同じ相手を信じる気持ちでも似て非なる信用と信頼の違い

2022-05-24 投稿: 植田 振一郎

狗馬之心(くばのこころ)
→ 狗馬とは犬と馬のことで、上の者への忠誠心のこと、自分を卑下していう言葉。

忠誠心というと昨今の風潮ではハラスメントに近い解釈になるだろう。

まあ、ここでは自分を卑下していう言葉ということなので、関係を作っていく上で必要なものが忠誠心ということになるのだろう。

いずれにせよ、人は1人では生きていくことはできない。

どこかで誰かと繋がり一度しかない人生を進んでいかなければならない。

そんなときに財産となるのが、信用と信頼という数値化できない価値だということに気づき、そこでまた葛藤が生まれる。

信用と信頼という言葉の大きな違い

忠誠心があるということは、相手を信用しているからだ。

忠誠心があるということは、相手を信頼しているからだ。

この2つの文章を比べたときに、あまり意識していないかもしれないが、実は大きな違いがあることがわかるだろうか。

簡単にいうと、信用と信頼には大きな違いがあるということだ。

結論からいうと、過去を信用し、未来を信頼するという関係にある。

もう少しわかりやすくいうと、信用とは過去の行動や成果を評価して確かなものであると受け入れることを指す。

一方で、信頼とはある人物に対して、未来の行動を信じて期待することを指す。

信用取引という言葉はあっても信頼取引という言葉はなく、信用関係という言葉はなくても信頼関係という言葉はある。

このように信用と信頼は、同じく相手を信じる気持ちであっても大きな違いがあることを知っておいた方がいい。

というのも、その言葉の違いで人間関係の整理もできていくからである。

信用という言葉について

信用という言葉は、成果物や過去の行動実績などを評価して、確かな出来栄えであると信じて受け入れることを指す。

目に見える形のものに基づいて行われるため、信用は客観的なもの、実体のあるなにかに基づいているものともいえるわけだ。

例えば、商品のクオリティや成績といったものには、信用が使われることが多い。

点数や査定の基準を設けて、品質や成績がある一定の水準を超えた場合、その商品や人は信用されることになる。

また、信用は過去の成果や行動に対しての評価であるため、一方的な気持ちの働きかけであるともいえる。

つまり、信用は積極的な心の働きかけではなく、成果といった客観的な材料から自然に導かれるものだということだ。

具体的な例文を挙げるとよりわかりやすいだろう。

顧客対応が悪いと企業の信用を落とすことに繋がる。

信用を落とすとは、それまでの実績から築いてきた信用が、顧客応対が悪いという負の実績によって損なわれてしまう可能性を差している。

クレジット会社は顧客の信用情報を管理している。

これは信用の非常にわかりやすい例文だと思うが、信用情報とは、クレジットカードを使用する顧客が過去にきちんとお金を返済してきたか同課に関する情報のことだ。

過去の実績が信用となり、クレジット会社が一時的にお金を支払うという座組だ。

頼まれた資料を期限内に提出することで信用を得る。

信用を得るためには、期限内に資料を作って提出することが求められていて、それを達成すれば信用が蓄積するということだ。

反対に期限以内に提出しないという行為は、信用を失うことで、他者からの自身に対する評価を下げるということになる。

 

それから、信用は信じることを用いるので、縛りや条件が発生するという側面があることも覚えておくといいだろう。

あなたが来週末までに資料を提出することを信用しているよ。

この想いの裏側には、期限までに資料提出が達成できたら食事にでも誘おう、でも終わらなかったら、厳しく指導する必要があるといった気持ちがあったりする。

あなたと彼女と私の3人で今度、食事会を開いてね。

この中には、信用という言葉こそ出てこないが、もし食事会を開催してくれたなら、こちらも誰かを紹介しよう、でもなにもなかったら仲良くするのを考えようという気持ちがあったりする。

このように、信用はその過程や結果次第で、その後の自分の行動や評価が変わってくるというわけだ。

これは、銀行が信用してお金を貸したり、会社が信用して社員を雇用することも同じだ。

信頼という言葉について

信頼という言葉は、人に対して未来の行動を期待して、この人には任せても大丈夫だと頼りにすることを指す。

未来のことは予測できないことから、信用に比べて信頼は主観的なものになる。

多くの場合、信頼はその人が過去にどれだけの成果を出してきたかを評価した上で論理的に行われる。

これは、信用に基づいた信頼といえるだろう。

ただし、信頼は、無条件に相手の行動を信じることもその意味に含んでいるのも特徴だという点に注意が必要だ。

例えば、企業の採用面接の場面を思い浮かべて欲しい。

面接する側は、応募者の履歴書や職務経歴書からデータを読み取り、信用の度合いを測るのが一般的だ。

その一方で、面談などで応募者の話し口調や性格など、パーソナルな部分も見ることになる。

パーソナルな部分に関して、その人に対して明確な基準や保証はなく、直感に近い形で応募者を信じるか信じないかのどちらかになる。

このように、裏付けのないことについて、ある意味で無条件で相手を信じることも信頼なのだ。

また、信用は成果物や行動に対する評価という一方的なものであることは先述した。

一方で、信頼には人に期待を寄せる気持ちと、その期待に応えようとする気持ちによる双方向のやり取りがあることに違いがある。

信頼についての理解も、いくつかの例文を挙げるとわかりやすいだろう。

いつも結果を出すあの人は信頼できる。

良い結果を残すという、信用の積み上げによって、その人を信頼するというロジックだ。

あの人にはなんの実績もないが、失敗を恐れずに挑戦する姿勢に信頼したくなる。

実績がないということは、つまり信用がないということなのだが、失敗を恐れずに挑戦する姿勢に共感し、未来に期待することを信頼といっているわけだ。

信頼しても信用してはいけない。

未来の行動に期待したとしても、未来は誰にも予測できないため、結果を保証するのはまだはやいという戒めのことだ。

そして、くり返しになるが、信頼の特徴は信じ頼ること、つまり縛りや条件をつけず、相手を信じ切ることである。

仮に信じるに足るだけの根拠がなくても信じること、担保のことなど考えずに無条件に信じるということだ。

信用と信頼の違いを知ることで変わる関係性

基本的に、仕事は信用して相手と接した方がいいだろう。

というのも、仕事関係は利害を含んだ条件つきの関係であることがベースになっているからである。

仕事関係にある人のことは、信頼せず信用をするという癖をつけた方がいいということだ。

なぜなら、信用せずに信頼してしまうと、相手を適切に評価したり適切に助言、支援、指導ができなくなってしまうことに繋がりかねないからである。

結果、仕事が上手く回らなくなるということにもなると本末転倒だということだ。

一方で、友人関係は信頼を重んじた方がいいだろう。

友人関係を信用で繋ごうとすると、どうしても損得や優劣などで関係継続を判断することになってしまうからである。

信用を損ねる度に友人を切ってしまうことになり、やがて孤立しかねないので、友人を多くつくりたいという人は信頼を重んじた方がいいだろう。

まとめ

アドラー心理学における信頼という位置づけも知っておくといいだろう。

信頼は、期待とそれに応えようとする気持ちの双方向のやり取りがあると先述した。

その結果、もし期待通りに相手が行動しなかったときには、裏切られたといった気持ちになりかねない。

ところが、アドラー心理学においては、信頼と裏切りという感情を切り離している。

つまり、信頼とは他者を信じるにあたり条件を付けないこととしている。

信用できるだけの客観的な材料がなくとも、相手をとにかく信じ切ることが、信頼と定義されるのである。

あなたは信用と信頼をどのように使いわけていくのか、微妙だがニュアンスには大きな差があることを知っておくと人間関係がスムーズにいくこともあるだろう。

 

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