信用と信頼の積み重ねを勘違いしている人たち

2022-06-28 投稿: 植田 振一郎

軽便信用(けいべんしんよう)
→ 苦労せずに簡単に得られる信用。

結論から言おう。

苦労せずに簡単に得られる信用などない。

というか、そもそも信用を得ようと思って起こす言動など、たかだか知れており、信用とは得ようと思って得るものではなく、気がついたら積み重なっているものである。

このあたりが、何度伝えてもわからない人があまりにも多いので、私はくり返し信用の重要性を説いているわけだ。

序盤からくり返すが、信用という指標は人生において最重要視するほどに大切なことなのに、あまりにもそのことが理解できていない人が多い。

そして、信用の上に信頼が成り立っているという相関関係にあることも、割と頻繁に書いている。

少なからず私と仕事をしている人は、このブログを必ず読んで欲しい。

同じ相手を信じる気持ちでも似て非なる信用と信頼の違い

このマインドが理解できないと、全ては時間の無駄に終わる。

これは私の経験から必ず起こることなので、ここのマインドが理解できない人は迷惑なので、もし私の周りにいるのであれば、勝手に去って欲しい。

仕事とはなんなのか?

私のブログを読んでくれている人のほとんどは社会人なので、日々そういった人たちに私のインプットの整理の場として想いを加えて配信をしているわけだ。

と同時に、仕事で携わっている人たちが日に日に増えている状況なので、そういった人たちに向けて私の考え方を述べている場でもあるのが、この今日の一言ブログの位置づけである。

もちろん、毎日読んでくれる人がいるのは嬉しいことではあるが、強要するものでもないし、理解できなければすっ飛ばしてもらって構わない。

なぜ私がこの毎日ブログを続けるのか、その理由を改めて書いておこう。

まず、このブログを配信することで私自身の信用を作っていることが大きい。

なにが言いたいのかというと、自分の意見や想いを届けるためには影響力が必要になる。

それはそうだろう。

どこの馬の骨かわからない人の話を、あなたは聞きたいと思うだろうか。

これだけコンテンツが溢れている今の時代に、無駄な時間を割きたい人などいないのである。

であれば、いかにして影響力を持つことができるのかを考えて動かなければならない。

それは、社外の人に向けても、社内の人に向けても、そして自分自身に対してもである。

そう、仕事とは信用を作っていくことだということを改めて声を大にして言いたい。

それから、積み上げてきた信用であっても、一瞬にして崩れ去り、二度と修復できなくなることも多々ある。

だからこそ、意識せずとも信用を積み重ねる言動が自然とできなければいけないという重要性を説いているわけだ。

精神論では闘えないことを知る

こうやって書いていくと、精神論、つまりはメンタル面のことについて書いていると思う人も多い。

それこそが完全に間違いで、私は積み重ねだということをくり返し述べている。

そして、とにかくこれを覚えておいて欲しい。

人は言葉よりも行動を信用するということ

なにもこれは仕事においてのみではなく、プライベートにおいても同じことがいえるだろう。

考えてみて欲しい。

例えば、食事に行こうと誘われたとしよう。

すぐに日時や好みを調整して予約をしてくれる人と、いつまで経ってもなにも連絡をしてこない人のどちらをあなたは信用するだろうか。

こんな簡単なことは自分はできているし、当たり前だと思っている人も要注意だ。

例えで挙げた食事に誘われたときなど、ほんの一例に過ぎず、こういった当たり前にできていると思っていることの積み重ねが案外できないということを主張している。

かくいう私も、もちろんすべての人に対して完璧にできているはずはない。

どこかで誰かに不愉快な想いをさせていたり、あいつはいい加減だといわれていることも当然あるだろう。

ただ、なにも考えて生きていない人よりも多くの人から信用があるという自負はある。

その理由はなぜか。

言葉よりも行動で示すということを徹底してやってきているからである。

その最たるところにあるのが、自己犠牲であることも知っている。

最期に削れるもの

ここまで書いてきて、大前提を伝えるのも後出しジャンケンのような気もするが、そもそも書いていることを理解してもらいたい人は、自分自身を成長させたいとか向上心のある人限定だ。

今の生活で十分に満足しているし、別になにも変えたくないとか、変える必要がないと思っている人は今さらながら読むのをやめてもらっていい。

もっというと、おそらく私の考えと交わることは生涯ないので、私の書くブログを読むことやフォローしてもらう必要もない。

そうではなく、今の生活に満足していないとか、ビジネスを少しでも上手く回したいとか、そういった想いがある人は少しでも耳を傾けた方がいいと思う。

こんな小粒な人間でも、それなりの経験はしていて、間違っていることは言っていない自信もある。

そんな私が主張する、最期に削れるものとは、時間だ。

自己犠牲の精神がなければ、なにも生まれることはないことを大前提にしているが、ギブ・アンド・テイクでは成り立たない。

ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブくらいのことをやらないとダメだ。

というか、これも似たような表現になるが、そういうマインドを自然と持つだけでなく実行できなければ意味がない。

そして、自分自身が捧げることができる最もプライオリティの高いものが時間だということである。

あなたのために、いろいろと動いてくれている人に対して、自分の時間を失っているのはもちろん、巻き込んでいる人の時間も奪っていることを意識すれば、必然と感謝は生まれるはずなのだ。

当然、時間以外にも金銭的な支援ができるのであれば、その部分を削ってもいいが、時間は誰にも1日24時間という平等に与えられているものだ。

加えて、一度過ぎ去った時間は二度と取り返すことはできない。

あなたの残された時間は、刻一刻と減っているのである。

まとめ

奇しくも、私はstak, Inc. のCEOだ。

といっても、誰やねんの1人であることに変わりはない。

なので、名前を述べさせてもらうが、植田 振一郎(うえだ しんいちろう)という。

そして、stak, Inc. の社名の由来は、積み重ねるという意味である、stackをモジッてstakという造語にしたものだ。

それは、機能拡張モジュール型IoTデバイスという、言葉にすると頭の上に?がいくつも出てくるであろう、IoTデバイスの企画、開発、運営を行っているところから来ている。

自分好みのモジュールの取り付け、取り外しができる、自分でいうのもなんだが、非常に画期的でワクワクするIoTデバイスを世にリリースし、今後もアップデートを続けようと思っている。

また、ときどきstakの由来を、コンピュータで用いられる基本的なデータ構想の1つであるスタックから取ってきたのかと聞いてくる人もいる。

データを後入れ先出しする、LIFO(Last In First Out)とFILO(First In Last Out)の構造で保持するという抽象データ型として指すこともあれば、その具象を指すことをスタックという。

そこまで深く考えてくれるのはありがたいが、これは完全にたまたまで、私自身もこんなマニアックなことまでいちいち考えてネーミングをつけることはない。

いずれにせよ、この積み重ねるというワードには注目して欲しい。

信用を積み重ねた先に信頼があり、全てのビジネスのヒエラルキーの最下層にあるものが信用であることを今日も訴えておきたいと思う。

 

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