ITリテラシーが低いだけではない本当の情報弱者(情弱)とは?

2021-11-23 投稿: 植田 振一郎

怪誕不経(かいたんふけい)
→ 怪しく、でたらめで道理に合わないこと。

インターネットがもたらした功績の1つに情報へのアクセスを容易にしたという事実がある。

つまり、誰でも簡単に検索して情報を取れる時代になった。

けれども、インターネット上に溢れている情報には、いい加減なものも多く、いかに質の高い情報にアクセスできるかは、その人のリテラシーにかかっている。

個人のリテラシーは、検索の仕方や環境を見れば大体わかるし、私には持論がある。

それは、知らないことは悪いことではないけれども、損をすることが多いということだ。

そして、その損という概念はなにも金銭的なものに限らない。

情報弱者の定義について考える

ITリテラシーの低い人を情報弱者や情弱と呼んでいるように思うかもしれない。

その理由は、情報弱者の定義が、コンピュータやインターネットが普及している現代の高度情報化社会においては、得られる情報の量や質の差が社会的および経済的な格差を生みやすいとされていることにある。

要するに、冒頭にも述べた、誰もが簡単に情報にアクセスできる時代に、情報資源に満足にアクセスできない人や情報を充分に活用できない人を指す皮肉に近い意味合いがある。

もちろん、そういった意味合いが強いという事実はあるのだが、情報を取ることができない人たちに向けて、総務省によって情報バリアフリー環境の整備が実施され、情報アクセシビリティの確保などが行われている。

簡単にいうと、そういった環境を政府がサポートしているにも関わらず、情報を取れない人がいるという状況も拍車をかけて、格差を生んでいるとされているのだ。

情報バリアフリーや情報アクセシビリティの多くが、情報通信技術の分野に限られている、つまりネットを通じたものになっているというのも原因の1つだろう。

なにがいいたいのかというと、情報弱者というのは、結局ITリテラシーの低いという人たちだけのことを指すのではなく、人間同士のコミュニケーションにも通じるということだ。

本当の情報弱者とは?

そもそも、人間にとっての情報とは、知覚を通じて認識され、それを活用するプロセスを踏んでいる。

そして、その知覚になんらかの要因があって、情報弱者となっている人がいると考えるところから始まる。

となると、知覚は五感から生じるから、五感の割合が重要になる。

  • 視覚(目):83%
  • 聴覚(耳):11%
  • 嗅覚(鼻):3.5%
  • 触覚(手):1.5%
  • 味覚(舌):1%

一般的に五感による知覚の割合を書き出してみると、こんな具合だ。

ということは、見た目からの情報が8割以上を占めるということになる。

見えるものから入ってくる視覚情報には、文字や映像として残すことができるし、インパクトがあるので信頼性が高い。

ということは、目にハンディキャップがある視覚障害者や読み書きが不得手なディスレクシア(読字障害)のある学習障害者は、情報弱者になる可能性が高いということだ。

聴覚からの情報は11%と少ないように感じるかもしれないが、耳から入ってくる情報もコミュニケーションを取るにあたっては重要だ。

となると、聴覚障害のある人にとっては耳からの情報が遮断されるので致命的となり、情報弱者になる可能性が高いということになる。

また、アメリカのUCLA大学の検証では、下記ような結果が出ている。

  • Visual(視覚情報:見た目(表情・視線など)):55%
  • Vocal(聴覚情報:声と話し方(質、速さ、声の大きさ、口調など)):38%
  • Verbal(言語情報:言葉の意味、話の内容など):7%

この結果からも、視覚情報が重要な情報源であることが理解できる。

音声言語が不得手な情報弱者の数

視覚からの情報が遮断されると、致命的な情報弱者となる可能性が高いことは前述したとおりだ。

一方で、聴覚からの情報遮断による影響ももう少し考えてみよう。

目ほどではないと考えてしまう人も多いと思うが、よくよく考えてみよう。

誰かに話しかけられても、なにをいわれているかがわからないとすると、仕事でもプライベートでも大きな影響が出ることは、簡単に想像できるだろう。

という感じで、実は音声言語も重要な役割を果たしていることは理解できるはずだ。

そして、この音声言語が上手に使えない人たちが一定層いることも知っておくといい。

  • 加齢(85歳以上)によって耳が遠くなってしまった人:400万人以上
  • 生活で使用する言葉が母語でない人(在留外国人):200万人以上
  • 聴覚障害者:30万人以上

まとめ

stak社のCEOでいる以上、どうしても情報弱者、情弱というワードを聞くと、ITリテラシーの低さを意識してしまう。

それはそれで間違ってはいないのだけど、情弱というワードを鵜呑みにするというか、なにも考えずに情弱という立場にいる人を一括にしてはいけないということを改めて感じた。

情報弱者を切り捨てるのもITリテラシーである一方で、情報弱者を救うのもITリテラシーが必要になるということだ。

言い回しがややこしく感じるかもしれないが、真の情報弱者とならざるを得なくなってしまった人は、テクノロジーでカバーできる側面も必ずあるということを主張したい。

ただ、そのためにはITリテラシーの高い人たちが増えていく必要もあるという事実もある。

人を救いたいなどと、大層なことを宣言するつもりはさらさらないけれども、いつも書いているようにテクノロジーが世の中を変えていくことは間違いない。

結果として、stakがそういう分野にも浸透することができれば、この上ない喜びになるだろう。

 

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