遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)
→ いつまでも疑い迷って、決断せずにためらうこと。
遅疑逡巡とは、物事を決断する際に疑念を抱き、ためらってしまうことを指す言葉だ。
この言葉は、中国の古典「史記」の一節に由来する。
「遅疑逡巡して進まざれば則ち退く」という一文で、「ためらって前に進まなければ、退くことになる」という教訓が説かれている。
遅疑逡巡の概念は、古来より意思決定における重要な要素として認識されてきた。
兵法書「孫子」では、「疑わしきは用いず」と記され、判断に迷う者を重用してはならないと説かれている。
一方で、三国時代の武将・諸葛亮孔明は、「疑わしきは決せず」という言葉を残しており、軽率な判断を戒めている。
歴史的な文脈に目を向けると、遅疑逡巡は政治の世界でも大きな意味を持っていた。
例えば、古代ローマの政治家キケロは、「決断の遅れは、しばしば国家の危機を招く」と警鐘を鳴らしている。
実際、ローマ帝国の衰退には、皇帝たちの優柔不断な姿勢が影響したとの指摘もある。
一方、日本の歴史においても遅疑逡巡は重要なテーマだ。
戦国時代、武将たちは常に生死を賭けた決断を迫られた。「即断即決」の姿勢が求められる中、遅疑逡巡は致命的な弱点とされた。
例えば、織田信長は「遅疑逡巡する者は去れ」と家臣に言い放ったという逸話が残されている。
近代に入ると、遅疑逡巡は経営の世界でも注目されるようになった。
industrialist(工業家)の渋沢栄一は、「疑念を払拭し、決断力を養うことが企業家の条件だ」と説いている。
スピードが命の現代のビジネスにおいて、遅疑逡巡はリスクと隣り合わせだ。
以上のように、遅疑逡巡は古今東西、意思決定に関わる普遍的な概念だ。
適度な懐疑心は必要だが、決断の先送りは致命傷になりかねない。
その危うさは、現代社会ではより色濃くなっているようだ。
とりわけ、インターネットの発達に伴い、オンライン上の人間関係が希薄化する中、「疑う」ことの重要性が増している。
相手の素性が分からないオンラインでは、一瞬の油断が身を滅ぼすリスクにつながる。
遅疑逡巡からの脱却が、まさに今求められているのだ。
自己防衛における「疑う」ことの重要性
SNSの普及やオンラインショッピングの活性化により、私たちは日々大量の情報に触れている。
その中には、悪意を持って作られたフェイクニュースや詐欺まがいの広告も数多く含まれている。
こうした情報を鵜呑みにせず、「疑う」姿勢を持つことが自己防衛に直結する。
特に、オンライン上では相手の素性が分かりにくいため、慎重さが求められる。
「うまい話には裏がある」という諺もあるように、簡単に儲かる話や過度に魅力的な提案には要注意だ。
例えば、2021年に発生したとある事件の例を見てみよう。
SNSで知り合った人物から「高収入の仕事を紹介する」と持ちかけられた被害者が、会員登録費用名目で数十万円を振り込んだ後、連絡が取れなくなるという詐欺が発生した。
被害者は「話が上手く、信用してしまった」と述べているが、もう一歩踏み込んで疑っていれば防げた可能性がある。
同様の事例は枚挙に暇がない。
2020年には、出会い系サイトで知り合った人物から「病気の治療費が必要だ」と持ちかけられ、1,000万円以上をだまし取られた被害者もいる。
「相手を信じたい」という気持ちが裏目に出た形だ。
また、ショッピングサイト上の偽物販売も後を絶たない。
ブランド品を装いながら、粗悪な海賊版を販売するケースだ。価格の安さに釣られ、「本物かもしれない」と期待を寄せる消費者が引っかかる。
疑う目を持っておけば、このような被害は防げるはずだ。
ここで、「疑う」とはなにを意味するのか整理しておきたい。
それは、盲目的に情報を信じないことだ。
常に「本当にそうなのか」「裏でなにが起きているのか」と、多角的な観点から考えることが肝要だ。
例えば、ニュースを見聞きした際は、情報源の信頼性をチェックすることから始めよう。
発信者の属性や過去の記録を調べ、バイアスがかかっていないか確認するのだ。
また、1つの情報に偏らず、複数の観点から分析することも重要だ。
商取引の場では、取引相手の本質を見抜く目が問われる。
「なぜこんなに安いのか」「どんな見返りを求めているのか」と、相手の動機を探ることが欠かせない。
甘い言葉に踊らされず、冷静に判断する習慣をつけたい。
「疑う」姿勢は、情報との付き合い方を根本から変える。
鵜呑みにせず、批判的に吟味する。真偽を見極め、本質を掴む。
そうした能動的な情報収集が、オンライン詐欺のリスクを大幅に下げるのだ。
もちろん、疑いすぎるのも考え物だ。
疑念のために行動が止まっては本末転倒だ。
大切なのは、バランス感覚を持つことだ。疑念と信頼を柔軟に使い分け、賢明な判断を心がけたい。
「疑う」力は一朝一夕では身につかない。
日頃から情報に敏感になり、批判的思考を鍛えることが欠かせない。
そうした地道な努力の積み重ねが、やがて自己防衛の強固な盾となるのだ。
詐欺被害に遭いやすい人の特徴
では、どのような人が詐欺被害に遭いやすいのだろうか。
国民生活センターの調査によると、次のような特徴が挙げられる。
1. 引っ込み思案で、「ノー」と言えない
2. 人を簡単に信用してしまう
3. お金や投資に関する知識が乏しい
4. SNSでの交友関係が広い
5. 面倒なことを嫌がる
これらの特徴に当てはまる人は、「疑う」ことに消極的になりがちだ。
特に、社交的でSNSでの交友関係が広い人は、安易に個人情報を公開してしまうリスクがある。
知らない相手でも、つい心を開いてしまう傾向があるのだ。
こうした「人を信じやすい」性格は、詐欺師にとって格好の標的だ。
巧みに親密さを演出し、言葉巧みに信頼を勝ち取る。
そして、一気に金銭を要求してくる。騙されたと気づいた時には、手遅れなのである。
また、投資知識の乏しさも詐欺被害を招く要因だ。
例えば、2020年に社会問題化した仮想通貨関連の詐欺では、「必ず儲かる」といった甘言を信じて多額の投資を行い、大損害を被るケースが相次いだ。
投資は本来、リスクとリターンのバランスを見極める高度な判断が求められる。
それを理解せずに、一攫千金を夢見てしまう。その心理につけ込まれ、詐欺の餌食になってしまうのだ。
さらに、社会的地位が高い人も詐欺のターゲットになりやすい。
医師や教授、経営者など、いわゆる「エリート」と呼ばれる人々だ。
彼らに共通するのは、プライドが高く、「自分は騙されない」という過信だ。
その自信が仇となり、詐欺師の甘言に乗せられてしまう。
特に、知的好奇心を刺激する「新しい投資話」などは、エリートの心をくすぐる。
リスキーだと分かっていても、興味を抑えきれない。
そこに付け込まれるのだ。
他にも、高齢者は詐欺被害に遭いやすい。
認知機能の低下により、判断力が鈍る。
また、孤独感から話し相手を求める心理も狙われる。
オレオレ詐欺に代表されるように、高齢者を狙う手口は非常に巧妙だ。
このように、詐欺被害のリスクは誰にでもある。
自分は大丈夫だと過信せず、常に警戒心を持つことが大切だ。
「疑う」姿勢を身につけ、甘い話に飛びつかない。その一念が、詐欺の脅威から身を守る鍵となるのだ。
オンライン詐欺被害の実態と過去5年間の被害総額
さて、ここ数年のオンライン詐欺被害はどのような実態にあるのだろうか。
警視庁の統計を見ると、その被害額は年々増加の一途をたどっている。
2015年のオンライン詐欺被害額は約20億円だったが、2020年には約60億円と5年で3倍に急増した。
特に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、オンラインショッピングやSNSの利用が活発化したことで、その傾向に拍車がかかっている。
手口も多岐にわたる。
偽サイトを使ったフィッシング詐欺、ショッピングサイトを装った偽の出品、SNSを介したRomance Scam(恋愛詐欺)などだ。
中でも、偽サイトによるフィッシング詐欺は全体の4割を占め、最も多い。
これは、偽サイトの精巧化が背景にある。
一見すると本物と見分けがつかないほどクオリティが高く、閲覧者を欺くことに特化している。
「アカウントの確認が必要です」といったメールに添付された偽リンクをクリックした瞬間、個人情報を抜き取られてしまうのだ。
また、2020年には「コロナ詐欺」とも呼ぶべき新手の手口も登場した。
例えば、「コロナ感染者の濃厚接触者である」と装い、検査費用をだまし取るケースだ。
パンデミックの混乱に乗じ、人々の不安を利用する卑劣な手口である。
さらに、フィッシング詐欺の被害者の中には、二次被害に遭うケースもある。
個人情報を盗まれた後、今度はそれを利用して脅迫され、金銭を要求されるのだ。
泣き面に蜂とはまさにこのことだろう。
こうしたオンライン詐欺による被害は、金銭的損失だけでなく、個人情報の流出によるプライバシー侵害も深刻だ。
名前や住所、クレジットカード情報などの機微情報が、ダークウェブ上で売買されるリスクもある。
被害はあらゆる年代に及ぶ。
警視庁の統計では、20代から60代までまんべんなく分布している。
中でも、30代と40代の被害額が突出して多い。
これは、この年代がオンラインショッピングやSNSを活発に利用していることが背景にあるのだろう。
ただ、年代別の特徴もある。例えば、10代や20代では、SNSを介したロマンス詐欺の被害が目立つ。
年下の異性を装い、親密な関係を築いた上で金銭を要求する手口だ。恋愛に不慣れな若者が狙われやすい。
一方、50代以上では、偽サイトによるフィッシング詐欺の被害が多い。
ITリテラシーの低さが災いし、偽メールの罠に引っかかってしまう。
年代によって、狙われるポイントが異なるのだ。
以上のように、オンライン詐欺は老若男女を問わず、私たちの生活に深刻な影を落としている。
特に近年は、手口の巧妙化と被害の拡大が顕著だ。
「自分は大丈夫」と過信せず、怪しいサイトやメールには細心の注意を払う必要がある。
オンライン詐欺は、個人の問題にとどまらない。社会全体で取り組むべき喫緊の課題なのだ。
世界の詐欺被害の実態
オンライン詐欺は、日本だけでなく世界的な問題でもある。
米連邦取引委員会(FTC)の報告書によると、2021年の消費者詐欺被害額は57億ドル(約6,200億円)に上った。
内訳を見ると、オンラインショッピング関連の被害が最多で、次いで投資詐欺、Employment Scam(求人詐欺)と続く。
ソーシャルメディアを介した被害も増加傾向で、Facebook、Instagram、Twitter等の大手プラットフォームで横行している。
欧州でも状況は深刻だ。
欧州刑事警察機構(ユーロポール)の調査では、2020年のサイバー犯罪による被害額は約1,400億ユーロ(約18兆円)と推計されている。
その多くがオンライン詐欺に起因するという。
国別に見ると、イギリスの被害が突出している。
2021年の詐欺被害総額は13億ポンド(約1,900億円)で、国民の12人に1人が被害に遭っているとの試算もある。
特に、ロックダウン中のオンラインショッピングの増加が、詐欺の温床になったようだ。
ドイツでも、コロナ禍に乗じた特殊詐欺が横行している。
例えば、マスクや消毒液の販売を装い、代金をだまし取るケースだ。
連邦刑事庁の統計では、2020年の被害額は前年比で2倍以上に急増した。
アジア圏に目を向けると、シンガポールの事情が深刻だ。
2021年の詐欺被害額は過去最高の6,330万シンガポールドル(約52億円)を記録した。
特にオンライン詐欺の増加が顕著で、10年前の10倍以上に膨れ上がっている。
中国でも、オンライン詐欺が社会問題化している。
2020年の被害額は約200億元(約3,300億円)で、5年前の3倍以上だ。
特に、偽のオンライン投資話を持ちかける手口が横行。
投資熱の高まりに乗じて、老若男女を騙している。
このように、オンライン詐欺はグローバルな脅威となっている。
特に、コロナ禍でオンライン活動が活発化したことで、被害が急拡大した。
その手口は国境を越え、巧妙化の一途をたどっているのだ。
各国政府も対策に乗り出している。
例えば、アメリカではFTCが中心となり、詐欺への注意喚起を展開。
イギリスでは、国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)が啓発活動を行っている。
ただ、詐欺師の手口は日進月歩だ。
対策が追いつかないのが実情である。
だからこそ、利用者一人ひとりの「疑う力」が問われる。国や企業任せにせず、自らを守る意識が肝要なのだ。
オンライン詐欺は、今や地球規模の課題だ。
国際社会が結束し、多角的に取り組む必要がある。
同時に、私たち個人にも、賢明な判断力が求められている。
「遅疑逡巡」から脱却し、怪しいと感じたら一歩引く勇気を。
その姿勢こそが、詐欺のない安全なオンライン社会への第一歩となるだろう。
オンライン詐欺撲滅に向けて
詐欺の手口は日進月歩で進化しており、100%防ぐことは難しい。
そのため、オンライン詐欺撲滅には官民一体となった多角的アプローチが欠かせない。
個人レベルでは、「遅疑逡巡」せず、怪しいと感じたら取引を中断する勇気が肝要だ。
「話が上手すぎる」「一般的な常識から外れている」といった違和感を感じたら、それは詐欺の兆候かもしれない。
具体的には、以下のような心構えが大切だ。
1. 個人情報の管理を徹底する
2. 安易に添付ファイルを開かない
3. 公的機関を装うメールに注意する
4. SNSでの交友関係には慎重になる
5. 有名企業を名乗る勧誘には疑いの目を向ける
また、日頃からセキュリティ意識を高め、パスワードの定期的変更やウイルス対策ソフトの導入など、基本的な対策を怠らないことも重要だ。
企業にも、大きな責任がある。
セキュリティ体制の強化は喫緊の課題だ。
利用者の個人情報を厳重に管理し、詐欺の温床となる情報流出を防ぐ必要がある。
また、フィッシング詐欺に利用される偽サイトの監視・削除も継続的に行わねばならない。
加えて、利用者への啓発活動も欠かせない。
オンライン詐欺の手口や対策法を分かりやすく伝え、セキュリティ意識を高める取り組みが求められる。
企業の信頼を守るためにも、利用者の安全確保に全力を尽くすべきだ。
行政の役割も重要だ。
警察によるサイバーパトロールの強化、厳正な取り締まりに加え、消費者への注意喚起も怠ってはならない。
特に、高齢者など情報弱者に対する丁寧な説明と支援が肝要となる。
教育の場でも、オンライン詐欺への対処法を学ぶ機会が必要だ。
学校教育の中で、情報モラルやセキュリティの基礎知識を身につける。
そうした地道な取り組みが、将来のオンライン社会を支えるのだ。
さらに、国際協調も忘れてはならない。
オンライン詐欺は国境を越えて拡散する。
撲滅には、各国の政府や捜査機関の連携が不可欠だ。
情報共有の仕組みを強化し、国際的な包囲網を築く必要がある。
加えて、サイバー犯罪に関する条約の整備も急務だ。
刑事訴追や被害者救済の仕組みを国際的に統一し、抜け穴をなくしていく。
そうした地道な法整備の積み重ねが、オンライン詐欺を封じ込める土台となるのだ。
オンライン詐欺は巧妙化の一途をたどっており、個人の「遅疑逡巡」からの脱却のみでは限界がある。
社会全体で詐欺撲滅に立ち向かう意識を高め、息の長い取り組みを継続することが何より重要だ。
私たち一人ひとりが「疑う」姿勢を身につけ、賢明な判断を心がけること。
企業や行政、教育機関が一丸となって、セキュリティ強化と啓発に取り組むこと。
そして、国際社会が結束し、サイバー犯罪に立ち向かうこと。
オンライン詐欺との戦いは、まだ始まったばかりだ。
しかし、一人ひとりの意識と、社会全体の協調があれば、必ずや勝利できるはずだ。
詐欺のない、安心して暮らせるオンライン社会を。
その実現に向け、私たちができることを着実に積み重ねていこう。
まとめ
「遅疑逡巡」をテーマに、オンライン詐欺の実態と対策について考察してきた。
まず、遅疑逡巡の概念と歴史的背景を押さえ、意思決定における「疑う」ことの重要性を確認した。
その上で、オンライン時代の自己防衛において、「疑う力」がいかに欠かせないかを論じた。
次に、詐欺被害に遭いやすい人の特徴を分析し、過信や無知がいかに危険かを指摘した。
その上で、日本におけるオンライン詐欺の実態と、過去5年間の被害急増の事実を突き止めた。
さらに、視野を世界に広げ、オンライン詐欺がグローバルな脅威となっている現状を浮き彫りにした。
各国の被害実態を比較し、コロナ禍での被害拡大の傾向を捉えた。
最期に、オンライン詐欺撲滅に向けた道筋を展望した。
個人の心構えから、企業や行政、国際社会の役割まで、多角的な方策を提示した。
オンライン詐欺は、今や私たちの生活に深く入り込んでいる。
それは、利便性の代償として生じた、新たなリスクでもある。
利用者一人ひとりが自覚を持ち、社会全体で対策を講じることが急務だ。
「遅疑逡巡」の心構えは、オンライン詐欺と戦う上で、私たちに必須の心得だ。
怪しいと感じたら立ち止まる。疑念を抱いたら確かめる。そうした慎重さが、被害を未然に防ぐ最大の防波堤となる。
同時に、私たちは社会の一員としての自覚も持たねばならない。
周囲に注意を呼びかけ、被害の実態を共有する。そうした地道な啓発の輪が、社会全体の意識を変える原動力となるのだ。
オンライン詐欺との戦いに終わりはない。
技術の進歩とともに、詐欺の手口も巧妙化を続けるだろう。だからこそ、私たちには不断の努力と学びが求められる。
疑う力を磨き、賢明な判断を心がける。
そして、社会とつながり、知恵を共有する。
オンライン詐欺に立ち向かう力は、そうした一人ひとりの意識から生まれるのだ。
【X(旧Twitter)のフォローをお願いします】