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2022年7月21日 投稿:ueda

現状維持という意識から始まる衰退への道

現状維持(げんじょういじ)
→ 現在の状態をそのまま保つこと。

現状維持を目標にした瞬間に成長が止まるということは、社会人になってから比較的はやいタイミングでいわれたことを覚えている。

そして、今でもこの言葉はずっと頭の片隅に残っていて、本当にそのとおりだと思うのである。

私は今年の9月に41歳を迎える年齢である。

完全にオジサンで本当に初老だと思っているが、年齢を重ねただけでなくそれなりに経験も重ねているので、見えてくる世界もあるわけだ。

各世代が感じている共通点

くり返しになるが、40歳前後は世間一般でいえば完全にオジサンの領域だ。

ところが、不動産業界などの業界へCEOとして打合せにいくと、まだまだ若者扱いされることも多い。

そして、企業に勤めている人たちであれば、ちょうど中間管理職から上の立場になっていくというタイミングだろう。

私の周りにも少しずつ役職が上がっている人や部下を持つという立場になっている人が増えているように思う。

そんな中で、たまに会うときに会話になるのだが、自分たちが40歳を超えているという意識があまりないというところが、私の思う共通点である。

なにが言いたいのかというと、歳は重ねているけれども自分たちが40歳だという認識があまりないということだ。

かくいう私も、ニュースやスポーツを見て36歳という年齢が出たりすると、結構いい歳だなとか思うのだが、自分よりも結構年下だとハッとするという感じだ。

あ、自分はもう40歳を超えてて全然年上じゃないかということに気づかされるというイメージだ。

つまり、なんの意識をしていなくても、どんなことがあっても大人だとカテゴライズされる年齢に勝手になっているというわけだ。

それはそうなのだが、誰かに大人になったことを証明してもらうわけでもなく、自分の脳力が数値化されているわけでもないので、周りからの見られ方しか判断基準はないのである。

もちろん、見た目が若いとか逆もまた然りで、そういった外見による判断をされることはあるが、歳というのは放っておいても勝手に重ねていくものだということだ。

だからこそ、ただただ年上ということだけで、イニシアチブを取ることなどあってはいけないのである。

10代〜20代を振り返ったとき

40歳を超えて10代を振り返ったときのことを考えてみよう。

今ではZ世代という言葉がすっかり市民権を得ている。

では、私たちがZ世代と呼ばれる人たちと同じくらいの歳の頃に、感覚としてそんなにも大きな違いがあっただろうか。

未成年という枠だったり、学生というルールのある場所の中で、ほんの少しだけでもはみ出したことをすることが青春という想い出だったはずだ。

世の中のことを知らないからこそ、思い切り羽を伸ばしたいとか、大人になったらこんなことがしたいとか、ルールを強いてくる大人たちに反発心があったはずだ。

大きな声でいえなくても、ちょっとした悪さをしたことがある人だって少なからずいるはずなのだ。

若者という括りにされることに反発をしているのに、若者という立場を利用するという一見すると矛盾した言動をパワーで圧倒するというのが、10代や20代のある意味で醍醐味なのだ。

大切なことは学校で良い成績をとることよりも、友人のために動くこと、異性に対して過敏になることなのである。

もちろん、全員が同じ感覚ではないと思うが、多くの人は共感してくれるだろうと思っている。

30代を迎えたときの心境

そして、そのときの感覚というのは、案外30歳になっても変わらなかったりする。

あくまで個人的な感覚が中心となってしまうが、私が30歳を迎えたときは嫌だという気持ちは正直あまりなかった。

むしろ、年齢を聞かれたときに29歳だと答えるのが、ギリギリ20代だという主張をしているようで嫌だった。

その頃からだろうか。

私は現在の歳を答えるのではなくて、今年いくつになるかを答えるようにしている。

話を戻すと、30歳を迎えて30代を過ごしていたときのことだ。

お世話になった企業を退職し、自分で起業するという転機になったのが30代だったが、だからといって10代や20代のときと違う感覚だったかというと、そんな感じでもない。

あぁ、30歳になったんだなぁくらいの感覚で、30代をどう設計していくかをなんとなくイメージしたくらいだ。

今になっていえることは、これも多少の受け売りはあるが、10代や20代のときのようにアクセル全開にはできないということだ。

経験を積むということは、良くも悪くもブレーキの踏み方を多少覚えてしまう。

つまり、勢いのみに任せるということができなくなる。

実際はそんなことはないと自分では思っていたとしても、実は10代や20代前半のようなイケイケな対応はできなくなっているということだ。

ただ、これは決して悪いことではなく、勢いがなくなったといえなくもないが、見方を変えれば冷静な判断ができるようになったともいえるわけだ。

30代になったときと40代になったときの変化

ずっと個人的な感想を中心に書いていっているわけだが、40歳を迎えるとわかったときは、正直嫌だという気持ちしかなかった。

狙っている部分ではあるのだが、立場上、自分が最年長になる場面が増えていて、自分1人だけが40代を迎えるとなったときは、やはり複雑な心境だった。

というのも、感覚としてはそれこそ10代や20代前半と変わっていないという部分も持ち合わせているのだが、年齢を書く機会があるときに40歳と書くのには未だに抵抗がある。

どこかで若くいたいという気持ちが勝っているのだろう。

冒頭にまだまだ若いとかいわれる場面もあるが、私自身が全くそんなことを感じていない、むしろ老害の域に入ったとすら思っていることも大きく影響しているだろう。

最近、唯一の楽しみというか40代の向き合い方として、40代には見えないといわれることがつい嬉しくなってしまうというところくらいだろうか。

仮にそれが社交辞令だということがわかっていたとしても、そういうのが嬉しいと思ってしまう、いわゆるオジサンになってしまったのだろう。

40代は確実に人生の折り返しに入っているという意識だ。

健康でいつまでいられるかの保証などないし、ただただ生きているという状態で寿命だけ長くても仕方がない。

健康で自分の好きなように動けてこそ、長生きというものに価値が出てくるというわけだ。

40歳を迎えると、どこかでこの健康や美容といった話題が後ろ合わせにいることをヒシヒシと感じるのである。

私の場合は、まだstak, Inc.のCEOとして日々慌ただしくしているので、いいかもしれない。

なにも目標なく日々を過ごしている人に遭遇する機会も多い。

そんなときに思うことは、そういった人を否定する立場でもないし、そういう人たちとコミュニケーションを図る時間すらもったいないということだ。

まとめ

くり返しになるが、私は今年41歳を迎える。

あなたは私より若いだろうか。

それとも年上だろうか。

そして、自分の年齢と私の体感と共通する部分はあるだろうか。

もし、共感する部分があって確かにと思ってくれるのであれば、現状維持を目標にする人生よりも、少しでも豊かに生きようとする人生を目指して欲しい。

こうやって書くことで、私自身も生涯、現状維持を求めない人生を目指すことを目標としている。

そのために、自分よりも若い世代の人ともたくさんコミュニケーションを取ろうと思うし、自分が敬意を払うことのできる年上の方々のいうこともしっかりと聞こうと思っている。

50代を迎えたとき、私は40代をどう振り返るのか楽しみである。

 

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植田 振一郎 Twitter

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