不買美田(ふばいびでん)
→ 子孫のために、敢えて財産を残さないこと。
西郷隆盛の書いた『偶成』という漢詩の中に出てくる「児孫のために美田を買わず」という言葉が、これほど現代社会の問題を的確に予見していたとは、彼自身も想像していなかっただろう。
明治の志士が残したこの思想は、現在のデータ分析によって、その正しさが鮮明に証明されている。
2021年における日本の再配分所得ジニ係数は0.381であるというデータは、決して楽観視できる数字ではない。
ジニ係数には警戒ラインが存在し、一般的には0.4が警戒ラインとして設定されており、その数値を越えると暴動や社会騒乱が増加するとされている状況において、日本はその危険水域に急速に接近している。
さらに深刻なのは、当初所得ジニ係数は1980年以降、高くなる傾向にあり、所得の再分配前の値では所得格差は大きくなる傾向にある事実だ。
この数字は、社会保障制度による調整前の段階で、すでに日本社会に深刻な格差が根を張っていることを示している。
国際比較では、アメリカのジニ係数は0.35以上となっており、世界の先進国のなかでは最も高い水準だ。
続いてイギリス、日本、イタリア、ニュージーランド、カナダはジニ係数0.3以上で、所得格差の大きい国といえる状況にある。
日本は既に格差拡大国の仲間入りを果たしているのが現実だ。
特に注目すべきは、2022年の世界主要国のジニ係数 国際比較統計・ランキングだ。
1位は南アフリカの0.62pts、2位はコスタリカの0.47ptsという極端な格差国が存在する中で、日本も確実にその方向に向かっているという事実である。
相続税制度の限界と財産集中の加速
相続税は全税収のわずか4%という税収全体に占める割合と、相続税の課税件数割合は8.8%と過去最高を更新している現実は、制度の根本的な限界を浮き彫りにしている。
令和4年の相続税の課税件数割合は9.6%、負担割合は13.5%となっているという最新データは、相続税改正の効果が限定的であることを示している。
相続税が3兆5,663億円で22年度と比べて20.1%増えた。
株価と地価の上昇が主な押し上げ要因となったという増収は、制度の改善ではなく、資産価格の高騰による結果でしかない。
同族経営企業の現実:データが示すパフォーマンスの逆説
日本全体の会社数に占める同族経営の割合は90%を超えており、これは国外と比べても極めて高い割合という現実は、日本経済の構造的脆弱性を示している。
日本の老舗企業の約97%がこのファミリービジネスという事実は、一見すると安定性を示すように見えるが、実はイノベーション停滞の温床となっている。
また、後継者「不在率」、過去最低の52.1% 事業承継「脱ファミリー化」進むという現象は、従来の同族継承モデルの破綻を意味している。
代表者年齢が40代以上のレンジではいずれも後継者不在率が上昇していることがわかった状況は、経営の継続性に深刻な影響を与えている。
さらに重要なのは、休廃業・解散した企業のうち、直前期の業績データが判明している企業についての集計によると、約6割の企業で当期純利益が黒字であることが分かるという事実だ。
これは、業績不振ではなく適切な後継者不在が廃業の主因であることを示している。
興味深いことに、後継者有企業において売上高成長率が高い傾向にあることが見て取れるというデータは、適切な後継者選定の重要性を示している。
しかし、2003年に発表された研究では、アメリカの代表的な株価指数であるS&P500の企業の約35%がファミリー企業であり、ファミリー企業のパフォーマンスが非ファミリー企業よりも優れていることが明らかになっている。
この海外データとは対照的に、日本では同族継承の弊害が顕著に現れている。
イノベーション停滞の根本原因:起業家精神の欠如
企業家精神とは気質ではなく行動である。
しかもその基礎となるのは、勘ではなく、原理であり、方法であるというドラッカーの指摘は、現代日本の問題点を鋭く突いている。
財産継承に依存する環境では、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用するという起業家の本質的行動が阻害される。
マーク・ザッカーバーグ氏。Facebookを立ち上げた後に1年休学し、その後ハーバード大学を中退した。
ビル・ゲイツは、アメリカの実業家、ソフトウェアエンジニア、慈善家であり、マイクロソフト(Microsoft)の共同創業者として広く世間に認知されている。
こういったと事例は、安定したキャリアパスを捨ててイノベーションに挑む精神を示している。
第二次大戦以前のアメリカは、広大な国土と産業に比較して企業が資金調達に頼ることのできる金融機関や商工業者が十分存在していなかった。
このため、起業家は金融機関よりも地縁血縁を頼って個人、とりわけ事業の成功で資産を形成していた富豪と呼ばれた有力者に事業資金を求めた。
これは財産の継承ではなく、価値創造への投資に重点を置いたモデルだった。
利権固定化のメカニズム:歴史が示す警告
歴史的データは、利権固定化の危険性を明確に示している。
19世紀のヨーロッパでは貴族政治によって支配されていたが、プロイセンには2万人、イタリアには1万2,000人、オーストリアには9,000人の貴族がおり、ロシアにいたっては100万人以上の貴族がひしめいていた。
こういった状況から、大金持ちの特権階級を苦しめた「戦争」と「税金」により、5人に1人が命を落とし、相続税率は60%まで上昇することで最終的に衰退したという歴史的事実は、現代への警鐘となっている。
そして、日本においては相続税は社会保障やインフラ整備・社会への資産再分配・経済格差の固定化を防止する目的で徴収されている。
相続税がなければ、日本は貧富の差が激しい暮らしにくい国になる恐れがあるという制度設計にも関わらず、その実効性は極めて限定的である。
特に問題なのは、日本の租税による富の再分配機能が弱まっているために、ジニ係数の上昇を早めている現実だ。
原因として、中間所得層に対する税率が、経済協力開発機構(OECD)各国に比べて低すぎること、若年労働層に対する社会保障が、老人に比べると少ないことが明らかにされている。
養育に対する財政支援も少ない事で、子育て世帯の貧困率を高めている可能性があることが指摘されている。
起業家精神の衰退:統計が示す深刻な現実
日本の経済格差の原因として、非正規雇用の増加が挙げられる。
非正規雇用は1990年代に急増し、2005年には雇用全体の3分の1を占めるまでに増加した。
そして、2021年には雇用者全体の4割に達しているという現実は、安定した雇用基盤の崩壊を意味している。
この状況下で、若者が起業家精神を発揮する環境は確実に悪化している。
労働者の賃金は1997年をピークに減少傾向にあり、全雇用労働者のうちに占める非正規労働者の割合も38%を超えるなど、不安定・低賃金労働が蔓延している状況では、リスクを取って新しい事業に挑戦する動機は大幅に削がれる。
教育水準が低いと、働くのに必要なスキルを身につけられず、得られる所得も低くなってしまい、この状況で家庭を持てば、その子どもも教育を受けられない。
いわゆる「貧困の連鎖」によって経済格差が固定化してしまうメカニズムは、社会全体のイノベーション能力を確実に低下させている。
データが証明する「不買美田」の正しさ
アメリカの富裕層の大移動は、単なる「移住」ではなく、国家間のGDP競争と成長戦略に直結する構造的な変化という現象は、既存の財産継承モデルの限界を示している。
人的資本流出の対策:富裕層だけでなく、彼らに連なる起業家・金融人材の流出にも対応しなければ、GDPの潜在成長力が削がれるという指摘は、単純な財産保有ではなく、価値創造能力こそが重要であることを証明している。
また、イノベーションと新規事業創造が組織や企業が継続発展するためには必須だ。
そこで必要なのは、組織や企業は新規性や革新性を持った取り組みが必要ですという基本原則と、起業家精神をもった職員や社員がいないと組織や企業の持続的発展が望めない。
いわゆる社内起業家と呼ばれる人の発掘、及び育成が不可欠になるという現実は、財産継承よりも人材育成への投資が重要であることを明確に示している。
それから、現在の日本が直面している後継者難倒産は2024年1月〜10月で455件発生し、過去最多だった23年同期と同水準で推移している現実は、従来の世襲制システムの破綻を意味している。
これに対して、能力と成果に基づく評価システムへの転換を社会全体で推進する必要がある。
特に重要なのは、大企業へと成長しながらも同族経営を続けるには、創業家一族の立ち振る舞いが肝要となる。
多様な利害関係者の利益を念頭に置いた企業経営や創業家一族が果たすべき社会的使命などを明確にするという責任ある経営モデルの確立だ。
まとめ
データが明確に示しているのは、財産継承モデルの限界と、起業家精神に基づく価値創造モデルの有効性である。
西郷隆盛が示した「不買美田」の精神は、現代のイノベーション理論と完全に一致している。
世界全体のジニ係数については、先進国と新興国のデータソースの違い、為替、PPP、所得の定義の違い、人口による加重平均調整等、統計上の課題がある。
Branko Milanovic(2006)によると1988年~2002年の期間で世界全体のジニ係数は安定的ないし若干の増加傾向を示しているとの分析もあるという国際的な格差拡大傾向の中で、日本が取るべき道は明確だ。
財産を残すことよりも、自らの力で価値を創造する能力を育成することこそが、個人の成長と社会の発展を同時に実現する唯一の道である。
stak, Inc.は、この理念のもと、テクノロジーの力で社会課題を解決し、次世代により良い環境を残していく。
それが、現代に生きる私たちが実践すべき「不買美田」の真の意味なのである。
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