良弓難張(りょうきゅうなんちょう)
→ 良い弓は引くのが難しいが威力は絶大で、優れた人材は扱いにくくとも大きな成果を生むということ
良い人材が欲しい。
経営者なら誰もが口にする言葉だが、では「良い人材」とは何なのか。
履歴書や職務経歴書を眺めて、面接で30分話して、それで見極められるのか。
結論から言えば、それはほぼ不可能である。
私はstak, Inc. のCEOとして何度も採用に向き合い、何度も痛い目を見てきた。
その経験と、85年分の研究データが導く答えは同じだった。
結局、一緒に働いてみないとわからない。
ただし、「わからないから仕方ない」で終わらせる気はない。
少しでも精度を上げるために何ができるのか。
今回は良弓難張という四字熟語を起点に、「良い人材」の本質と見極めの限界、そしてその先にある可能性を徹底的に掘り下げていく。
良弓難張の歴史と背景から読み解く人材論
良弓難張は、紀元前5世紀の中国で活動した思想家・墨子の著書『墨子』親士篇に由来する。
原文はこうだ。
良弓は張り難し、然れども以て高きに及び深きに入るべし。
良馬は乗り難し、然れども以て重きを任せ遠きを致すべし。
良才は令し難し、然れども以て君を致し尊きを見すべし。
良い弓は反りが強く弦を張るのが難しいが、一度張れば矢は高く遠くまで届き深く突き刺さる。
良い馬は気性が荒く乗りこなすのが困難だが、使いこなせば重い荷を載せて遠方まで駆ける。
良い人材は命令に従わせるのが難しいが、うまく活かせば君主を導き輝かしい栄光をもたらす。
墨子が生きた春秋戦国時代は約2500年前の世界だが、ここで語られている本質は現代の経営と何一つ変わらない。
扱いやすい人間が必ずしも組織にとって最も価値のある存在ではないということ。
むしろ扱いにくいからこそ、既存の枠を壊す突破力を持っている可能性がある。
墨子はこの後に「江河は小谷の水を嫌わない、だからこそ大きくなれる」と続け、兼容の精神を説いた。
多様な人材を受け入れ、その個性を活かしきることが組織の器を決めるという思想である。
これは2500年前の言葉でありながら、現代のダイバーシティ経営の根幹を先取りしている。
私がこの四字熟語に惹かれる理由もそこにある。
stakという小さな会社だからこそ、一人ひとりの個性が事業の方向性を左右する。
従順なだけの人間を集めても、イノベーションは生まれない。
問題は、その「良弓」をどうやって見つけるかだ。
このブログで学べること
本記事では以下のテーマを順に解説していく。
まず、日本の採用市場で実際に何が起きているのかをデータで確認する。
採用ミスマッチの実態と、そこから生まれる莫大なコストの問題だ。
次に、履歴書や従来型の面接がなぜ人材の見極めに役立たないのか、85年分の心理学研究の知見を基に明らかにする。
さらに、海外の先進企業が導入している構造化面接の手法と、その驚くべき予測精度を紹介する。
最後に、それでもなお「一緒に働いてみないとわからない」という現実に対して、私自身がCEOとして持っている人材観を語る。
読み終えたとき、採用や人材育成に対する見方が少し変わっているはずだ。
採用ミスマッチが企業にもたらす見えないコスト
まず現実の数字を見てほしい。
◆ビジュアルデータ①
新卒社員の3年以内離職率(厚生労働省 新規学卒就職者の離職状況)
大学卒:34.9%(2021年3月卒)
大学卒:33.8%(2022年3月卒)
高校卒:38.4%(2021年3月卒)
高校卒:37.9%(2022年3月卒)
短大等卒:44.6%(2021年3月卒)
宿泊業・飲食サービス業(大卒):56.6%(2021年3月卒)
厚生労働省が公表したデータによると、大学卒の新入社員のうち約3人に1人が3年以内に会社を去っている。
この「3年3割」と呼ばれる現象は長年にわたって続いており、2022年3月卒でも33.8%と高止まりしている。
業種別に見ると宿泊業・飲食サービス業では56.6%に達し、半数以上が3年持たない計算になる。
事業所規模が5人未満の企業に至っては、3年以内離職率が63.2%を超える。
つまり小規模企業ほど人材の定着が難しく、採用のたびに大きなリスクを負うということだ。
では、一人が辞めるとどれだけの損失が出るのか。
◆ビジュアルデータ②
採用1人あたりのコスト(各種調査より)
新卒採用の平均採用単価:約93.6万円(就職白書2020)
中途採用の平均採用単価:約103.3万円(就職白書2020)
中途採用の採用費用平均:629.7万円/年・企業あたり(マイナビ 中途採用状況調査2024年版)
入社3か月以内の早期離職による損失:約200万円/人(エン・ジャパン試算)
新卒採用で1人あたり約93万円、中途採用で約103万円。
これは採用活動そのものにかかる費用だけで、入社後の研修費用や備品、引き継ぎに伴う業務負荷は含まれていない。
エン・ジャパンの試算では、入社3か月以内に離職した場合の損失額は1人あたり約200万円に達する。
仮に10人採用して3人が3年以内に辞めるなら、単純計算で600万円以上が無駄になる。
しかも残った社員にも負荷がかかり、連鎖的に離職が広がるリスクがある。
さらに注目すべきは労働市場の構造変化だ。
総務省の労働力調査によると、2023年に転職希望者数が初めて1,000万人を突破した。
2024年も約1,000万人を維持しており、実際の転職者数は331万人と3年連続で増加している。
正規から正規への転職者数も2024年に99万人と過去最多を記録した。
つまり、人材の流動性はかつてないレベルで高まっている。
「採用して終わり」の時代はとっくに終わっており、採用のミスマッチは以前よりはるかに高いコストを生む構造になっている。
これが現在の日本の採用市場の現実だ。
なぜ履歴書と面接では「良い人材」を見抜けないのか
ここで核心に迫る問いを立てたい。
なぜ、これほど多くの企業が採用ミスマッチに苦しんでいるのか。
答えは、そもそも従来の採用手法に人材を見極める能力がほとんどないという事実にある。
1998年、アメリカの心理学者フランク・シュミットとジョン・ハンターが画期的な研究を発表した。
85年間に蓄積された膨大な人事選考研究を統合したメタ分析で、19種類の選考手法について「入社後の職務パフォーマンスをどれだけ予測できるか」を数値化したものだ。
この研究は人事心理学の世界で最も引用される論文の一つであり、採用の科学的根拠を語る上で避けて通れない。
◆ビジュアルデータ③
採用手法別の予測妥当性(Schmidt & Hunter, 1998 メタ分析)
一般知的能力テスト(GMA):0.51
構造化面接:0.51
ワークサンプルテスト:0.54
非構造化面接(従来型面接):0.38
職務経験年数:0.18
学歴(教育レベル):0.10
興味検査:0.10
筆跡学(筆跡鑑定):0.02
※数値は相関係数。1.0に近いほど予測精度が高い
この数値が示す現実は衝撃的だ。
多くの企業が重視する「経験年数」の予測妥当性はわずか0.18。
「学歴」に至っては0.10しかない。
これは、経験が長いから優秀とは限らないし、高学歴だから仕事ができるとも限らないということを、85年分の研究データが証明しているということだ。
履歴書に書かれている情報の大半は、入社後のパフォーマンスをほとんど予測できない。
そして従来型の非構造化面接、つまり面接官が自由に質問して「なんとなくこの人は良さそうだ」と判断するスタイルの予測妥当性は0.38。
職務パフォーマンスの約14%しか説明できない計算になる。
これが多くの日本企業で行われている面接の実態だ。
では何が有効なのか。
構造化面接の予測妥当性は0.51で、非構造化面接の約2倍。
さらに、一般知的能力テストと構造化面接を組み合わせると相関係数は0.63にまで上がる。
ワークサンプルテストとの組み合わせでも0.63だ。
つまり、複数の科学的手法を組み合わせることで、採用の精度は大幅に向上する。
ビジネスリサーチラボの研究報告でも、行動記述面接(構造化面接の一種)の妥当性係数は0.54と高い値を示した一方、非構造化面接はわずか0.07で統計的に有意ですらなかった。
非構造化面接で主に収集されるのは「学歴・経歴などの資格情報」と「自分の強み・弱みといった自己認識」であり、これらは候補者の実際のパフォーマンスとほとんど関係がない。
一方、構造化面接で収集されるのは「具体的な過去の行動の記述」であり、これこそが入社後の活躍を予測する最も確かな材料となる。
私がここで強調したいのは、多くの企業がいまだに「フィーリング採用」に依存しているという事実だ。
面接官の「この人は良さそうだ」という直感は、科学的にはほぼ当てにならない。
それなのに、採用の合否を左右する最大の要因が面接官の主観であるという矛盾を、ほとんどの企業が放置している。
Googleが採用を変えた構造化面接という武器
では、具体的にどうすればいいのか。
最も有名な実践例がGoogleだ。
Googleは2000年代に採用プロセスを全面的に見直し、データ分析に基づいて構造化面接を導入した。
構造化面接とは、あらかじめ評価基準と質問項目を設計し、すべての候補者に同じ質問を投げかけ、統一された評価尺度で採点する手法だ。
Googleではこれを「ルーブリック」と呼び、スコアガイドを用いて面接評価の正確性を検証している。
Googleのピープルアナリティクスチームによれば、構造化面接は最も優れた人材を見極めるための最適なツールの一つであり、一般的な面接手法にありがちな落とし穴を回避できるとされている。
◆ビジュアルデータ④
構造化面接と非構造化面接の比較
評価者間信頼性(非構造化面接):0.68(McDaniel et al., 1994)
評価者間信頼性(構造化面接):0.84(McDaniel et al., 1994)
予測妥当性(非構造化面接):0.31〜0.38
予測妥当性(構造化面接):0.51
GMA+構造化面接の組み合わせ:0.63
面接1回あたりの時間短縮効果:平均40分(Google社内データ)
信頼性とは「面接官が変わっても評価がブレないか」を示す指標で、構造化面接では0.84と非常に高い水準だ。
非構造化面接の0.68と比較すると、面接官ごとの評価のバラつきが大幅に減る。
さらに面接準備が体系化されるため、1回の面接あたり平均40分の時間短縮効果もある。
日本企業でも構造化面接の導入事例は増えている。
ある企業では営業職に絞って構造化面接を実施したところ、面接評価と入社数年後の上司評価との間に有意な相関が確認された。
新卒採用であっても、職種を限定して人材要件を整理し、構造化面接を行えば、将来の職務遂行度をある程度予測できることが実証されている。
ただし、ここに一つ重要な注意点がある。
構造化面接はあくまで「精度を上げる」手法であり、完璧に人材を見極められるわけではない。
予測妥当性0.51というのは、職務パフォーマンスの約26%を説明できるという意味であり、残りの74%は予測できない領域だ。
つまり、どれだけ科学的な手法を使っても、人間を完全に見抜くことは原理的に不可能なのだ。
私はこの「不完全さ」にこそ、人材採用の本質があると考えている。
まとめ
ここまでデータを積み上げてきたが、最終的な私の結論はシンプルだ。
良い人材かどうかは、一緒に働いてみないとわからない。
これは直感でも経験則でもなく、85年分の科学的研究が裏付ける事実だ。
履歴書に書かれた経歴や学歴では入社後のパフォーマンスをほとんど予測できない。
従来型のフィーリング面接では、面接官の主観的な印象が評価を支配する。
新卒の3人に1人が3年以内に辞め、1人あたりの損失は200万円に達する。
転職希望者は1,000万人規模にまで膨らみ、人材の流動性は過去最高水準だ。
この厳しい現実の中で、私がCEOとして大事にしているのは3つの原則だ。
第一に、「扱いやすさ」で人を選ばないこと。
良弓難張の教えそのものだが、扱いやすい人材ばかりを集めた組織は、安定はするが突破力を失う。
stakのようなスタートアップでは、既存の枠を壊す人間こそが最大の資産だ。
第二に、選考プロセスに科学を持ち込むこと。
構造化面接やワークサンプルテストの導入は、中小企業でも十分に可能だ。
質問と評価基準を事前に設計するだけで、フィーリング採用の精度とは比較にならない判断ができるようになる。
完璧ではなくても、打率を上げる努力を怠らないことが経営者の責任だと思っている。
第三に、採用で終わりにしないこと。
どれだけ精度を上げても、最終的には一緒に働く中でしか見えない部分がある。
だからこそ、入社後のオンボーディング、日常のコミュニケーション、そして「この人の良弓をどう張るか」を考え続けることが最も重要だ。
墨子が2500年前に説いた「江河は小谷を嫌わない」という姿勢。
多様な人材を受け入れ、その個性を活かしきる組織の器こそが、結果としてミスマッチを減らし、離職を防ぎ、会社を強くする。
良い人材は履歴書では見抜けない。
面接でも完全にはわからない。
だからこそ、一緒に働く覚悟を持つこと。
そしてその人の「良弓」を張る側に自分がなること。
それが、2500年前から変わらない人材論の結論だと私は考えている。
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