良妻賢母(りょうさいけんぼ)
→ よい妻であり賢い母であること、かつて女子教育の理想とされた女性像
良妻賢母。
この四文字を聞いて、どんな印象を持つだろうか。
「古い」「時代遅れ」「男尊女卑」。
現代ではそう感じる人が多いかもしれない。
場合によっては「セクハラだ」「男女不平等だ」と言われかねない言葉になっている。
しかし、本当にそうだろうか。
良妻賢母という言葉が生まれた背景を掘り下げ、データに基づいて現代の家庭の実態を見ると、この言葉が持つ本来の価値は、単純に「女は家にいろ」という話ではないことがわかる。
むしろ、今こそこの概念をアップデートして捉え直すべきだと私は考えている。
今回は良妻賢母の歴史から現代の共働き世帯の実態、家事・育児の国際比較データまでを一気に横断しながら、この言葉の本質に迫っていく。
良妻賢母はいつ、なぜ生まれたのか?
良妻賢母という言葉は、実は日本古来のものではない。
明治初期に中村正直が「賢母良妻」という形で文明開化のシンボルとして用いたのが最初とされている。
その背景には、19世紀の西洋社会で工業化と近代家族の誕生とともに発生した「母親が子どもを教育する」という新しい女子教育観があった。
日本はこの西洋の考え方を取り入れつつ、伝統的な儒教の女性像を加えて「良妻賢母」という独自の概念を生み出した。
明治中期になると、男女別学の原則を明記した教育令を機に、女子に高等教育は不要とされ、「修身・国語・裁縫」を中心とする良妻賢母教育が女子教育の柱となった。
1890年の教育勅語の発布以降、この流れは加速する。
高等女学校を中心に、男子と比べて著しく低い、技芸に偏った教育が実施された。
この体制は第二次世界大戦終了まで、約60年にわたって日本の女子教育の基本理念であり続けた。
ただし、ここで見落としてはならない点がある。
良妻賢母という概念が登場する以前、日本の武家社会では家長である父親が子の教育や躾を担っていた。
つまり、「母親が子どもを教育する」という発想そのものが近代化の産物であり、ある意味で家庭内における妻の地位を向上させた側面もあった。
三島市郷土資料館の資料にもある通り、近代化は女性にとって「解放」と「呪縛」の両面を持っていたのだ。
大正期には西洋的なリベラル思想の流入により良妻賢母像も変容し、女性の政治・社会進出が唱えられるようになった。
しかし1933年以降のファシズム強化で、それまでの「市民の倫理」が「臣民の倫理」へと反転され、良妻賢母は再び国家主義的な文脈に取り込まれていく。
戦後、新憲法のもとで男女平等が法的に保障されたが、「男は外で働き、女は家庭を守る」という性別役割分業の意識は、良妻賢母の変形版として日本社会に深く根を下ろし続けた。
このブログで学べること
本記事では、良妻賢母という概念を起点に、以下のテーマを掘り下げていく。
まず、共働き世帯と専業主婦世帯の推移データから、日本の家庭がどう変化したかを確認する。
次に、家事・育児時間の国際比較データが示す「日本特有のいびつさ」を明らかにする。
さらに、その構造的な原因が男性の長時間労働にあるという事実をデータで裏付ける。
最後に、「良妻賢母」という言葉を現代にどうアップデートすべきか、私自身の持論を展開する。
共働き世帯は専業主婦世帯の2.5倍になった
良妻賢母の理想像が前提としていたのは、「夫が外で働き、妻が家庭を守る」という専業主婦モデルだ。
では、現在の日本でこのモデルはどれだけ残っているのか。
◆ビジュアルデータ①
共働き世帯と専業主婦世帯の推移(総務省「労働力調査」)
1985年:専業主婦世帯936万世帯、共働き世帯718万世帯
1997年:共働き世帯が専業主婦世帯を初めて逆転
2023年:共働き世帯1,278万世帯、専業主婦世帯517万世帯
2024年:共働き世帯1,300万世帯、専業主婦世帯508万世帯
共働き世帯の全体に占める割合:約7割
1985年には専業主婦世帯が936万世帯で共働き世帯の718万世帯を大きく上回っていた。
しかし1997年に逆転が起き、以降その差は広がり続けている。
2024年時点で共働き世帯は1,300万世帯、専業主婦世帯は508万世帯。
共働き世帯は専業主婦世帯の約2.5倍に達した。
夫婦のいる世帯の約7割が共働きという時代に、「良い妻は家にいるべき」という前提はもはや成り立たない。
さらに注目すべきは共働きの中身だ。
2024年のデータでは、夫婦ともに週35時間以上のフルタイムで働く世帯が496万世帯で、2014年の392万世帯から104万世帯も増えている。
共働き世帯に占める割合は38.2%。
つまり「妻がパートで少し手伝う」というレベルではなく、夫婦ともにフルタイムで働くスタイルが急速に広がっている。
にもかかわらず、マイナビの調査によると共働き正社員世帯の46%が「家計が苦しい」と感じている。
共働きでフルタイムで働いてもなお、家計に余裕がないという現実がある。
この状況で「妻は家庭に専念すべき」と言える人がどれだけいるだろうか。
家事・育児の男女格差は国際的に見ても異常である
共働きが当たり前になった日本だが、家庭内の役割分担は追いついていない。
ここに良妻賢母という言葉が「時代遅れ」と批判される根本原因がある。
◆ビジュアルデータ②
6歳未満の子どもを持つ夫婦の1日あたりの家事・育児関連時間(国際比較、男女共同参画白書)
日本:妻7時間34分、夫1時間23分(男女比5.5倍)
アメリカ:妻5時間40分、夫3時間10分(男女比1.8倍)
スウェーデン:妻5時間29分、夫3時間21分(男女比1.6倍)
イギリス:妻6時間09分、夫2時間46分(男女比2.2倍)
フランス:妻5時間49分、夫2時間30分(男女比2.3倍)
ドイツ:妻6時間11分、夫3時間00分(男女比2.1倍)
日本の夫の家事・育児時間は1時間23分で、先進国の中で突出して短い。
妻の7時間34分との差は5.5倍。
他の先進国では男女比がおおむね2倍前後に収まっている中で、日本の5.5倍という格差は異常と言わざるを得ない。
国立社会保障・人口問題研究所の「第7回全国家庭動向調査」でも、妻が60歳未満の夫婦の平日1日の平均家事時間は妻247分、夫47分。
女性が家事の約8割を負担している。
さらに共働き世帯であっても、約8割の夫が家事を全く行っておらず、約7割の夫が育児を全く行っていないというデータがある。
ハーバード大学のメアリー・ブリントン教授の研究は、男性の家事・育児分担割合と出生率に相関関係があることを示した。
男性の分担割合が高いほど出生率が高い。
日本の男性の分担割合は約15%でOECD諸国の中でも最低水準であり、出生率の低迷と無関係ではない。
つまり、良妻賢母的な「母親がすべて担う」構造は、少子化を加速させている可能性すらあるのだ。
男性が家事をしないのではなく、できない構造がある
ここで視点を転換する必要がある。
日本の男性が家事をしないのは、怠けているからではない。
OECDの2020年のデータによると、日本の男性の1日あたりの有償労働時間は452分(7時間32分)で、OECD平均の317分(5時間17分)を2時間以上も上回っている。
先進国の中で最も長い。
◆ビジュアルデータ③
男性の1日あたりの有償労働時間(OECD 2020年データ)
日本:452分(7時間32分)
アメリカ:371分(6時間11分)
イギリス:349分(5時間49分)
ドイツ:309分(5時間09分)
スウェーデン:304分(5時間04分)
OECD平均:317分(5時間17分)
日本の男性は仕事をしすぎた結果、家事や育児に充てられる時間が物理的に足りなくなっている。
これは個人の意識の問題というより、社会の構造的な問題だ。
長時間労働が常態化した企業文化が、男性を家庭から遠ざけ、結果として家事・育児の負担が女性に集中する構造を固定化している。
一方で、日本の女性の有償労働時間も272分(4時間32分)でOECD平均の218分を大幅に上回っている。
つまり、日本は男女ともに働きすぎなのだ。
にもかかわらず、無償労働(家事・育児・介護)の負担は圧倒的に女性に偏っている。
内閣府の男女共同参画白書が指摘する通り、6歳未満の子どもを持つ共働き世帯の妻は、仕事等の時間を削りながら家事・育児時間を大幅に増加させている。
対して夫は仕事等の時間を変えず、家事・育児時間を可能な範囲で25分増やしただけ。
この構造は過去10年間、基本的に変わっていない。
良妻賢母が問題なのではない。
良妻賢母的な役割を妻だけに背負わせ、夫がその構造に無自覚なまま長時間労働を続けていることが問題なのだ。
まとめ
良妻賢母という言葉は、明治初期に西洋の女子教育観と儒教の伝統が融合して生まれた、わずか150年程度の概念だ。
「日本古来の伝統」のように語られることがあるが、それは正確ではない。
武家社会では父親が子どもの教育を担っていたし、農村では女性も男性と同様に働いていた。
「良い妻は家にいて子を育てるべき」というモデルは、近代化と工業化が生んだ一時的な社会制度に過ぎない。
現代の日本では夫婦の7割が共働きであり、専業主婦世帯は全体の3割を切っている。
それにもかかわらず、家事・育児の負担は妻に5.5倍偏ったまま。
男性の長時間労働がその構造を固定化し、出生率の低迷にまで影響を及ぼしている。
私はstak, Inc. のCEOとして、この問題を経営の視点からも考えている。
社員が家庭で健全なパートナーシップを築けなければ、仕事のパフォーマンスも上がらない。
男性社員が長時間オフィスにいることが美徳だった時代は完全に終わっている。
むしろ、家事も育児も仕事も含めたトータルのマネジメント力こそが、これからの時代に求められる能力だ。
良妻賢母を「時代遅れ」と切り捨てるのは簡単だ。
しかし、「よい妻であり賢い母であること」の本質は、家庭を経営する力を持つということだ。
そしてそれは、男性にも同じく求められる力である。
良妻賢母を「良夫賢父」にまで拡張し、夫婦がともに家庭を経営するパートナーとなること。
これが、150年前に生まれたこの概念の正しいアップデートだと私は考えている。
最後にデータを一つ。
東京大学の山口慎太郎教授の研究によれば、男性が家事・育児に参加する割合が高い国ほど出生率が高い。
日本の男性の分担割合15%を、せめて30〜40%に引き上げるだけで、少子化対策にもなり、女性の就業率向上にもつながり、結果として経済成長にも寄与する。
良妻賢母を否定するのではなく、その精神を夫婦で共有する。
それだけで、日本の社会構造は大きく変わる可能性を秘めている。
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