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2021年1月17日 投稿:ueda

曖昧模糊(あいまいもこ)

はきっりせず、あやふやなこと。

世の中の大半は曖昧な概念で成り立っている。

なんとなくで決めていることが多い。

自己の選択もそうだが、他人の選択もエビデンスなどないことがほとんどである。

周りの意見に流されたり、特になにも考えずに慣習で動く人がどれだけ多いことか。

 

こんな話がある。

都会のど真ん中で、指を空に向けていたとする。

それを見た人は、なにかあったのかと思いその指先の方を見て、必死に原因を探そうとする。

もちろん、指先にはなにもない。

それにも関わらず、人の滞留をつくることができる。

そして、なにもないことに気づいた人の反応は様々だ。

馬鹿らしいと怒りを見せる人もいれば、くだらなさに笑ってしまう人もいる。

 

肝心なことは、この仕掛けをした人である。

世の中には仕掛ける側の人がいる。

毎年のファッションのブームを仕掛ける人や新しい形態の飲食店をオープンする人がその典型だろう。

徹底したデータを駆使して仕掛ける人もいれば、感覚で仕掛ける人もいる。

その結果、当たることもあれば当たらないこともあるのは当然だ。

 

仕掛けられた側の人が、その服を買ったり、お店に行くのはなぜだろう?

多くの人に理由などない。

なんとなくだったり、周りに合わせている人があまりにも多い。

勘違いして欲しくないのは、そのことが悪いとはいっていない。

曖昧に流されて生きること、楽だと思う方を選択する人生を否定するつもりもない。

全てにおいてきっちりしすぎる生き方は窮屈だろう。

 

ただ、仕掛ける側になってみて、仮説が実証されたとしたら、そこにある達成感はひとしおだ。

その達成感は癖になる。

達成するまでには困難がつきものだから、どんなものよりも中毒性がある。

どうせなら、仕掛けをたくさん作れる人になりたいと思う。

 

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植田 振一郎 Twitter

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