焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)
→ 学問や思想などを弾圧すること。
秦の始皇帝が紀元前213年に実施した焚書坑儒—学問や思想を弾圧し、書籍を燃やし、知識人を生き埋めにした事件は、学問の自由に対する最も極端な攻撃として歴史に記録されている。
しかし、表現の自由が憲法で保障されている日本にいる私たちが見落としがちなのは、現代においても世界各地で学問や思想の弾圧が組織的に行われているという事実だ。
グローバルなデータを分析し、世界情勢を読み解くことを意識している私にとって、Academic Freedom Index(学問の自由指数)が示すデータは衝撃的だった。
36億人、世界人口の45.5%が学問の自由が完全に制限された国に住んでいる。
これは単なる統計ではない。イノベーションとテクノロジーが世界を駆動する現代において、知識の創造と思考の自由が根本的に脅かされているということを意味する。
データが明かす現代の焚書坑儒
焚書坑儒の歴史的背景と概念
紀元前259年から紀元前210年にかけて中国を統一した秦の始皇帝は、思想の統一を図るため、医学・農業・占いの書以外のすべての書物を燃やし、異を唱える儒者460名を生き埋めにした。
この「焚書坑儒」は、権力による知識と学問の完全な支配を象徴する出来事として、2000年以上経った現在でも政治的弾圧の代名詞として使われている。
重要なのは、この弾圧が単なる暴力ではなく、体系的な情報統制システムだったことだ。
思想の多様性を排除し、権力者の都合に合った知識のみを残すことで、国民の思考を完全にコントロールしようとした試みだった。
グローバル学問自由度の現状:衝撃的なデータ
Academic Freedom Index(AFI)2024年版によると、現代の焚書坑儒は想像以上に深刻だ。
基本データ:世界の学問自由度分布
- 完全に制限:45.5%(36億人)
- 深刻に制限:11.0%(8億8000万人)
- 中程度制限:8.4%(6億7200万人)
- おおむね自由:21.1%(16億8800万人)
- 完全に自由:14.1%(11億2800万人)
この数字が示すのは、世界人口の半数以上が学問の自由が深刻に制限された環境に住んでいるということだ。
さらに驚くべきは、この状況が改善されるどころか悪化していることだ。2006年をピークに、学問の自由は世界的に後退している。
学問の自由が深刻に後退している国(2014年-2024年)
- アメリカ:世界85位(先進国として異例の低さ)
- インド:0.6から0.2に急落(「完全に制限」レベル)
- 香港:中国返還後の国家安全維持法により急激に悪化
- ハンガリー:オルバン政権下で体系的な大学弾圧
- トルコ:エルドアン政権による学術界の大規模粛清
現代版焚書坑儒の具体的手法
中国・香港:最も体系的な学問弾圧
中国本土では、2019年に上海の復旦大学憲章から「思想の自由」が削除され、学生らが異例の抗議デモを行った。
これは現代の焚書坑儒の象徴的な事件だ。
大学憲章という公式文書から「思想の自由」という文言を削除することで、学問の自由そのものの概念を法的に抹消したのだ。
香港の急激な変化: 2020年の国家安全維持法施行により、香港の大学は劇的に変化した。
- 学生会事務室への警察の家宅捜索
- 民主的な教員の排除
- 学生組織の解散圧力
- 自己検閲の常態化
香港大学は世界ランキングで35位(2024年)を維持しているが、学問の自由の実態は完全に別次元だ。
優秀な研究環境と言論統制が同居する歪んだ状況が生まれている。
ミャンマー:軍事クーデターによる教育の完全破綻
2021年のクーデター以降、ミャンマーの教育システムは崩壊状態にある。
- 大学の強制閉鎖
- 学生・教員の大量逮捕
- カリキュラムの軍事政権による完全統制
- 民主的価値観を教える教員の排除
現在、300万人が国内避難を余儀なくされ、1860万人が人道支援を必要とする状況で、教育どころではない。
これは武力による学問の破壊という、最も原始的な焚書坑儒だ。
北朝鮮:究極の思想統制教育システム
北朝鮮の教育制度は、現代版焚書坑儒の完成形ともいえる。
すべての教育が「金日成・金正日・金正恩」の偶像化に集約されている。
具体的な統制手法
- 大学でも「主体哲学」「革命歴史」が必修科目
- 金正恩の言葉を一字一句間違えずに暗唱できなければ体罰
- 外部情報の完全遮断
- 批判的思考の徹底的な排除
これは焚書坑儒の現代的進化形だ。書籍を燃やす代わりに、最初から統制された教材しか存在しない教育システムを構築することで、より効率的に思想統制を実現している。
学問弾圧の新たな手法とテクノロジー
デジタル時代の焚書坑儒
現代の学問弾圧は、始皇帝の時代とは比較にならないほど洗練されている。
情報統制の新手法
- デジタル検閲:インターネット上の学術論文や研究データの削除
- AI監視システム:学生・教員の発言をリアルタイムで監視
- 資金統制:政権に批判的な研究への予算打ち切り
- 査証制限:国際学術交流の阻止
- 評価システム操作:政治的忠誠度による昇進・降格
経済的手法による弾圧
現代の権威主義政権は、直接的な暴力よりも経済的圧力を重視している。
- 研究費の政治的配分
- 大学の財政的独立性の剥奪
- 私立大学への税制優遇措置の政治的運用
- 国際的な学術協力からの意図的な排除
民主国家での「ソフトな弾圧」
注目すべきは、民主主義国家でも学問の自由が後退していることだ。
アメリカの事例(世界85位への転落)
- キャンパス内での抗議活動への過剰な規制
- 政治的に敏感なトピック(気候変動、ジェンダー研究)への研究制限
- 州政府による大学カリキュラムへの政治的介入
- 「反多元主義政党」の台頭による学術界への圧力
学問弾圧とイノベーションの相関関係
データが示す経済的損失
学問の自由と経済発展には明確な相関関係がある。
Academic Freedom Indexとグローバル・イノベーション・インデックスを比較分析すると、興味深いパターンが見える。
学問自由度上位国のイノベーション力
- チェコ(学問自由度1位):EU内での技術革新ハブ
- エストニア(2位):デジタル化先進国
- ベルギー(3位):バイオテクノロジー分野でのブレークスルー
制限国のイノベーション停滞
- 中国:技術力はあるが基礎研究での画期的発見の減少
- ロシア:優秀な研究者の海外流出加速
- 北朝鮮:完全な技術的孤立
人材流出という「見えない制裁」
学問弾圧は、その国の最優秀な人材を海外に押し出す効果を持つ。
これは長期的には、弾圧を行う国にとって最も深刻な損失となる。
香港からの研究者流出: 国家安全維持法施行以降、香港の主要大学から国際的な研究者が続々と離脱。特に政治学、社会学、法学分野での人材流出が深刻。
ロシアからの頭脳流出: ウクライナ侵攻以降、約20万人の高技能労働者が国外に移住。IT、学術、研究開発分野の人材が壊滅的に減少。
まとめ
テクノロジー企業にとって、学問の自由は単なる理念ではない。
それは私たちのビジネスの生命線だ。
なぜ学問の自由がテック業界に重要なのか?
- 基礎研究からのイノベーション:多くの革新的技術は、自由な学術研究から生まれている
- 多様な視点の重要性:画期的なソリューションは、異なる文化・思想背景を持つ人材の協働から生まれる
- 長期的な人材確保:優秀な研究者・エンジニアは、学問の自由が保障された環境を求める
- グローバル市場での競争力:学問の自由が制限された国は、長期的には技術革新で後れを取る
企業としてできること
企業としてできることは、学問の自由を守るための具体的なアクションを実行することだろう。
内部での取り組み
- 社内研究開発における完全な学術的自由の保障
- 多様なバックグラウンドを持つ研究者の積極的採用
- 政治的圧力に屈しない研究方針の堅持
外部との連携
- 学問の自由が脅かされている地域の研究者への支援
- 国際的な学術交流プログラムへの投資
- 教育技術の発展を通じた間接的な学問の自由の推進
未来への警告と希望
現在の状況は確実に悪化している。過去10年間で34の国で学問の自由が大幅に後退し、改善した国はわずか8カ国にとどまる。
この傾向が続けば、人類の知的発展そのものが危機に瀕する。
しかし、希望もある。デジタル技術の発達により、情報の完全な統制はかつてほど容易ではなくなった。
分散型のネットワーク、暗号化技術、ブロックチェーンなどの技術は、権威主義的な情報統制に対する新たな防御手段を提供している。
最終的な勝利は常に真実と自由にある。
秦の始皇帝による焚書坑儒も、最終的には失敗に終わった。
人間の知識欲と自由への渇望は、どんな権力をもってしても完全には抑制できない。
現代の焚書坑儒も、長期的には必ず敗北する。
テクノロジー企業の責任は、その敗北を早め、より多くの人々に学問の自由という人類共通の財産を届けることだ。
stak, Inc.は、その使命を果たすために、今後も全力で取り組んでいく。
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