一念発起(いちねんほっき)

2021-04-20 投稿: 植田 振一郎

あることを成し遂げようと決心すること。

本気でなにかを始めようとするとき、覚悟が生まれる。

その覚悟の大きさが大きければ大きいほど、その人にとっての成功という栄光を掴みやすいのだろう。

でも、成し遂げようとした覚悟がときに迷いを生む結果となることがある。

まずは、この記事を読んで欲しい。

 

家のお風呂から旅立った母、私の介護は間違っていたのか

2020年12月、要介護2だった私の母が、自宅での入浴中に亡くなりました。

たった一人で、浴槽の中で最期を迎えていました。

ショッキングな冒頭部で始まる記事を一気に読んでしまった。

なかなか考えさせられる記事だが、こういったことは身近でも起きているし、今後もっと増えるだろう。

少子高齢化という言葉が日本社会のスタンダードになっている中で、直視したくないという場面でもある。

とはいえ、身近にこういうことが訪れ、メンタルに影響する大きな部分でもある。

母は幸せだったのか。

この一言は重い。

同じ境遇を迎えたときに、この一言に左右されない人はいないのではないだろうか。

 

私自身もこんな経験を持つ。

もう何年も前になるが、母方の祖母が高齢ということもあり、寝たきりの状態になった。

母は祖母の意見を尊重して、施設に預けるという選択をした。

その後、全く意思疎通ができなくなり、食事もまともにできなくなり胃ろうの状態で何年も過ごした。

広島市内から三次市というところまで週に2回ほど介護というか見舞いに行く生活をしていた。

当時は起業する前で前職を辞めて時間があったこともあり、ときどき一緒に行っていた。

会話などできないし、胃に直接チューブでを通して栄養を与えるという姿に、なんともいえない気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。

大好きだったお婆ちゃんが、元気だった姿のお婆ちゃんが、こんな状態でこれは果たして生きているのかと自分に問いかけたこともあった。

もちろん、下の世話も職員さんにやってもらったり、生きているというよりは生かされているという状況に何度もやるせない気持ちになった。

週2回、100kmくらいある道のりを1時間半かけて母は車で行っていたわけだが、そのときの気持ちはどういうものだったのだろうか。

 

祖母が亡くなった後、少し経ってから、祖母の最期は幸せだったのだろうかという話になった。

傷心も薄れたタイミングで、自分の意見を述べた。

施設に入れる必要はなかったのではないかと。

そのときの母は、少し考えたようにこう応えた。

確かにコミュニケーションが取れない状態で、無理に何年も生かす必要はなかったかもしれない。

ただ、寝たきりになる前に施設に入って少しでも長く生きたいという祖母の意思を尊重した。

これには返す言葉もなかったが、母が同じ場面になったときにはどうするかを聞いた。

すると母は、私は祖母と同じようにしてもらわなくて大丈夫だと応えた。

この言葉に対しても、深く考えさせられた。

 

2021年9月に私は40歳を迎える。

自分自身が歳を重ねたと思うということは、母や父も同じように歳を重ねているということだ。

そして、自分自身にも母や父が経験したものが必ず訪れる。

多くの人は日々の生活に追われ、このあたりの意識がないというか、そこまでの余裕がない。

ところが、必ず訪れる。

幸せのカタチは人それぞれだが、考える時間を設けた方がいい。

どちらに転んでも後悔がないという結果になることは難しいかもしれないが、その場面を想像しておくだけでもいい。

そんなことを考えさせられる、とてもいい記事だったと思う。

生と死はずっと人について回る最大の問題かもしれない。

 

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