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2022年7月9日 投稿:ueda

紀元前7000年に遡る靴の歴史

刖趾適屨(げっしてきく)
→ 足が大きく靴に入らなくて足先を切り落とす意から、目先にとらわれ根本を考えないことで、本末転倒と同義。

足が大きくて靴が入らなくて足先を切り落とすというのは、靴から視点を外しているというところは斬新だ。

まあ、だからといって足を切り落とすというのは、まさに本末転倒だ。

他にも元も子もないという言葉も類語だが、これは元金も利子もないということで、すべてを失ってなにもないという意味だ。

行動を起こした結果という捉え方もできるので、そういう意味ではなにもしないよりはマシなのかもしれない。

ということで、話を戻すが、靴が入らないというところに端を発しているわけだが、そもそも靴がなければこの言葉はできなかったわけだ。

靴が世の中になかったらまさに本末転倒なわけだが、そんな靴の歴史について調べてみた。

世界最古の靴と日本最古の靴

最古の靴は紀元前7000年ほど前、アメリカのオレゴン州にあるフォートロック洞窟から発見されたヨモギの樹皮で作られたサンダルだといわれている。

一方で、日本最古の革靴は紀元前5500年前のものが発見されている。

ここで注目したいのが、海外と日本では室内で靴を履く履かないの文化の違いがあるということだ。

そのため、海外での靴といえば下駄、草履が主流だった。

そして、日本に洋式の靴が入ってきたのは江戸時代末期から明治時代の初期頃で、最初に洋式の靴を履いたのは、坂本龍馬だといわれている。

その後、第二次世界大戦を敗戦で迎えた日本は進駐軍指導の社会制度改革をきっかけとして急速にアメリカ化が進んだことが革靴を履くということに繋がった。

1950年代中あたりから男性を中心に革靴を履くことが一般化していくというわけだ。

そんな革靴が世に登場し始めたころは、ひも付きの革靴が主流だった。

革靴が世に出始めた当時は自家用車の保有率が非常に低く、公共交通機関と徒歩が一般的な移動手段だったこともあり、十分に足をサポートすることのできる靴は必需品だった。

また、女性はまだ外出着に和服が一般的だったので、下駄や草履を履いており、子ども達は前ゴムと呼ばれるズック靴が広く普及していた。

1960年代に入ると、ようやく戦前の生活水準にまで立ち直り、ファッションとしてジーンズが一般に普及し始める。

それから、1970年代にはモータリゼーションの到来とともに個人の自動車保有率も急速に上がっていく。

日本人のライフスタイルは急速にアメリカナイズされ、若者の履物もほぼ欧米人と同じ水準のものに変わっていくという流れだ。

ブーツの起源

一言で靴といっても、様々な種類のものがある。

パッと思いつくのが、冬の靴の必需品であるブーツではないだろうか。

そんなブーツの起源は、中世のゲルマン人だといわれている。

世界最古の靴はサンダルだといわれていることを先述したが、靴の起源は、古代ギリシアのローマのサンダルだとするものから来ている。

一方で、靴の起源の真実は中世のゲルマン人が狩りに使用していたブーツだという説もある。

狩猟民族だったゲルマン人は保温性と耐水、耐塵性に優れ、沼地や森林を踏破するのに適した靴が必要だったことから、やがてブーツが誕生したというわけだ。

現代でも冬になると寒さを防げると必需品なブーツだが、現代では一枚の革で作られることが多いけれども、中世のゲルマン人は革を幾重にもしたブーツがお気に入りだったという。

そう聞くと、重たそうなイメージだが、寒さが防げると大変重宝された。

その後、移動民族でもあったゲルマン人は、沼沢の少ない地中海沿岸地方で生活する際に歩行や着脱の機会が増えてくる。

単純にブーツだと面倒だということで、ブーツの筒部分を切り落としたことがきっかけで、現代の靴の原型ができたといわれている。

日本の靴文化

日本の靴文化についても、ザッと述べたが、もう少し砕いていこう。

戦後急速にアメリカナイズされたということは書いたが、一般的には洋式の靴が履かれるようになったのは江戸時代末期から明治時代の初期のころだとされている。

最初に洋式の靴を履いたのは、坂本龍馬だといわれていることも前述したが、その時代と一致するというわけだ。

そして、1870年(明治3年)3月15日、東京築地に初めて近代的な靴の工場ができて、国内で靴の製造が始まる。

この日は、靴の記念日となっている。

それから120年という歴史があるわけだが、世界最古の靴が紀元前7000年、日本最古の靴が紀元前5500年前のものという観点からすると非常に浅く感じてしまう。

とはいえ、生活スタイルの変化に伴いながら、伝統に裏づけされた確かな職人技と最新のテクノロジーがミックスされ、靴も非常に進化していることも事実だ。

オシャレは足元からという定番のキャッチコピーもあるとおり、ファッショントレンドをリードするアイテムとして常に注目されているというわけだ。

革靴という文化

ちょいちょい登場する革靴。

そんな革靴が誕生し始めたのは15世紀頃で、ラストと呼ばれる木型を使った製作手法が誕生し、効率的な量産が可能となったのをきっかけ大きな転換期を迎えた。

第二転換期となったのがミシンプレス機の開発が進んだ19世紀初頭で、多くの製作用の機械が誕生した。

ミシン、プレス機、フィニッシャーと今では欠かせない機材により、革靴の生産性を爆発的に向上させたというわけだ。

また革靴の需要も高くなり、靴職人も増え独自の工房を持つ人たちも多くなった。

5大製法とされるマッケイ製法や、グッドイヤーウェルテッド製法など主要となる量産技術が確立されていった時代でもある。

時代と共に物が進化していくように、靴にも変化は訪れた。

スニーカーやサンダルといった機能生産効率の高い製品が登場し、スニーカーのセメンテッド製法は靴の大革命とまで呼ばれた。

靴に限らず、これまで多くの物が利便性や生産効率を理由に、過去の遺物として消えていった。

ところが、革靴は転機となった15~19世紀からほとんど変わらず、オーソドックスでありながらも現代に定着している。

その理由は革靴の歴史を辿っていくと見えてくる。

15世紀からラストを使用した手法が使われているが、あくまでも手法の進化であって生産量が急激に増えた訳ではない。

革靴の歴史を大きく動かし始めたのは17世紀にピューリタン革命の指導者でもある、オリバー・クロムウェルだ。

彼は頑強で型崩れしないという理由で靴職人に4000足以上を依頼し、その後も定期的に大量の靴を発注していたという。

その依頼先は、靴の聖地と呼ばれるイングランドのノーザンプトンであり、この依頼を理由に靴職人がノーザンプトンに集結した。

その後、集まった職人達は独自の工房を持ち始め、様々な製法も誕生した。

こうして、頑強な靴といえば、革靴ということで生産し続けるが、増え続ける職人たちと差別化を図るため、ただ頑強なのではなく、作りに拘りを持つ職人が増えてきた。

素材に拘る職人、形に拘る職人、色味に拘る職人といった具合で、こういった拘りの靴を身に付けていたのが貴族達であり、あっという間に庶民の憧れの品となった。

革靴がファッションとして定着するのに時間はかからなかったというわけだ。

こうして迎えた19世紀に、くり返しになるが、ミシン機やフィニッシャーなどの開発も進み、靴職人も比例して増えていった。

ファッション文化に定着させる天才職人たちが誕生し、今でいうハイブランドの定番としても革靴は浸透していくという歴史を辿る。

人々の憧れが継続しているのが、まさに革靴というわけだ。

まとめ

文化というのは根付くのに時間がかかる。

そして、革靴の歴史を辿っていった際の発見が、憧れに繋がっているという部分だ。

ここには人の感情という部分が大いに加わるということだが、この感情は大いに意識した方がいいと思っている。

データや予測ができない最たる部分だからである。

文化というのはそういった不確定要素が乱立して成り立っているという側面があるということだ。

 

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植田 振一郎 Twitter

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