だと捉えている。
目に見える形でデータを示せば、単なる感覚的な話ではなく、ある程度具体的な裏付けをもって「世界にはこれほど多種多様な料理と飲み物が存在するのだ」と認識できる。
世界観光機関(UNWTO)が2022年に発表した国際旅行者の訪問先トップ10のデータを参照すると、フランスやスペインなどヨーロッパ主要国、アメリカ合衆国、中国、トルコ、イタリアといった国々が上位に入っている。
観光客が多い国には当然ながら世界中の食文化が集まるため、その国々の料理や飲み物の多様性は指数関数的に増えていく。
さらにフードデリバリー関連の国際市場調査(Statistaや各種市場レポートを参考)では、多国籍料理の需要が年々上昇している傾向がある。
具体的にはアジア系、アフリカ系、ラテンアメリカ系などの料理カテゴリーが、それぞれ前年比10〜20%のオーダー増加を示すケースも確認されている。
たとえばインド料理におけるカレーや南インドのドーサ、メキシコ料理のタコスやテキーラ、そしてトルコのケバブやチャイなどはグローバル市場での需要が高まっているという統計がある。
こうした統計からわかるのは、特定の国だけでなく、さまざまな国の食文化が求められているという事実だ。
実際、「日本食が美味しい」と胸を張る一方で、他国の料理や飲み物もじつは非常にレベルが高く、さらに言えば海外で日本食が高評価されているように、日本だけでなくほかの国や地域でも自国の食に自信を持つケースが増えていると考えられる。
ここでは冒頭のテーマでもある「誰よりもどこよりも詳しく紹介」というモチベーションに従い、ひとつ参考になる可視化データの例を挙げる。
たとえば、フランスでのワインの種類は公式に登録されているだけでも3,000種類以上あり、ワイン観光(ワインツーリズム)に訪れる旅行者は年間1,000万人以上と報じられている。
一方、イタリアのワイン関連データを見ると、ブドウ栽培面積や生産量がフランスと拮抗しており、毎年首位争いが起きている。
これほどのスケールで食や飲み物が消費されている現実は、まさに百味飲食を裏付けるための強力なエビデンスとなる。
世界の200近い国と地域に潜む未知なる美食
起承転結の起の部分にあたる問題提起として、「美味しいものを見つけるリソースが足りているのか」という視点を掲げたい。
世界には200近い国と地域が存在するが、実際に自分の足で訪れることができる国の数は一生のうちにどれほどだろうか。
旅行業界大手が公表した海外旅行者の訪問国数に関する調査では、個人ベースで10か国以上を訪れる人は意外と少ないというデータがある。
一般的な日本人であれば、仕事や観光で行く先はせいぜい数か国程度に留まることが多い。
となれば、知らないままの美味しい食文化が山ほど眠っている可能性が高い。
各国にはその土地ならではのローカルフードがある。
たとえばアフリカ大陸に視点を向ければ、エチオピアのインジェラと呼ばれる酸味のあるクレープ生地状の主食や、南アフリカのボボティというカレー風味のミートローフ料理などが挙げられる。
飲み物ならばモロッコのミントティーが有名だが、実はガーナには赤いハイビスカス茶(ソボロ)をベースにしたローカルドリンクがある。
南米に焦点を移すなら、ペルーのセビーチェやアルゼンチンのアサード、ブラジルのフェイジョアーダなどは世界的にも認知度が高まったが、まだローカル限定の料理やドリンクは山ほど存在する。
アルゼンチンのマテ茶が健康志向の流れで世界中に輸出されつつある一方で、ボリビアの高地で飲まれる独特なハーブティーや、パラグアイのテレレなどはまだまだ知られていない。
つまり、情報量が圧倒的に少ないまま埋もれてしまっている料理や飲み物が多いという事実が問題として浮上してくる。
データの観点で言えば、世界のレストランデータベースを網羅しようとする取り組みはあるものの、結局は旅行者数が多い国・地域ばかりが注目される傾向にあるという点が浮き彫りになる。
こうした理由から「本当に美味しいものを見つけるためのリソースが足りていないのではないか」という疑問が湧いてくる。
問題の本質と別のデータが示すもうひとつの視点
問題の本質をさらに別の視点で分析するには、国際物流や輸入食材のデータを参照するのが有効だ。
たとえば日本の農林水産省が公表している輸入統計を見ると、食材の輸入元としてはアメリカ、ブラジル、中国、オーストラリア、カナダといった国々が上位に並ぶ。
これは食品の大量生産や輸送体制が整備されている国が中心になっていることを意味し、必然的にそうした国の食文化や原材料のみが国内の一般流通に乗りやすい構造がある。
しかし一方で、世界には輸送コストが高い、あるいは加工や流通の仕組みが整っていないせいで、実際には独特で魅力的な食材がありながらほとんど海外に出回っていないケースが多い。
具体例を挙げるなら、中央アジアのフェルガナ盆地周辺で採れる果物は香り高く甘みが強いと地元の農家や訪れた旅行者から絶賛されているが、大規模輸出は行われていないため、ほぼ現地でしか味わえない。
このように、世界規模で見れば「輸出入を含めた流通データが示す部分だけが表層的に有名になりやすく、そうでない部分が埋もれている」という構造的問題があると推測できる。
また料理だけでなく、発酵飲料やローカル発泡酒など、その土地独特の飲み物が世界の広範囲に出回ることは少ない。
たとえばポリネシア地域で飲まれるカヴァなどは儀式的要素が強く、商業ベースにはあまり乗らないために知名度が極端に低い。
一方で、マイナーな食や飲み物がSNSなどで一気に拡散する時代でもある。たとえばタピオカドリンクは台湾発祥だが、一時期日本や世界各国で爆発的ブームを引き起こした。
こうした現象が示すのは「需要と供給のミスマッチが解消されれば、一気に注目を浴びる美味しい料理や飲み物が潜在的にまだたくさん存在する」という可能性だ。
すなわち本質的には、世界中に眠っている優れたローカルフードやドリンクを適切に見つけ出し、適切に紹介するプラットフォームや仕組みが圧倒的に不足している状況だと考えられる。
まとめ
ここまでのデータと問題提起を振り返ると、世界には約200近い国と地域が存在し、それぞれの土地ごとに多種多様な料理や飲み物がある。
そしてその多くは流通の問題や情報不足のために、世界的な認知度を獲得できずに埋もれている可能性が高い。
逆に言えば、まだ見ぬ美味しさを発掘することは大いなるチャンスであり、それは単に個人の食の楽しみだけでなく、ビジネスや文化交流の活性化にもつながる。
最後に結論として、自分の言葉でまとめておこう。
百味飲食とは、ただ単に世界各地の美味しいものを羅列するのではなく、その背後にある歴史やデータを参照しながら、それぞれが持つ文化的背景までも味わう行為だと思っている。
世界の国と地域が200程度あるという事実は、逆にいえば200通り以上の美味しさと驚きが転がっていることを意味する。
しかし、情報の偏在や流通の問題、視覚的なデータ不足などが、そうした美味しさとの出会いを妨げる原因になっている。
だからこそ、視覚的データを重視して多面的に食や飲み物を分析し、より多くの人々に共有することが必要だ。
そしてそれは同時に、世界中にビジネスや人との新しい繋がりを生むきっかけにもなる。
日本が美食大国であることに誇りを持ちながらも、まだ知らない海外の美味を掘り起こすことで、新たな学びや感動が得られるはずだ。
その探究の過程こそが、百味飲食を語る醍醐味だと強く感じている。
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