傲岸不遜(ごうがんふそん)
→ 非常に思い上がった態度。
非常に思い上がった態度と聞くとネガティブというか、嫌な人だと思うのが一般的な受取り方だろう。
私はちょっと違う見方をしてしまうところがある。
本当に思い上がった人であれば論外なのだが、あえてその人物像を演じている人が一定数いるということだ。
リーダーシップと紙一重の部分が少なからずあるのである。
思い上がる場所にたどり着くまで
序盤からくり返しておくが、ただただ思い上がっている人、つまり自惚れているに近い人は論外だ。
そうではなく、思い上がれる場所までたどり着いている人の中には、一般的な人とは見ている世界が違う部分があるということだ。
高い目標を掲げて、そこにたどり着いている人は一握りしかいない。
その場所を目指そうとしない人は当然たどり着くことはできないし、そもそも目指そうとする人が圧倒的に少ない。
となると、交わることがない感覚がそこには生まれるのである。
思い上がりという概念は、ある意味でここと抵触すると考えている。
つまり、思い上がってもいい人がいるということだ。
経営者にならないといけないと思った瞬間
私は大学生の頃から漠然と経営者になることを考えていた。
というのも、いつかは自分で事業をやらないといけないと思った出来事が明確にあった。
それが就職活動という、いってみれば学生時代のカルチャーだ。
以前にも何度か同じことを書いているが、大学へ行ったことのある人ならわかると思うが、大学3年生くらいになると、自然と就職活動というものをする流れになる。
大学内に就職活動用の資料を配る人が現れたり、定期的にイベントで人が集められたりする。
私の世代も同様に大学3年生になると、当たり前のように同級生たちは就職活動を始めていった。
そんな中、私も将来を考えていかなければと思いつつも、やりたいこともないのに就職活動をする意味はないと漠然と考えていた。
そもそも、大学に行くことを決めたのも、4年間という月日を東京で過ごしたいという不純な動機だった。
そんな人間が大学にいる間にやりたいことなど見つかるはずもなく、ときが経ち勝手に就職活動をするときがきたという感じだ。
やりたいこともないのに、就職活動をする意味がわからなかったのだが、周りにいた同級生たちは心配してくれたようだ。
こうして、一度だけ、学生が集められる就職活動のイベントに参加したことがある。
私の卒業した大学は比較的大きな大学だったので、それなりに人が入るホールがあったのだが、そこでは企業の採用関係者たちと学生という対立構造ができあがっていた。
いわゆる就職説明会の大規模バージョンなのだが、そこでの光景が異常だった。
経済学部3年の◯◯です、御社にとって必要な人とは・・・みたいな質問を学生が採用関係者たちにしていくのである。
この構造を見たときに、ただただ寒気がした。
この中にいては、一生この中から抜け出せないと漠然と思った私は、他の人たちとは違う人生を生きようと決めた瞬間である。
本物の経営者という立場と覚悟
とはいえ、私はいきなり経営者になる道は選ばなかった。
そのあたりの考え方は非常に保守的だったといわざるを得ないかもしれない。
弁理士という資格を目指したことも何度も書いているが、弁理士を諦めた後にすぐに起業はしなかった。
まずは、どこかで働いてからにしようと決めたのである。
ただ、どんな企業でも良かったわけではなく、今でいうところのスタートアップ、つまりベンチャー企業に入るということは自分の中で決めていた。
そして、株式会社ティーケーピーという、貸会議室事業の日本最大手に成り上がっていくベンチャー企業で働くことを決めた。
そこで出会った、河野貴輝社長は私にとって全てのお手本であり、今でも感謝しかない人物だ。
初めて出会った本物の経営者で、未だに河野貴輝社長を超える本物の経営者に出会ったことがない。
それから、今の立場になってようやく河野貴輝社長の元で働いていたときに教わった言葉の数々がわかるようになってきた。
本物の経営者の立場とその覚悟は本物にしかわからないのだと、あえて思い上がった自分の発言としたいと思う。
交わることのない考え方と見える世界
私が経営者というか、社長と言う立場になったのは、25、26歳くらいのときだったと思う。
もう15年以上前になることは確かだが、社長と言ってもいわゆる雇われ社長だ。
とはいえ、いろいろと経営に対することは日々慌ただしく動きながら覚えていったことを記憶している。
言葉どおり、右も左もわからない状態で多くの葛藤もあったし、信用できる仲間もいたけれども、多くの敵をつくったのも事実だ。
そんな中、しばしば河野貴輝社長には相談に乗ってもらった。
今でも覚えている教えの1つに、組織のつくり方で迷っていたときに相談した内容だ。
それは、人数が増えるといろんな人間がいろんなことを口々にいうことが本当に煩わしく、人間関係に辟易としていたときのことだ。
どうやって組織をつくっていけばいいのかと相談したときに、山に例えた話をしてくれた。
お前はまだ山の2合目あたりにしかいないから、山の麓や1合目にいる人たちの声が聞こえるんだと。
山の上を目指して上に行けば行くほどに下の声は聞こえなくなる。
そんなことよりも、上を目指せば下を向くことなどなく自然と上を向くからネガティブに考えることはなくなる。
もっというと、頂上にたどり着ける人はほんの一握りで、頂上から下界の声なんか聞こえると思うかと。
いかにも、思い上がった傲慢な考え方だという見方もできるが、私には衝撃しかなかった。
私は頂上からの景色が見たいと思ったし、そこに行かなければ生きている価値がないとすら思った瞬間だ。
思い上がりとカリスマの関係
思い上がりと聞くとネガティブに聞こえるが、カリスマと聞くとポジティブになるのではないだろうか。
私は個人的に紙一重だと思っていて、どっちにも受け取れるのが思い上がりとカリスマだと思っている。
カリスマと呼ばれるようになるまでに、思い上がりが本人になければいけないと考えている。
本人の絶対的な力があって、本人が思い上がっていなければ周りを巻き込む影響力など持てないのである。
それから、高みを目指せば目指すほど、そこには評価できる人がいなくなってくるので、思い上がりを自分自身で持たざるを得ない場面も出てくるように思う。
1つ1つを確実に自分ができるようになったことを確認していくことができなければ、高みにたどり着く前に心が折れてしまう気がする。
つまり、同じような言い回しになるが、思い上がりの先にカリスマが生まれると思っている。
まとめ
思い上がっている人をただただ嫌なヤツという見方をしないで欲しい。
それは、なにかを成し遂げようと高みを目指そうとしている人に昇華する可能性があるということである。
自分がどの立場でなにをするかは、生涯を終えるまでどうなるかなんてわからない。
本物の経営者は、あなたが思っている以上に覚悟を決めているし、それが故に他の人からすると思い上がっているように感じる部分があるかもしれない。
でも、そんな経営者に出会うことができる機会はなかなかないし、信じてついていくと味わったことのない感覚を教えてくれたり、知らなかった世界の入口へ連れて行ってくれる。
私もその継承者の1人であることは事実だし、私に関わってくれる人たちに同じような影響を与える人になろうと決めている。
そのためには、stak, Inc.というスタートアップを確実に盛り上げていく必要があるというわけだ。
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