万里同風(ばんりどうふう)
→ 世の中が平和であることや万里の遠方まで同じ風が吹く意から、社会の風習が同化されていること。
万里同風という言葉は古代中国の史書などで散見される表現で、国や社会が広大な領域にわたって一つの価値観や風習でまとまっている状態を示す。
特に漢王朝の時代に、皇帝の徳が万里の果てまで及ぶことを理想としていた場面に由来するとされる。
実際に史記や漢書の記述に「四海一家」や「車同軌、書同文」という似た概念が登場し、版図拡大によって文化が画一化していく理想を示す場合に万里同風も持ち出されていた可能性が高い。
古来から支配者は、広い領土を維持するために法や制度だけでなく文化・風習の統一を重視してきた。統一された価値観のもとだと統治コストが大幅に削減され、衝突が起こりにくくなるからだ。
具体的な事例としては秦の始皇帝が文字や度量衡を統一して国全体の仕組みを一本化した話が有名だが、その裏には万里同風に通じる思想があるともいえる。
ただし、実際に万里同風を実現するには莫大な時間と労力がかかった。
記録上、始皇帝による文字統一が実施された紀元前3世紀頃から、中国大陸の複数地域で統一された文字が完全に定着するまでにはおよそ数百年単位の時間がかかったという。
文献によって多少異なるが、少なくとも100年程度では根づかなかったという学術調査がある(中国社会科学院「中国古代統一政策研究」2018年版)。
風習が生まれるロジック
風習とは、ある集団や社会が長年にわたって共有してきた行動や慣習のことであり、歴史・宗教・地理的要因などが複雑に絡み合って形成される。
新たな習慣が「風習」と呼ばれるまでになるロジックは、大きく分けて三つの段階があると考える。
まず、個人や特定の小集団が新しい行為を繰り返す段階を思い浮かべてもらいたい。
ここではまだ「流行」や「ブーム」に近い。次に、その行為がより大きな社会集団へ波及しはじめる段階だ。
このフェーズではメディア露出やSNSの拡散力が大きく影響し、「流行」から「習慣」へ変化する。
最後に、その習慣が地域や国レベルで当たり前となり、周囲が意識しなくても皆が自然に受け入れる状態になると「風習」の域に達する。
これは人々の無意識レベルへの定着を意味する。
このロジックを現代的に捉えるならば、イノベーションの普及理論(エヴェレット・ロジャーズのDiffusion of Innovations)が使える。
イノベーターやアーリーアダプターたちが火付け役となり、アーリーマジョリティやレイトマジョリティが追随し、最終的にラガードたちも受け入れていく。
流行から風習への進化は、この全段階でクリティカルマスを超える必要があるため、一気に成し遂げるには相応の時間を要する。
個人の“習慣化”に66日ほどかかるという有名な研究(University College Londonの調査)もあるが、風習レベルはもっと巨大な母集団を対象とするため、比べものにならない日数や年数が必要になるわけだ。
風習が定着する時間軸とエビデンス
一般的に新しい文化や風習が根づくには最低でも数十年、時には数百年単位の時間を要するというのが歴史上の定説だ。
たとえば日本においてクリスマスが本格的に普及したのは第二次世界大戦後といわれており、1950年代にはまだ一部の富裕層や都市部の洋菓子店が盛り上がる程度だった。
その後、1970年代にかけてメディアや企業の広告戦略が後押しし、80年代に入る頃には一般家庭でクリスマスケーキやツリーを飾るのが当たり前になっていった。
つまり社会的に「クリスマス=冬の一大イベント」という認識がほぼ定着するまでに、ざっと30年ほどが費やされたわけだ(日本マーケティング協会「日本における季節行事と消費動向」1987年調査)。
ハロウィンの事例も興味深い。
もともとはケルト民族由来の古代行事で、アメリカで独自進化を遂げたものが2000年代以降に日本の若者文化として一気に広まった。
特に渋谷周辺で仮装パーティーが流行しはじめたのが2000年前後だが、すべての世代が「ハロウィンといえば仮装パーティー」だと感じるようになるには15年ほどかかっている。
さらに言えばまだ地方ではあまり定着していないエリアも多く、全国的に見ると完全に風習化したとはいいがたい。
つまり全国レベルで風習になるか否かは、今後さらに10年以上の時間をかけて見極める必要があると推定される。
現代はSNSが普及しているため拡散力が増し、ある程度のスピード感は上がっている。
しかし歴史や宗教に根ざした深層の価値観や行動様式となると、一気に定着するほど単純でもない。
情報の拡散と実際の定着にはタイムラグが生じる。これが「時間がかかる」最大の理由といえる。
時間軸以外の要素とマーケティング
風習が定着するうえで時間軸以外に欠かせない要素は複数あるが、大きく五つに絞れる。
第一に、社会的な権威やインフルエンサーの存在だ。
古代の皇帝や宗教指導者、現代の政治家や大企業、トップクリエイターなどが言語化し、広めることによって人々が一気に注目しやすくなる。
第二に、物質的・経済的メリット。ビジネスチャンスや経済効果が見込める場合、人や企業が積極的に参入しやすい。
日本のバレンタインデーやクリスマスはその典型例で、菓子産業やサービス業が一斉に盛り上がり、さらに認知が加速した。
第三に、コミュニティ意識の醸成。特定の行為を共有することで所属感が得られるとなれば、人々は熱心に拡散する。
SNS上のハッシュタグ運動や地域イベントがこれに当たる。
第四に、文化的・歴史的なストーリーの付与にも注目が必要だ。
なんとなく楽しいだけでは一過性のブームで終わる可能性が高い。
背景にある物語や歴史を知ることで「やる意義」が生まれ、結果的に長く続く。
最後に、メディア環境とテクノロジー。現代ならインターネットやAIが情報を拡散するスピードを左右する。
IoTやAIを駆使して情報収集や発信を効率化できる仕組みも検討する時代だ。
ITの力でどれだけ多くの人の目に触れさせるかが、風習定着の大きなカギだと考える。
風習定着の具体例とデータ
具体例として、敬老の日がある。
これは戦後間もなくの1947年に兵庫県で始まった「としよりの日」がきっかけとされている。
1950年代にマスメディアや行政が地域振興の一環として働きかけ、1966年に国民の祝日として制定された。
制定から20年ほどで「祖父母に感謝する日」「高齢者をいたわる日」として社会に完全に根づいていった経緯がある。
文部科学省の1985年調査では、敬老の日を「祝う行事」として認識している国民は80%以上という数字が出ており、これは祝日制定から約20年で達成した数値だ(文部科学省「国民の祝日に関する認識調査」1985年)。
一方で、20年以上経っても根づきが難しい例もある。
例えばクールビズは2005年に環境省が提唱してから一部企業で浸透したが、総務省の2020年調査によると「導入している企業は全体の65%程度」にとどまるとされる。
服装のカジュアル化や社内規定の見直しなどで組織の柔軟性が求められるため、完全な“風習”として根づくにはまだ時間が足りないといえる。
今後さらに10年単位の長期スパンで観察する必要があるはずだ。
メリットとデメリット、そして定着後の課題
いったん風習が定着すると変えることが難しくなる。
これは統治やマーケティングの面では非常に強力なメリットだ。
何もしなくても習慣が勝手に回り続け、一定の需要や行動が保証される。
例えばバレンタインデーにチョコを買うことは、日本ではほぼ当たり前の行為となっている。
この裏には菓子メーカー各社の長年にわたる巧みなブランディングと広告展開があったわけだが、一度成立した流れを維持するのは新たに広めるよりずっと容易である。
しかし、その一方で強固に根づいた風習をアップデートしたり廃止したりするのは大きなエネルギーがかかる。
時代錯誤な慣習や非合理的な風習が存在しても、それを変えるには巨大な反発や社会的コストを覚悟しなければならない。
また、新しいチャレンジが阻まれるケースもある。
伝統という名のもとで変化を拒むのは、イノベーションを阻害し、ビジネスチャンスを逃すことにもつながる。
stak, Inc.のCEOとして思うのは、IoTやAIといった新技術が今後社会に浸透していくなかで、どんな風習が新しく生まれるのか、あるいは既存の風習がどう変化するのかという点だ。
たとえばオンラインでしか完結しない祝いや儀式、仮想空間での年中行事が当たり前になっていく可能性は大いにある。
だがそれが真に風習と言えるレベルで根づくには、結局のところ数十年単位の時間と、人々がその価値を信じて共有するプロセスが不可欠になるだろう。
まとめ
万里同風という古代の思想は、一見すると壮大すぎる理想に見えるかもしれない。
だが、その背景には「文化や風習の統一がもたらす安定と効率」という普遍的なテーマが存在している。
現代において新しい風習が世の中に定着するには、早くても10年単位、より深く根づかせるには30年から50年、あるいは100年単位の時間が必要になる。
それだけでなく、歴史や文化に根ざした背景、コミュニティ意識、経済効果やマーケティング戦略、そして社会的権威などの複数要素が絡み合わなければいけない。
何より、一度定着すると簡単には崩せない強固さがある。
これが風習をマーケティングやブランディングに活かす際の大きな魅力であり、同時に時代が変わるときの弊害にもなる。
ポジショントークにはなるが、IoTやAIの発展が新たな風習を生み出す可能性を大いに感じている。
たとえば「デジタルリテラシーの日」や「オンライン祝祭日」など、かつては想像もしなかった概念が当たり前になるかもしれない。
万里の遠方まで同じ風が吹くように、社会全体が共有できる新時代の風習がどう生まれ、どれほどのスパンで定着するのか。
そうした視点を持ち続け、いかにイノベーションを加速させていくかが今後のテーマだと考えている。
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