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2021年8月8日 投稿:ueda

初めて海外へ行くならドイツがオススメな理由とは?

雲霞之交(うんかのまじわり)
→ 俗世間のしがらみを超越した交友のたとえ。

自分の中で、しがらみを超える交友といえば、海外で過ごした経験になるだろう。

正確にいうと、交友という言葉になると少しズレるかもしれないが、日本以外で経験したことをせっかくなので振り返ってみようと思う。

海外へ対する想い

そもそも私は海外へ行くことなど全く興味のなかった人間だ。

実は海外へ行くことは簡単にできる状況にあった。

というのも、私には1つ年上の姉がいて、アメリカの大学を卒業している。

私がなんの目的もなく、ただただ広島という場所を出たくて目指した東京にいた頃にも、アメリカに遊びに来ればと誘われたこともある。

ところが、当時の私は全く海外に行くことなど興味がなかった。

それどころか、海外へなんか行かなくても日本でいくらでもやっていけると全くなんの根拠もなくイキっていたタイプだ。

今では恥ずかしすぎるほどに海外へ目を向けるどころか、海外へ行くことに否定的だった。

そんな私が初めて海外へいったのは、23歳というすっかり大人になってからだった。

初めての海外

私が初めて海外へ行ったのは大学を卒業して、弁理士試験の受験を諦めたときだった。

大学在学中に特許に携わる仕事をやりたいということで、弁理士資格を目指していたのだが、方向転換をすることにした。

そのきっかけは、とあるスタートアップで働かせてもらっていたことにあることは以前にも述べたが、自らなにかをやる側の人になることを決めたからである。

そして、弁理士資格をスパッと諦めて、どこかのスタートアップで働くことを考えていた。

となると、まとめた休みもなくなると考えた私は、その前に海外へ行こうと決めたのである。

それも一週間とか短い期間ではなく、割と長い期間行ってみようという決断をした。

当時はまだなにかやりたいということもなく、なにもなかった自分に少しでもなにか刺激になればいいという想いもあった。

今であれば全否定するであろう、自分探しの旅というのを決行したのだ。

そんな感じなので、正直場所もどこでも良かった。

とはいえ、なにかしら興味のあるところがいいので、大学時代はドイツ文学科だったこともあり、ドイツは行っておきたいということで早々に確定した。

せっかく、ドイツに行くならもう1ヶ国も行こうと決めたのがイギリスのロンドンだった。

ということで、ドイツに1ヶ月、ロンドンに1ヶ月の旅に出かけることにした。

ドイツ連邦共和国

ドイツの正式名称はドイツ連邦共和国で首都はベルリンである。

人口は約8,300万人、国土は約35.7万平方キロメートルで日本の国土とほぼ同じである。

ヨーロッパのど真ん中にあるといっても過言ではなく、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、フランス、オーストリア、スイス、チェコ、ポーランド、デンマークの9ヶ国と国境を接している。

そんなドイツの主要空港がフランクフルト空港だ。

ドイツのほぼ中心に位置するフランクフルト空港に初めて降り立ったことはよく覚えている。

日本から12〜13時間という人生初めてのロングフライトだったので、本来は披露があるのだろうが、ワクワクと緊張で疲れをあまり感じなかったように思う。

フランクフルトから向かったのは、ハイデルベルクという街でここもドイツの真ん中に位置する。

このハイデルベルクに母の知り合いでドイツ人と結婚した人がいたので、頼っていくことにしたのである。

とにかく、初めてのことだらけで言葉も片言しか話せず大変だったけれども、ドイツの景色はどこも新鮮でキレイだった。

ロンドンという街

計画では、まずハイデルベルクに到着して、そこから3日後にロンドンに短期語学留学という形で行くことになっていた。

一旦、ドイツでお世話になる予定の場所に挨拶に行き、家族たちと軽く仲良くなったところで、ロンドンへの旅だ。

確か、朝5時とかに出て空港まで送ってもらった記憶がある。

ドイツからロンドンまでのフライトはあっという間だった。

ただ、人生初めての海外でのトラブルを味わった。

ロンドンのメインというか有名な空港はヒースロー空港だ。

けれども、私が到着した空港は、ドイツの家族に取ってもらったチケットで、スタンステッド空港というややマイナーな空港だった。

到着して、イミグレーションを通過するときに呼び止められて、いろいろと質問攻めされた。

英語もまともに話せないので、なんとなく聞かれていることに片言で返答するのくり返しで、1時間以上拘束されたように思う。

英語も話せず、今からどこに泊まるかもよくわかっていないアジア人が胡散臭かったのだろうと思う。

ようやく開放されて、スーツケースを取りに行くと私のスーツケースだけが延々とコンベアの上を回っていた光景は今でも覚えている。

そんな最悪のスタートからロンドン生活が始まった。

レイトンという小さな町にホームステイをしながら、約1ヶ月の短期語学留学をした。

同じホームステイ先にいたウズベキスタンの子とちょいちょい美術館に行ったり、学校にいた韓国人とホームパーティをしたりとしていたが、あまり楽しくはなかった。

英語が話せないというのもあったと思うが、それ以上に自分のコミュニケーション能力の低さに辟易していた。

楽しかった記憶にあるのは、サッカーが好きなフランス人と一緒にいろんなスタジアムツアーに行ったり、サッカーの試合を観たことだろう。

そんなロンドン生活はあっという間に終わり、ドイツに戻ることになる。

ドイツ連邦共和国の魅力

ドイツのハイデルベルクに戻ると、大きな荷物は置かせてもらい、1週間分の荷物だけ持って、北へ向かったり南へ向かったりとなんとなく計画を立てて動き回った。

完全に一人旅だったのだが、ドイツはユースホステル発祥の地である。

あらゆるところにユースホステルがあって、安く宿泊できるし朝食もついているので、経済的にも優しく回ることができる。

まずは、ベートーベンの生まれた地であるボンへ向かった。

そこからケルンの大聖堂を見に行ってデュッセルドルフへという感じで第一弾の旅。

ハイデルベルクに戻って、今度はブレーメンとハンブルクの北の方面への旅。

またまたハイデルベルクに戻って、今度はベルリンへ向けての旅。

そんなくり返しで、ライプツィヒやドレスデンの東ドイツ寄りのエリアも堪能しつつ、最後はミュンヘンで締めた。

ミュンヘンでは、ちょうどオクトーバーフェストというお祭りをやっている時期で、イタリアから来たイタリア人たちと仲良くなって朝まで一緒に過ごした。

 

そんなこんなで、軽くドイツ一周をしたのだが、とにかくドイツは楽しかった。

行く先々でご当地ソーセージや地ビールがあって、街の雰囲気が全く違うことが本当に刺激になった。

サッカー好きな私には、現役のサッカー選手と写真を撮ってもらったり、サインをもらったりできたのもとても良い想い出だ。

海外で1人になったとき、当初は不安しかなかったが、自分が動かなければなにも起きない。

そう、嫌でも動かざるを得ない状況に追い込まれれば、人は勝手に動くようになる。

そのときの経験は今でもなんとなく活きていると思う。

なぜ、もっとはやく海外へ行くという選択をしなかったのか。

それも、行けるという立場にあったにも関わらず、自らそのチャンスを放棄していた自分が本当に恥ずかしい。

 

新型コロナウイルスはいずれ収まる。

というか、海外へずっと行けないなんてことはあり得ない。

海外へ行くことを躊躇している人がいるなら、まずは1人でドイツに行ってみるといい。

言葉が話せなくても、お金がなくてもドイツは歓迎してくれる。

全くなんの経験もなかった私が1ヶ月間、充実した毎日を過ごすことができた地なので保証する。

 

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植田 振一郎 Twitter

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