力戦奮闘(りきせんふんとう)
→ 力の限りを尽くして全力で困難に立ち向かうこと
「努力すれば報われる」という言葉ほど、人を励ましもし、傷つけもする言葉はない。
報われた人間には説得力を持ち、報われなかった人間には呪いのように刺さる。
私はこれまで、努力は報われるのか、努力を努力と思わない人が成功するとはどういうことか、そういったテーマで何度も書いてきた。
だが今回は、その一歩手前の問いに立ち返る。
そもそも、努力できる人間とできない人間の差は、いったいどこから来るのか。
根性や意志力の話ではない。
脳科学・心理学・行動経済学が出した、エビデンスに基づく答えを、全力で掘り下げていく。
「力戦奮闘」という言葉が生まれた、明治の文脈
◆ビジュアルデータ①
四字熟語:力戦奮闘(りきせんふんとう)
語源:「力戦」=全力を注いで戦うこと /「奮闘」=気力を奮い立たせて戦うこと
初出の実例:「絶間なき力戦奮闘は義務の保護の為めには実に避く可らざる所なり」
出典:カント倫理学説の大要(1898年)哲学者・波多野精一 著
「力戦奮闘」は、力と気力の両輪を合わせた、全力疾走の精神を表す言葉だ。
日本語の文献に初めて登場するのは1898年(明治31年)、哲学者・波多野精一がカントの倫理学を論じた著作の中で使ったとされている。
カントは「義務のために行動することこそが道徳的行為だ」と説いた哲学者だ。
波多野はその翻訳と解説の中で、「義務を守るために、絶え間なく力戦奮闘することは避けられない」という文脈でこの言葉を用いた。
つまり力戦奮闘の根底には、「義務」と「意志」という二つの概念がある。
それはそのまま、「なぜ人は努力できるのか」という問いの核心と重なる。
現代では努力を美徳とする文化が強く、特に日本では「頑張ること」それ自体が評価される風潮がある。
しかし、実際のデータを見ると、現実はまるで違う様相を見せてくる。
「努力できない人間」は、脳が違う
これは比喩ではない。
文字通り、脳の構造と機能が異なることが、科学的に示されている。
アメリカ・テネシー州のヴァンダービルト大学の研究チームが、19歳から29歳の25人の被験者に対して次の実験を行った。
「利き手と反対の小指で、21秒間に100回ベルを押す。成功したら1ドルの報酬を与える」——これを、脳波を測定しながら実施したのだ。
結果、最後まで作業をやり切れた人とやり切れなかった人で、脳の活性化している部位が完全に異なることが判明した。
◆ビジュアルデータ②
ヴァンダービルト大学の研究(Michael T. Treadway et al., 2012, Journal of Neuroscience)
努力できる人の脳:
・左線条体:活発(報酬を得た時に快楽を感じる「報酬系」の中枢)
・前頭前皮質腹内側部:活発(「やったー!」と喜ぶ部分)
→ 報酬予測で快楽を得ることが努力の推進力になる
努力できない人の脳:
・島皮質:活発(損得勘定を計算する部分)
→「これをやって何の意味がある?」と判断しやすい
・左線条体と前頭前皮質腹内側部:機能しにくい
この研究が示す核心は、「努力できない人は意志が弱いのではない。脳が損得勘定を優先するように設計されている」という事実だ。
努力できない人は怠け者ではなく、報酬を予測して喜ぶ機能が相対的に弱く、代わりにコストと利益を瞬時に計算する機能が強い。
さらに驚くべき話がある。
東京大学の学生を対象に同様の実験を行ったところ、努力できる脳の持ち主と努力できない脳の持ち主は、ほぼ半々だったという結果が出ている。
つまり東大生の約半数は、脳の機能としては「努力しない設計」になっているということだ。
◆ビジュアルデータ③
東大生の「努力できる脳」と「努力できない脳」の比率(ドラゴン桜2・西岡壱誠氏の調査)
努力できる脳:約50%
努力できない脳:約50%
→ 東大合格者の中にも「努力できない脳」が半数存在する
→ 「努力できない脳」の特徴:損得勘定が強い分、効率化能力が極めて高い
→ 「努力できない脳」の東大生:1日1時間の勉強で合格した例も存在する
才能がある人が東大に入るのではない。
脳のタイプに関わらず、自分のメカニズムを理解して戦略を立てた人間が到達するのだ。
「やり抜く力」の正体を、世界的データで見る
脳の機能が異なるとして、それでは努力を継続できる人間に共通する要素は何か。
ペンシルベニア大学の心理学教授、アンジェラ・ダックワースが20年以上かけて研究し導き出した答えが「GRIT(グリット)」だ。
ダックワースはもともと、コンサルティングファームを経て公立中学校の数学教師になった人物だ。
「IQが高い生徒が必ずしも成績が良いわけではない」という現場の矛盾から研究を始め、最終的にマッカーサー賞(通称・天才賞)を受賞している。
◆ビジュアルデータ④
GRIT(グリット)の4要素(アンジェラ・ダックワース、ペンシルベニア大学)
G:Guts(ガッツ)→ 困難なことにも立ち向かう度胸
R:Resilience(レジリエンス)→ 苦境にもめげずに立ち直る復元力
I:Initiative(イニシアチブ)→ 自ら目標を見つけて取り組む自発性
T:Tenacity(テナシティ)→ 最後までやり遂げる執念
グリットの主要な発見:
・生まれ持った才能やIQはグリットに直接関係しない
・成功者の共通点はIQでも才能でもなく、グリット(やり抜く力)だった
・ウェストポイント(米陸軍士官学校)の過酷な訓練を完走できたのは、体力や学力ではなくグリットが高い者だった
・グリットは、何歳からでもトレーニングで後天的に高められる
この研究のポイントは、「才能の方程式」にある。
ダックワースは努力と達成の関係を次のように整理した。
「才能×努力=スキル、スキル×努力=達成」
つまり努力は方程式の中で2回登場する。
才能は努力によってスキルになり、スキルはさらなる努力によって達成に変わる。
才能がある人間が努力すれば2乗の速さで先に進めるが、才能がなくても努力が2回分積み重なれば、追いつき追い越すことが可能だというロジックだ。
日本の「勤勉神話」は、実は崩れかけている
「日本人は努力家だ」という言説は、本当に正しいのか。
データはそれを部分的に否定している。
◆ビジュアルデータ⑤
日本生産性本部「労働生産性の国際比較2025」(OECDデータ・2024年)
時間当たり労働生産性:60.1ドル(5,720円)
OECD加盟38カ国中:28位
一人当たり労働生産性:98,344ドル(935万円)
OECD加盟38カ国中:29位
主要先進7カ国(G7)における順位:最下位が続く
比較:ニュージーランド(100,533ドル)、スロバキア(97,612ドル)とほぼ同水準
日本人は長時間働く。しかし、1時間当たりに生み出す付加価値は先進国の中で最も低い水準だ。
努力の「量」と、努力の「質」は別物だということが、このデータは雄弁に語っている。
さらに言えば、日本の労働者の仕事中心性は1980年代前半には国際的にきわめて高かったが、その後低下し、近年では先進国の中で中程度になっている(日本労働政策研究・研修機構論文「日本人の働く意味の変化」、2021年)。
勤勉の国・日本という自己像は、半分は過去の話だ。
加えて、働く意欲と労働生産性には深刻なギャップがある。
PwC「Global Workforce Hopes and Fears Survey 2025」によると、日本の経営幹部を信頼する従業員は25%にとどまる(グローバル平均51%)。
直属の上司への信頼でも33%と、グローバル平均58%を大きく下回る。
上司への信頼度が最も高い従業員は、最も低い従業員と比べてモチベーションが72%高い。
努力の継続には、「環境」と「信頼」が不可欠だということが、このデータからも読み取れる。
努力できる人間を育てるのは個人の意志だけではなく、組織の設計と文化でもあるのだ。
マシュマロとドーパミン——「環境が努力を決める」という真実
もう一つ、重要な研究を紹介したい。
スタンフォード大学の心理学者、ウォルター・ミシェルが1970年代前半に行った「マシュマロ実験」だ。
4歳の子どもたち186人を個室に入れ、「今すぐマシュマロを1つ食べることができるが、15分間我慢すれば2つ貰える」と告げ、その場を去る。
結果、我慢できた子どもは約3分の1だった。
その後の追跡調査で、我慢できた子どもたちは22歳時点でのSATスコアが我慢できなかった子どもたちより210点高く、45歳時点でも自制心の傾向が続いていた。
◆ビジュアルデータ⑥
スタンフォード大学 マシュマロ実験の概要
実験:4歳児186人に「15分我慢すればマシュマロ2個」の条件を提示
我慢できた割合:約3分の1
22歳時点の追跡:我慢したグループのSATスコアが210点高い
45歳時点の追跡:自制心の傾向が継続していた(2011年調査)
しかし話はここで終わらない。
2018年、ニューヨーク大学のテイラー・ワッツらが900人以上を対象にした大規模な再現実験を実施した結果、重要な修正が加えられた。
「自制心があるかどうかよりも、社会的・経済的な環境が子どもの長期的成功により大きく影響する」という結果が出たのだ。
裕福な家庭の子どもが我慢できたのは、「約束が守られる環境に育っていた」からであり、貧しい家庭の子どもが我慢できなかったのは「今食べなければ、次はないかもしれない」という合理的判断の結果だった可能性がある。
これは何を意味するか。
努力できるかどうかは、個人の意志力だけでなく、「報酬が確実にもたらされる環境への信頼」によって大きく左右されるということだ。
経営者の立場から言えば、「努力できる組織を作る」とは、成果が正当に評価される仕組みを作ることと同義だ。
まとめ
「努力できる人とできない人の差」を一言でまとめるなら、私はこう言いたい。
努力できるかどうかは、意志の強さではなく「脳のタイプ」と「環境への信頼」で、9割が決まる。
努力できる脳の人間は、報酬への期待感で動く。
努力できない脳の人間は、損得勘定で動く。
どちらも優劣はなく、戦略が違うだけだ。
GRIT理論が示すように、才能とIQは努力の継続には直接関係しない。
重要なのは情熱と粘り強さ——つまり、自分がなぜそれをやるのかという「意味づけ」と、続けることへの「構造的な支援」だ。
ヴァンダービルト大学の脳科学、ダックワースのGRIT研究、マシュマロ実験の再現研究、そして日本の生産性データが揃って指し示すのは、同じ方向だ。
努力は気合いでするものではない。
努力できる脳のタイプを理解し、努力が報われる環境を設計することで、初めて力戦奮闘は「空回り」ではなく「推進力」になる。
stak, Inc.という企業を経営しながら、私が採用や組織設計で最も大切にしていること——それは「努力が見える仕組みを作ること」だ。
努力が見えない組織では、報酬系は活発化しない。
報酬系が活発化しなければ、誰も自分から力戦奮闘しようとは思わない。
「なぜ頑張れないのか」を個人の問題にせず、構造の問題として解く。
それが、現代の経営者に求められるリテラシーだと、私は確信している。
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