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2022年1月21日 投稿:ueda

シンガポールと日本の官僚制度の違い

官官接待(かんかんせったい)
→ 地方自治体の職員が補助金目的で中央省庁の役人を接待すること。

今や表面上は完全にタブーとされている官官接待だが、かつて当たり前のように行われていた。

1995年あたりに社会問題となったのだが、官官接待に疑義を抱いた全国の市民団体が接待費用を公開するよう自治体に求めた。

  • 大阪府:一人当たり7万円、総計73万円あまりを請求
  • 広島県:課長が新橋、赤坂、麻布の店をはしごして31万円を請求
  • 新潟県:食糧費としては請求できない芸者の代金11万円が請求
  • 名古屋市:中央官僚らを集めたパーティーに381万円を支払い

このように数々の案件が浮かび上がり、全国で年間300億円の公費が官官接待に充てられたと試算されたのである。

こんな官僚制度に辟易とした人も多かっただろう。

その一方で、絶賛されている官僚制度を持っているとされている国がある。

その国がシンガポールである。

シンガポールの官僚の数

大前提として、シンガポールの官僚も日本の官僚と同じく、政府内の幹部候補生として採用されている。

ただし、決定的に違うのが、シンガポールの官僚は全員合計しても200人程度である。

これは、シンガポールの全公務員数の中のわずか0.3%に過ぎない。

また、定年は50歳代なので、計算すると年間ごくわずかしか採用されていないことになる。

ちなみに、日本のキャリア官僚は事務官・技官あわせて年間600人程度採用される。

国家予算や国土の大きさが全く異なるとはいえ、シンガポールの官僚の数は圧倒的に少ないことがわかる。

シンガポールの官僚の評価制度

それでは、日本の官僚制度と全然違うところを列挙していこう。

まずは評価制度である。

完全な能力主義で人事採用されており、その能力は1~200位までランク付けされている。

このランクに応じて昇進スピードが決まるので、年齢も関係なく能力次第で地位が手に入るのである。

一方で、3年間ランクが下位5%だとアウトしなければならない、つまり首になるということだ。

このように完全実力主義なので、シンガポール国立大学公共政策大学院の今の院長が国連大使になったのが35歳といったようなことも起きる。

日本ではまずあり得ない人事だ。

シンガポールの官僚は、若手のうちは政府全体を見る視野を培うために、異なる省庁を1~2年でローテーションする

人事権は各省庁にはなく、中央で一括して管理されている。

これによって、シンガポールの官僚は省益ではなく国益を追求するようになるという座組だ。

日本の場合は人事権は各省庁にあり、採用も省庁別に行われる。

人事権が各省庁にあれば、国益と省益が相反するとき、どうしても省益を優先する方が上司に評価される。

これが日本の官僚が国益より省益を追求する原因だという指摘があるのも一理あるように思う。

シンガポールの官僚の給料

次に気になるのは、やはり給料のところだろう。

シンガポールの官僚の給料はトップクラスになると年収1億円くらいになる。

日本では、次官でも2,000万円程度だということを考えると5倍なのでかなり大きな差があることがわかる。

ただし、日本の官僚には様々な手当てなど利権ともいえるようなものがあるのに対して、シンガポールの官僚はそういうものがほとんどないので、単純比較はできない部分はある。

それから、シンガポールの官僚の給料は、固定給と変動給に分かれている。

固定給や変動給は民間企業セクターの業績とGDP成長率と連動しているのである

つまり、民間企業の業績とGDPが伸びたときは高い給料をもらい、下がったときは給料が減るのだ。

これが官僚のモチベーションに繋がり、民間企業の業績を上げること、GDPを伸ばすことに必死になるという。

ボーナスもこれに連動するので、下手に利権を生み出すよりも必死に働いた方がいいよねという方向に振り切っているのである。

シンガポールの官僚の若手時代

シンガポールの官僚は若手のときに、ほぼ全員が民間企業で2年間働く

この経験が、新しく政策を作るときにその政策が民間企業セクターにどんな影響を与えるか肌感覚でわかるようになったりとプラスに働くという。

このあたりもシンガポールの今を築いている重要な部分だとされている。

昨今は日本でも経済産業省などでは、官僚を民間企業で働かせるような事例も出てきているがスタンダードにはなっていない。

個人的には、こういった取り組みは官僚だけでなく、公務員に幅広く取り入れるべきだと考えている。

例えば、先生と呼ばれる立場の人たちも民間企業で働かせるべきだと思っている。

というのも、ずっと違和感を感じているのだが、中学や高校を卒業するタイミングで進路相談のような機会がある。

ほとんどの先生が先生という職業しかやったことがないのに、なぜ様々な職業のことがわかるのだろうか。

中学を卒業するタイミング、高校を卒業するタイミングというのは非常に重要だ。

多くの選択肢があっていいはずなのに、そんなアドバイスができるとは到底思えなかったし、今でもその考えは変わらない。

もちろん、民間企業に務めたところで大きく変わらないかもしれないが、ずっと教師しかやってきていない人よりは視野が拡がるはずだという考え方だ。

シンガポールの歴史

シンガポールになぜ世界中の富裕層が集まるようになったのか。

結論からいうと、人に投資するしかなかったという歴史がある。

シンガポールはもともとマレー半島最南端の住民150人と言われる小さな島だった。

1819年にイギリスの東インド会社の社員であったスタンフォード・ラッフルズにより発見され、イギリス植民地となると貿易拠点として発展する。

その後、日本軍支配を経て、イギリスが1946年にマレーシアから分離して直轄植民地とした。

それから、自治政権が誕生し1954年に結成された人民行動党(PAP)は当初、マレーシアとの合併による独立を目指していた。

ところが、1963年にマレーシア連邦の一州となって独立を果たした矢先、華人とマレー人の対立が激化する。

マレーシアのラーマン首相はマレーシア国家の安定のために、マレー人優位の国家原理に異議を唱えているPAPが率いるシンガポールを追放することを決定する。

こうして、シンガポールがマレーシアから切り離され、天然資源を持たず、周りの国も友好的とは言えない環境で、独立を迫られたのが、1965年のことだ。

まとめ

シンガポールが独立を果たしてから、現在の発展を勝ち取るまでは簡単な道ではなかったはずだ。

資源がない中で、どうやって戦っていくのか、シンガポール独立の父であるリー・クアンユーの手腕を知っている人も多いだろう。

シンガポールが発展するには人材育成するしかなかった。

人的資本こそが国の経済を発展させるということで、なによりも教育に力を入れてきた結果が今のシンガポールを形成しているのである。

そんなシンガポールも新たな局面に入っている。

各国から絶賛された国家の築き方に限界が来ているという見方が少しずつだが拡がってきている。

絶対はなく、時代は常に流れていることも忘れてはいけないということだ。

 

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植田 振一郎 Twitter

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