無稽之談(むけいのだん)
→ 根拠のないでたらめな話。
デジタル社会の暗部が、かつてない速度で拡大している。
2023年、ディープフェイク(AI生成偽コンテンツ)は前年比3000%という驚異的な増加を記録した。
これは誇張ではない。
Sumsubの調査が示す冷徹なデータだ。
本記事では、古代中国の書物に登場する「無稽之談(根拠のないでたらめな話)」という概念が、AI時代においてどう進化し、我々の社会を脅かしているのかを、徹底的なデータ分析とともに解説する。
このブログから得られる知見は下記のとおりだ。
- 無稽之談という概念が生まれた歴史的背景と現代的意味
- AI生成フェイクニュースの驚くべき増加率とその経済的インパクト
- 世代別・地域別に見る被害実態の詳細分析
- 企業・個人が今すぐ実践すべき対策の具体論
フェイクニュースによる世界全体の経済損失は、すでに780億ドル(約12兆円)に達している。
これは単なる統計ではない。
あなたの財布、あなたの会社、あなたの判断を直接脅かす現実だ。
無稽之談の起源:2500年前の警告
「無稽之談」という言葉は、中国の古典『書経』に登場する「無稽之言」に由来する。
紀元前の書物だ。
『書経』大禹謨の一節にこうある: 「稽(かんが)ふる無(な)きの言(ゲン)は聴(き)くこと勿(なか)れ」 訳すと「根拠のはっきりしない意見は聞いてはならない」という意味になる。
一方、荘子の『荘子』天下篇には「荒唐之言」として登場する。
「荒唐」は「限りなく大きい」「とりとめのない」という意味だ。この二つが組み合わさり、「根拠がなく、でたらめな話」を強調する四字熟語として「荒唐無稽」が生まれた。
興味深いのは、2500年前の賢者たちが、すでに「根拠のない情報の危険性」を認識していたという事実だ。
情報の真偽を見極める能力は、人類が文明を持って以来、常に重要なスキルだった。
しかし、古代中国の賢者たちが想像もしなかった事態が、今起きている。
AI技術により、「無稽之談」の生産速度と精巧さが、人間の検証能力を完全に凌駕し始めたのだ。
データが語る悪夢:フェイクニュースの爆発的増加
2023年だけで、ディープフェイクコンテンツは前年比3,000%増加した。
これは誤植ではない。
30倍だ。
2024年には、ディープフェイク事案が最大で60%増加し、全世界で15万件に達する可能性がある。
単純計算すると、1日あたり約411件のディープフェイクが新たに生成されている計算になる。
もっと具体的な数字を見てみよう。
2023年は、ディープフェイクの世界的な蔓延が大幅にエスカレートし、2022年と比較して、さまざまな業界で検出された数が10倍に増加した。
地域別では、北米で1740%、APACで1530%、欧州で780%、MEAと中南米でそれぞれ450%と410%の増加が見られた。
日本はどうか?
2025年の調査では、Z世代(18〜28歳)で災害時などにフェイクニュースを信じてしまった経験がある人が58.4%と過去最多を記録した。
これは全体平均36.8%の約1.6倍にあたる。
総務省の調査によると、SNS上では4〜6割の利用者が週1回以上の頻度で偽情報に接触している。
つまり、SNSを使う人の半数以上が、毎週フェイクニュースに触れているということだ。
デロイトの予測によれば、ディープフェイク詐欺による被害額は、2023年の123億ドル(約1.8兆円)から2027年には400億ドル(約6兆円)に達する。
これは年平均成長率32%に相当し、4年間で被害額が3倍以上に膨れ上がる計算となる。
フィンテック業界では、2023年にディープフェイク事案が700%増加した。
フェイクニュースの中には、広告収入を目的として作成・拡散されているものも少なくない。
また、特定の企業に関する虚偽の情報は株価を急落させ、ある事例では1,390億ドル(約22兆円)が瞬時に失われた。
フェイクニュースによる世界全体の経済損失は少なくとも780億ドル(約12兆円)に達している。
世代間格差という深刻な矛盾
最も深刻なのは、教育と被害のギャップだ。
Z世代では、フェイクニュースの見分け方などのメディアリテラシー教育を受けた経験がある人が52.4%と初めて過半数を超えた。
一方、シニア世代では8.4%にとどまり、世代間で6.2倍もの教育格差が存在する。
しかし、皮肉なことに被害は教育を受けた世代で増加している。
Z世代ではメディアリテラシー教育が初めて5割を超えたにもかかわらず、フェイクニュースを信じてしまった経験がある人が58.4%と過去最高を記録した。
これは前年調査の52.4%から6.0ポイント増加している。
さらに自信過剰という問題もある。
Z世代では「全くだまされないと思う」が14.4%と最も高い。
しかし、実際の被害経験(58.4%)が高い現状を考慮すると、この自己評価のギャップが防災リテラシーの課題となっている。
全体で見ても、フェイクニュースにだまされない自信がある人は41.7%だったのに対し、自信がない人は49.7%だった。
つまり、半数の人が「自分は騙される」と自覚しているのだ。
AIがもたらす技術革新と脅威の共進化
世界のディープフェイクテクノロジー市場規模は2024年に758億米ドルと評価され、2025年の9,190億米ドルから2032年までに3,845億米ドルに成長すると予測されており、予測期間中は22.7%のCAGRを示している。
別の調査では、世界のディープフェイクAI市場は、2025年の8億5,710万米ドルから2031年には72億7,280万米ドルに急増し、予測期間中の年平均成長率は42.8%と顕著な伸びを記録すると予測されている。
これらの数字が示すのは、ディープフェイク技術が「マイナーな脅威」ではなく、巨大産業として確立しつつあるという事実だ。
iProovの2022年調査では、世界の回答者の71%が、ディープフェイクが何であるかを知らないと認めている。
日本国内の調査では、ディープフェイクを見分けられると回答したのはわずか2%未満だった。
98%以上の人が、ディープフェイクを見分けられない。
専門家でさえ困難になっている。
生成AIの登場により、ディープフェイクの精度は飛躍的に向上し、人の目での判別は専門家でも非常に難しくなってきている。
実例:香港の38億円詐欺事件
香港のある多国籍企業のオンライン会議にて、ディープフェイク技術を悪用して同社の最高財務責任者(CFO)になりすまし、2,500万米ドル(約38億円)を送金させたという詐欺事件が発生した。
これは映画の話ではない。
2024年に実際に起きた事件だ。
プラットフォームと拡散の構造
総務省の調査によると、「直近の1カ月の間で、あなた自身が偽情報・誤情報だと思う情報をどのオンラインメディアで見かけたか?」の問いに対して、ほとんどの世代がSNSを最も多く挙げていた。
SNSは誰でも情報を発信できる民主的なプラットフォームだ。
しかし、その民主性こそが、フェイクニュースの温床になっている。
Z世代では災害時の情報取得方法として、X(旧Twitter)が49.2%で首位となっている。
61歳〜79歳のシニア世代ではXの利用が7.2%にとどまり、世代間でのデジタルデバイドが明らかになった。
また、フィッシング対策協議会で受領した2024年1月から12月までのフィッシング報告件数は過去最多の1,718,036件となり、2023年と比較して約1.44倍となった。
年間171万件。1日あたり約4,707件。
1時間あたり約196件。
フィッシングサイトは、今この瞬間も、3分に1件のペースで新たに生まれている。
そして、日本ファクトチェックセンター(JFC)の古田氏は「2024年にはAIによる偽情報の氾濫はないと予測していた。
なぜなら、今の生成AIにできるのは本物っぽいコンテンツを作ることだから。
まだ、人が見たいコンテンツを作ることはできない。
おそらく、あともうしばらくしたら、人が見たいコンテンツを生成AIが作り始める。
その時に、本当の意味での偽情報の氾濫が始まる。これから4年間で事態は確実に悪化する」と述べている。
つまり、今はまだ「序章」に過ぎないのだ。
まとめ
データが示す明確な事実
- フェイクニュースは指数関数的に増加している(2023年前年比3,000%増)
- 経済的損失は天文学的数字に達している(世界で780億ドル、2027年には400億ドルの詐欺被害)
- 誰もが被害者になり得る(98%以上の人がディープフェイクを見分けられない)
- 教育だけでは不十分(Z世代は最も教育を受けているが、最も被害に遭っている)
- 事態は悪化する(AIが「人が見たいコンテンツ」を作り始めるのはこれから)
個人レベルの対策
1. 情報源の複数確認を徹底する
一つの情報源だけで判断せず、特にSNSの情報は、公式機関や複数の信頼できるメディアで確認する。
2. 感情的な反応を避ける
フェイクニュースの多くは、怒りや恐怖、驚きなどの強い感情を引き起こすように設計されているので、強い感情を感じたら、まず一呼吸置く。
3. 「速報」より「正確」を優先する
最速で情報を得ることより、正確な情報を得ることを優先する。
4. デジタルリテラシーの継続学習
技術は進化し続けるので、一度学んで終わりではなく、継続的に学び続ける姿勢が必要だ。
企業レベルの対策
1. 多要素認証の徹底
ディープフェイクによる動画・画像などは現在かなり巧妙で判別できない可能性がある。だからこそ、本人確認は複数の方法で行う必要がある。
2. 従業員教育の強化
セキュリティ担当者においては、本物そっくりに作られたコンテンツを介したサイバー攻撃の事例が存在するということをまずは周知するとともに、気を付けるべきポイントをまとめて従業員が攻撃に気づける可能性を高める取り組みが求められる。
3. ディープフェイク検出技術の導入
富士通は2024年7月19日、生成AIなどで作られたインターネット上のフェイクニュース(偽情報)を検出して社会的な影響度を評価するシステムを開発すると発表した。事業規模は60億円で、2024から2027年にかけて研究開発に取り組む。
こうした技術的対策への投資は、もはや「あったら良い」ではなく「なければ危険」なレベルに達している。
「稽(かんが)ふる無(な)きの言(ゲン)は聴(き)くこと勿(なか)れ」
この2500年前の教えは、AI時代においてより重要性を増している。
違いは、現代の「無稽之談」が、人間の目では見分けられないほど精巧になったということだ。
だからこそ、古代の知恵(批判的思考)と最新技術(AI検出ツール)を組み合わせた、ハイブリッドなアプローチが必要になる。
我々は今、人類史上最も情報が氾濫し、同時に最も真実が見えにくい時代を生きている。
しかし、データを正しく理解し、適切な対策を講じることで、この「無稽之談の時代」を生き抜くことは可能だ。
重要なのは、楽観でも悲観でもなく、現実を直視し、行動することだ。
フェイクニュースは、あなたがこの記事を読み終える頃にも、新たに数十件生み出されている。
戦いは、今この瞬間も続いている。
【参考データ出典】
- Sumsub ディープフェイク調査レポート
- 総務省「令和5年度国内における偽・誤情報に関する意識調査」
- ミドリ安全「世代別防災意識調査2025」
- 紀尾井町戦略研究所「デジタルリテラシーに関する意識調査」
- フィッシング対策協議会「フィッシングレポート2025」
- デロイト グローバル予測レポート
- VPNRanks 分析データ
- トレンドマイクロ「ディープフェイクに関する実態調査2024」
- Boston Consulting Group「生成AIに起因するインターネット上の偽・誤情報等への対策技術調査」
- Fortune Business Insights, Global Market Insights 市場調査レポート
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