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2023年3月28日 投稿:swing16o

教育に対する因数分解

慈母敗子(じぼはいし)
→ 子どもを甘やかし過ぎると放蕩者になってしまうことから、時には厳しく教育することも必要だという教訓。

子どもを甘やかすことに対する戒めということだが、この考え方というか教育方法について、私は少々疑問を覚える。

予め私のスペックを書いておくが、私は結婚をしたこともないし、子育てをしたこともない立場だ。

そんな立場だからいい加減なことを言っているとか、リアルを知らないという批判もあるかもしれない。

それを呑み込んだ上で、私の意見というか主張をさせてもらおう。

教育に対する誤解

私は2023年に42歳を迎えるわけだが、その根本にある性格のようなものは、やはり幼少期の影響が大きいように思っている。

何度も書いているので、知っている人もいるかもしれないが、私はいわゆる教育者の家庭で育った人間だ。

幼少期とは、一般的に生後から12歳までの時期を指す。

例えば、幼稚園や保育園に通う場合、通常は3歳から6歳までの期間を指して幼児期と呼ぶ。

また、小学校に入学するための準備期間である就学前教育の対象年齢は、地域や国によって異なるが、一般的には3歳から6歳までとされている。

さらに、心理学や医学の分野では、幼少期の期間を生後から2歳までの乳幼児期、2歳から6歳までの幼児期、6歳から12歳までの児童期と細かく区分けすることもある。

つまり、幼少期とは一般的に生後から12歳までの期間を指すが、具体的な年齢によってその期間や区分けは異なる場合があるというわけだ。

そんな時期を私は少々複雑なポジションで過ごした。

とりわけ影響が大きかったと思っているのが小学3年生から小学6年生のタイミングだと自分の中で因数分解している。

多くの人は先生に教わるということが当たり前だと思っている。

日本国憲法でも、教育の権利は保証されており、すべての国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有している。

ただ、教育は教育者と呼ばれる立場の人から一方的に受けるものではない。

ここに大きな教育に対する誤解がある。

優秀だと言われている教育方法

一般的に言われている優秀な教育方法には下記が挙げられる。

アクティブラーニング

学生を参加させ、問題解決や実験などの活動を通じて自分で知識を獲得することを促す方法だ。

プロジェクトベースドラーニング

学生にプロジェクトを割り当て、実際の問題に取り組ませることで、知識とスキルを実践的に習得させる方法だ。

コラボレーション

グループワークやペアワークを通じて、学生が協力し、相互に学び合う方法だ。

テクノロジーを活用した教育

コンピューターやインターネットなどの技術を使用して、学習を補助する方法だ。

フリースタイルラーニング

学生が自分自身で自己指導し、自分の学習に対する責任を持つ方法だ。

マインドフルネス教育

学生にストレス管理、集中力、自己観察、自己認識などのスキルを教え、心理的な健康を促進する方法だ。

ゲーミフィケーション

学習をゲームのような形式にすることで、学習のモチベーションを高める方法だ。

ストーリーテリング

物語を通じて学生に教えることで、情報を覚えやすくする方法だ。

カリキュラムの個人化

学生の興味や能力に合わせて、個別にカリキュラムを作成する方法。

逆転授業

授業時間を学生が自宅で動画などの映像教材を見る時間にし、授業時間を実践的な演習やディスカッションの時間にする方法だ。

教育よりも大切な教養

教育と教養は似て非なる概念だということも何度か主張しているが、改めて重要なことなので書いておこうと思う。

まず、教育は一般的に、知識や技能を習得するために行われる一連の活動やプロセスを指す。

そして、教育は学校教育や職業訓練、オンライン教育や自己学習など、様々な形で行われる。

その教育によって、個人は自分自身の専門分野や興味のある分野についてより深い知識や技能を習得することができる。

一方で、教養とは、人文科学や社会科学、芸術、哲学などの広範な分野に対する知識や理解を指す。

教養は個人が社会で適切に機能するための、広範な一般的知識を習得することを目的としている。

例えば、文学や芸術、歴史や政治、哲学や宗教などの分野についての知識を持っていることは、社会的に教養があるとされるわけだ。

つまり、教育と教養は異なる概念であり、教育は知識や技能を習得するためのプロセスであり、教養は広範な分野に対する知識や理解を指す。

ただし、教育と教養は相互に関連しているため、教育を受けることによって教養を習得することもできる点が重要なポイントだ。

教養が重要だという考え方

上述した内容はわかりにくいかもしれないので、シンプルにまとめていくが、とどのつまり教育よりも教養という概念にフォーカスした方がいいということだ。

教養のある人が世の中では強い。

そして、重要なポイントとして挙げたが、教育を受けることによって教養を習得することができる。

つまり、高度な教育を受けることによって教養も同時に身につけることが重要だということだ。

そして、悲しいかな教育を受ける環境によって、その人の人生は大きく左右されるのもまた事実だ。

となると、できるだけはやい段階から高度な教育を受けさせた方がいいというのが持論だ。

というのも、生まれてから成人するまではいずれにせよ子育てをしなければならないわけで、当然だが子育てにはお金がかかる。

具体的には下記のとおりだ。

出産費用

出産には、病院での入院費、医療費、分娩費用、検査費用などがかかる。

また、帝王切開や特別な医療処置が必要な場合は、その費用も加算される。

幼児教育費用

保育園や幼稚園に通う場合、入園金や月謝、給食費、保育用品などの費用がかかる。

また、一部の家庭では、ベビーシッターや家庭教師などの費用も加算される場合がある。

健康管理費用

赤ちゃんの健康管理には、予防接種や健康診断などの費用がかかる。

また、病気やけがをした場合の医療費用も加算される。

日用品費用

赤ちゃんのおむつやミルク、哺乳瓶、洋服、おもちゃ、家具、車のチャイルドシートなど、日常生活に必要な物品の費用がかかる。

上記に述べた費用は、地域や家庭の事情によって異なるが、最低でも数百万円から1,000万円以上かかると言われている。

具体的な費用については、以前に書いたブログがあるので、下記を参照にしてもらいたい。

0歳〜22歳まで子ども1人を育てる場合にかかる費用

この情報からだと、下記の数字が導かれている。

  • 【中学まで】約1,900万円+【高校:公立】530万円+【大学:国公立 文系・自宅通学】829万円=約3,259万円
  • 【中学まで】約1,900万円+【高校:私立】690万円+【大学:私立 文系・自宅通学】995万円=約3,585万円

いずれにせよ、3,000万円以上というコストがかかることを考えたときに、どう見えるかが重要だ。

見てもらえたら一目瞭然だが、高校から大学にかけてだけで、ゆうに1,000万円以上のコストがかかっている。

このコストをかけるくらいなら、もっと序盤でコストをかけるべきだというのが私の考え方だ。

序盤に1,000〜1,500万円の教育コストをかけることができれば、教養も同時に身につけることができる可能性が高いというわけだ。

まとめ

まとめると、私が教育を因数分解した結果は、教養を身につけることをベースに教育を行うというものだ。

教育がベースにあるのではなく、教養を身につけることがベースになければいけない。

くり返しになるが、教養は個人が社会で適切に機能するための、広範な一般的知識を習得することだ。

考えてみてもらいたい。

画一的な教育を受けた平均的な人が量産される未来と、知識がある人が量産されていく未来のどちらが明るいだろうか。

ただただ正解のある問題を解ける人からはゼロイチを生み出すことはできない。

教養を多く備えた人からはイノベーションが生まれやすいと確信している。

そして、私はそういった人たちと共に歩んでいく人生を送りたい。

 

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植田 振一郎 Twitter

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