孤軍奮闘(こぐんふんとう)
→ 手助けしてくれる人が誰もいない中、一人で懸命に頑張ること。
ありがたいことなのか、迷惑なことなのか、ときどきわからなくなることがある。
私が毎日ブログを更新している日数は日に日に増えている。
2021年1月4日の新年挨拶から毎日ブログを更新しようと決めてから、1年10ヶ月、つまり約22ヶ月という日々が流れたわけだ。
投稿数を調べてみると、本日のブログで641となっていた。
せっかくなら、もっと切りのいいタイミングが良かったが、まあ仕方ない。
それでは、なぜ私がこうやって毎日ブログを書き続けているのか、改めて書いていこうと思う。
毎日ブログを書いている理由
上述したとおり、2021年1月4日からブログを毎日更新しているわけだが、当時と現在では少々考え方が異なっている。
とはいえ、共通している部分もあるので、まずはそこから書いていこう。
- 自分自身の影響力というか発信力をつけたい
- インプットとアウトプットの場をつくるため
- 継続を形としてわかりやすく見せるため
この3つは共通して今も変わらないところなので、まずはここから説明していくとする。
1)自分自身の影響力というか発信力をつけたい
約22ヶ月前と変わっていないのだが、私は何者でもない。
いや、あえてまだ何者でもないと書かせてもらおう。
そんな私が少しでも、植田 振一郎という名前で影響力や発信力をつけるためには、ファンとアンチをつくらなければならない。
そのためには、まずは自分がどういう人物であるのか、世の中にさらけ出す必要がある。
今の時代なら炎上という言葉で世の中に登場する人もいるのだが、いわゆる炎上による売名行為とは私のイメージとは少々違う。
断っておくが、別に炎上商法が悪いとは思っておらず、炎上させることがそんなに簡単だとも思っていない。
むしろ、狙って炎上させることができるというのであれば、今の時代では心強い武器になるし、特技だといっても過言ではないだろう。
ただ、炎上は炎上によってでしか継続ができないところがあって、コンテンツが溢れている今、炎上をベースに考えるのは疲弊するだけだという考えを持っている。
わかりやすくいうと、例えばTwitterで適当に投稿したツイートが瞬く間に拡散されて、エンゲージメントが高くなるときがある。
これは別にその人をフォローしているわけでもなく、その人の影響力が高まっているわけでもない。
その1つのツイートだけが、たまたま話題になっただけだ。
その人がどういう意思でツイートしたのか不明だが、少なからず1人でも多くの人に見てもらいたいという意思はあったはずだ。
そして、そのツイートはたまたま上手く拡散されたかもしれないが、もう一度同じようにということができない。
つまり、再現性のない発信力にはなんの影響力もないというわけだ。
これでは、自分自身に価値が溜まっている状態とはいえない。
となると、本物でなければいけない。
要するに、面白いコンテンツを提供できる人でなければ、誰も寄ってこないし誰にも見てもらえないということである。
2)インプットとアウトプットの場をつくるため
あなたはどんな人と会話しているときが楽しいと思うか、考えたことはあるだろうか。
私の場合は自分の知らない世界へ上手に導いてくれる人と一緒にいるときに心から楽しいと思ってしまう。
つまり、博識なだけではなく、話術というかトーク力の高い人に対して魅力を感じてしまう。
当然、そういった人たちも最初からそういったわけではない。
それから、そういった人たちは多方面からのインプットを続けているし、インプットするだけでは意味のないことを知っている。
なにが言いたいのかというと、アウトプットすることで初めてインプットしたということであることを理解しているのである。
得た知識はそのままでは本当に定着したとはいえない。
アウトプットすること、とどのつまり相手にわかりやすく説明することができて初めて自分のものになっているというわけだ。
そのためには、大量の情報をインプットして噛み砕いてアウトプットしていかなければいけない。
それを自然とできている人が私の理想とするところで、そういった人たちをフォローし、まずは10分の1を目指してとにかくパクれるところはパクりまくっているのである。
3)継続を形としてわかりやすく見せるため
私は現在、stak, Inc. というスタートアップのCEOというポジションにいる。
CEOの重要な役割として方向性を示さなければいけないということがあり、私は常々スタッフたちに継続の重要性を説いている。
一朝一夕でなにかを成すことなどできず、継続によって初めてどこかで成果というものは出ると考えている。
もちろん、瞬間風速的に成果が出ることもあるだろう。
でも、その分析がきちんとできていないのであれば、それは偶然でしかなく、偶然だけでは継続がない。
どれだけ世の中から成功者だといわれている人であっても、階段を1つ飛ばしでいけるほど単純ではなく、階段は常に1段ずつ丁寧に上っている。
大切なことは階段の質を変えていくことだということだ。
一方で、継続する重要性を説いたところで、それを主張しているお前はできているのかと、私なら思ってしまう。
まずは自分ができることでないと説得力がないし、自分自身ができていないことを他人に押し付けるのはもってのほかだ。
つまり、私自身がこうして継続しているなによりの証として、非常にわかりやすく残り続けるわけだ。
そして、その継続が続くといろいろと見えてくることも増える。
毎日ブログを書いていて良かったこと
初めて会った人に毎日アップされているブログは本当にスゴいといわれれると、やはり嬉しい。
毎日書き続けることが苦痛ではないのかと問われることも多いが、私の性格上、一度決めたことを理由もなく簡単に止めるというか諦めるのはできない。
というよりも、正直、あまり苦痛だと感じたことはない。
そうならないようにルーティン化しているし、見てくれている人たちに評価されると単純に嬉しいし続けようという気持ちにさせてくれる。
それから、単純に続けていることでアクセスが増えていくこともまた喜びだ。
アナリティクスを定期的に振り返ったときに、その成果が少しずつ出ていることを確認できると、もっと上を目指そうとなるわけだ。
あと、採用しやすくなったことは紛れもない事実だ。
この半年くらいで一気に社員という立場の人を10人くらい増やし、業務委託をお願いしている人たちも含めると、20人以上くらいの規模になった。
そんなときに、やはりCEOとしてどういう人なのか、その人の考え方を事前に知れるということは大切だ。
もちろん、私の発信している情報に嘘や偽りはないし、等身大であることは意識している。
その成果だろうか、少しずつ自分のイメージした形に近いものになっている実感はある。
毎日ブログを書いていて悪かったこと
一方で、悪かった点を挙げるとすると、ここに集約されるのだが、よくわからない絡み方をしてくる人が増える。
いわゆる頭でっかちな人の無駄な指摘やメンヘラっぽい人からの人生相談などがDMで来ることも増える。
私レベルでそんなことがあるので、著名人は本当に面倒だろうなと安易に想像がつく。
ブログというかテキストベースでの情報発信だと、そのあたりが伝わりにくいというか、私の書いた分譲が理解できない人が一定数いるんだということがよくわかる。
どうやったらそんな解釈になるのか理解できないのだが、そういった人たちを相手にすることは不毛だ。
とはいえ、まあ何者でもない私の主張に付き合ってくれているのだと思えば、必ずしも悪いことではない気もする。
いずれにせよ、相手の時間を奪っていること、奪おうとしていることに対するところでは確実に悪になるので、絡み方をもう少し考えてから絡んで欲しい人がいることは事実なので書いておこう。
まとめ
毎日ブログを書いていてわかったことがある。
というか、上述したとおり、書き始めた当初と少々感覚が変わってきている点がある。
それは、自分自身が変化していくということだ。
アーカイブを見てもらえれば一目瞭然だが、最初は400字程度で内容も薄っぺらい。
そして、毎回テーマを決めるのは大変なので、五十音順の四字熟語を題材として毎日書いていくと決めた。
しばらくは、タイトルをそのまま四字熟語にして進めていたのだが、それでは中身を読んでもらいにくかったので、タイトルをわかりやすく変更するようになった。
さらに中身も少しでも興味を持ってもらえるように書いていくうちに、いつの間にか3,000字程度の毎日ブログになったのが今というわけだ。
このように、継続をしていくことで少しでも多くの人に見てもらえるように成長していくということがよくわかった。
要するに、マンネリ化しないように考えて動くようになるということだ。
ルーティンであっても進化するということが、よくわかったし、そうならなければ継続する意味もないということだ。
ということで、今日もまた1つブログが増えたことを誇りに思う。
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