事実無根(じじつむこん)
→ 事実に基づいていないことや根も葉もないこと。
今の時代は真実が必ずしも真実として伝わるわけではない。
いや、それは今の時代だけではないかもしれない。
現代は真実が捻じ曲げられることが往々にしてあり得るという表現の方がいいかもしれない。
その要因は確実にインターネットの普及によるものだと断言できる。
現代社会に求められているもの
この1年くらいだろうか。
stak, Inc. として携わっている事業として、広報やPRの支援がある。
そもそも、Webサイトやシステムの受託案件をやってきていたこともあり、そこにSNSの運用が付随するということも珍しくなかった。
もちろん、限られた特別なクライアント以外の案件は基本的に断るようにしているのだが、いわゆるデジタルマーケティングと呼ばれる分野のナレッジが随分と溜まったように思う。
そんな中で、広報および事業は様々な領域展開が可能だという判断をして、拡大をしていこうと思っているのだが、現代社会において、このデジタルマーケティングは欠かせないと断言できる。
それは、人々がググる、いわゆる検索をする時代からレコメンドの時代へと明らかに変わってきているからである。
そして、この流れは、最近賑わいを見せていうるChatGPTやBardといったAIを駆使したチャットボットの登場により加速していくことは間違いないだろう。
となると、自分から情報を集めるというよりも情報を集めてもらいたいという流れになっていくのである。
信用できる人や企業からオススメされるものをそのまま買ったり、さらに人に紹介するという流れが加速するというわけだ。
その根底には、可処分時間の奪い合いが起きていて、少しでも自分時間を有意義に過ごしたいというカルチャーへと変遷しつつあるからだ。
具体的には、NetflixやYouTubeといった動画を見たり、eスポーツなどを含めたオンライン上でのゲームをしたりとコンテンツが溢れまくっていて、そっちに時間を割きたいからだ。
これだけ娯楽が溢れているのは、それだけ人々が裕福になったと言い換えることもできるだろう。
となると、できるだけ自分時間を過ごすために、検索する時間すら削減したいという時代なのだ。
コスパからタイパ、つまりタイムパフォーマンスを重視するという人が増えてきているのが、なによりの証だろう。
広報およびPR事業の重要性
となると、レコメンドしてもらえるように仕掛けをしなければいけなくなる。
そう、広報およびPR事業というのは欠かせない時代なのだ。
専門的な言葉を使うのであれば、ブランディングやマーケティングをしっかりと行っていかないといけない。
その背景に必要なのはストーリーで、そのストーリーは必ずしも真実とは限らないということだ。
ただ、冒頭に書き直しをしたが、これはいつの時代にも当てはまることで、手段が変わっているという見方をした方が自然だと思っている。
人間社会が形成されてから記録されているという時代以降という前提で、商売は必ず行われているからである。
そして、商売を行うにあたっては、広報およびPRは欠かせない。
現代社会では、その手段としてSNSが重宝されるというか、使わなければ勝ち残ることができないといったところだろうか。
それにも関わらず、そんな広報およびPRについて、あまり深く考えていない企業や人が多いことに驚くことが多い。
だからこそ、我々に仕事として依頼が来たりするわけだが、広報およびPRの事業は本当に面白くて奥が深いのもまた事実だ。
結果が真実となる世界
そんな広報およびPRの世界では、結果が全てだ。
結果として商品やサービスが売れたり、認知されることに繋がるということがなければ、なにをやったとしても失敗だ。
そして、そこには極論を言うと善悪はないといっていい。
もちろん、企業や個人を攻撃したり、法律に触れるような広報やPRは論外だが、まさに勝てば官軍負ければ賊軍といったところだ。
つまり、同業者から、その手があったかと唸らせたり、真似をされることが、ある意味で成功だったりするのである。
ただ、どうせなら成功という結果を残したいというのが当然の欲望だろう。
そのために確実に必要なものは私の中で答えが出ている。
それは、勢いと熱量の共有だ。
共有を重んじる理由
私と仕事をしたことがある人は、一度は必ず私のこんな発言を聞いたことがあるはずだ。
必ず共有をしてください。
そんなことは当たり前だと思う人も多いかもしれないが、案外この共有ができない人が世の中には溢れている。
私のいう共有は、これは別に言わなくてもいいだろうというレベルのことも共有することを指している。
できるだけ細かく共有があった方がいいということである。
大体の人は面倒だとか、そんなことまで言わないといけないのかと思うだろうが、実はこの細かい共有こそが勢いを生み出す秘訣だったりする。
もちろん、プライベートのことやなにもかもさらけ出せなどという暴論をいっているわけではない。
良い結果を出したいのであれば、とにかくできるだけ細かいところまで共有をすべきだといっている。
その共有事項に対して、さらに拡がりをみせることは多々あり、逆に停滞している部分が明確になることもしばしばある。
プラスの部分もマイナスの部分も共有することで勢いが生まれてくる。
その勢いが熱量となって伝播していった先にしか、良い結果は生まれない。
よく考えて欲しい。
共有なくしてイメージできるだろうか。
なにをやって欲しいのか、どこを目指しているのか、自分にできることはなんなのか、そういった判断をするためには共有がなければ動けないことは理解できるだろう。
強烈な圧倒的な熱量を生み出すための、第一歩が共有することなのである。
結果が出たときの達成感
広報およびPRの事業をしていて、高揚感を味わうことができるのは、やはり良い結果が出たときだろう。
自分たちが考えた企画や仕掛けが見事に刺さって、集客できたり商品やサービスを売ることができたときの達成感はひとしおだ。
その小さな成功体験が、また次の企画や仕掛けに繋がっていくわけだが、いつまで経っても明確な正解は生まれないと思っている。
ただただ実直に世の中のトレンドを追いかけ、そこにアレンジを加えていくことに尽きると思っているのだが、大切なのは数多くの打席に立つことだ。
毎回ホームランを狙うような打席を準備してはいけない。
とにかく試合に出ること、打席に立つことが重要で意図していないヒット、フォアボール、デッドボールでもなんでもいいから塁に出ることが重要だ。
繋いでいくことで、ホームランが出たときに爆裂する。
それから、もう1つ重要なのは一丸となることだ。
私がよく言うことは、広報およびPRの事業において、我々ができる限りのことはしっかりサポートさせてもらうけれども、最終的には自分たちでできるようになって欲しいということだ。
社内に広報およびPRをするナレッジというか雰囲気をつくることが重要だと説いている。
新しく出たサービスや若い人たちの言動に対して、つい頭ごなしに否定的に入るという人が多い中、そんなカルチャーは絶対に生み出してはいけないと、くり返し主張している。
まとめ
最期に、真実と異なるということと嘘は全くの別物だということも知っておいて欲しい。
真実ではないということと嘘がイコールだと捉えている人は、広報およびPRをすることに向いていない人だと思う。
例えば、全く効果のない商品に対して、あたかも効果があるような広報やPRをすることは完全に嘘だし、絶対にやってはいけないことだ。
私が言いたいことは、そんなことではなくて、こんな感じで拡めていこうと思っていたという企画やイメージがあったのに、結果として全く違った拡がりを見せたりするときのことだ。
結果オーライという言い方もできるし、ある意味で成功なのだが、再現性に乏しい成功だ。
本来の成功というものは、できるだけ再現性があって、誰にでも簡単に真似できるような要素が少しでも多くあるべきなのだが、必ずしもそうならないということを伝えている。
だからこそ、広報およびPRという分野の仕事は奥が深くて面白いという裏返しでもある。
stak, Inc. では、そんな仕事に興味を持っている人を募集しているので、いつでも気軽に連絡をいただきたい。
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