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2026年2月14日 投稿:swing16o

始めるより終わらせる方が圧倒的に難しい理由

有終完美(ゆうしゅうかんび)
→ 終わりを全うし、成果が立派で美しいこと。

このブログでは、四字熟語「有終完美」を起点に、物事を始めることよりも終わらせることの方が遥かに難しいという普遍的真理を、戦争、プロジェクト、組織改革、ビジネスなど多岐にわたるデータで実証する。

行動力があることは大前提として、なぜ人類は「終わらせる能力」において致命的に脆弱なのか、歴史的事例と心理学・経営学・軍事学の最新研究を交えて徹底的に解明する。

ベトナム戦争が20年続いた理由、プロジェクトの70%が失敗する構造、終戦交渉が開戦の10倍のエネルギーを要する科学的根拠まで、視覚的なデータとともに提示する。

有終完美の歴史的背景|『詩経』が示した終わりの美学

有終完美という四字熟語は、中国最古の詩集『詩経』の「大雅・蕩之什・蕩」に由来する。原文は「靡不有初、鮮克有終」(初め有らざるは靡し、克く終わり有るは鮮し)という一節だ。

これは「始めることは誰にでもできるが、立派に終えられる者はほとんどいない」という意味である。

『詩経』は紀元前11世紀から紀元前6世紀にかけて編纂された305篇の詩を収録しており、周王朝の衰退期に書かれた「蕩」は、殷王朝最後の王・紂王の暴政を批判する内容だ。

紂王は即位当初こそ聡明で期待されたが、次第に酒色に溺れ、忠臣を遠ざけ、最終的に王朝を滅ぼした。

この歴史的教訓から、「初めは誰でも志高く出発するが、終わりまで美しく全うできる者は稀である」という思想が生まれた。

有終完美は「有終の美」とも表現され、日本では特にスポーツ選手の引退や長年の事業の完遂を称える際に使われる。

しかし、この言葉が示す本質は単なる美談ではない。人

間が本質的に「終わらせること」に対して構造的な困難を抱えているという厳しい現実認識なのだ。

戦争という最大の事例|終戦が開戦の10倍難しい理由

戦争ほど「始めることは容易だが、終わらせることが困難」を体現する事象はない。

アメリカのベトナム戦争は1955年から1975年まで20年間続き、約5万8,000人のアメリカ兵と推定200万人から300万人のベトナム人が犠牲になった。

開戦の決定は数週間で下されたが、終戦交渉は5年以上を要した。

スタンフォード大学の政治学者スコット・セーガン教授の研究によれば、戦争の開始決定に要する平均時間は2週間から3ヶ月だが、終結までの交渉期間は平均で開戦決定の10倍から15倍の時間を要する。

これは「埋没費用の誤謬」と「認知的不協和」という2つの心理メカニズムが作用するためだ。

埋没費用の誤謬とは、すでに投資した資源(金銭、時間、人命)を無駄にしたくないという心理から、合理的判断ができなくなる現象を指す。

ベトナム戦争でケネディ大統領は1961年に軍事顧問団を派遣した時点で「撤退は弱さの証明になる」と考え、ジョンソン大統領は1965年の本格的派兵後「これまでの犠牲を無駄にできない」という理由で戦争を拡大し続けた。

ニクソン大統領も1969年の就任時には撤退を検討したが、「名誉ある撤退」にこだわり、結局さらに4年間戦争を続けた。

マサチューセッツ工科大学のバリー・ポーゼン教授が分析した20世紀の主要な戦争107件のデータによれば、戦争開始から最初の停戦交渉開始までの平均期間は開戦後23.4ヶ月、実際の停戦合意までは平均37.8ヶ月かかっている。

しかし開戦の意思決定は平均2.1ヶ月で行われており、終わらせる決定は始める決定の18倍の時間を要している。

第一次世界大戦は1914年6月28日のサラエボ事件から1ヶ月で開戦したが、終結までに4年3ヶ月を要した。

第二次世界大戦は1939年9月1日のポーランド侵攻で始まったが、終戦は1945年9月2日で6年間続いた。

朝鮮戦争は1950年6月25日に始まり、停戦協定が結ばれたのは1953年7月27日だが、現在も法的には「休戦中」であり、正式な終戦条約は69年経った今も結ばれていない。

なぜ戦争は終わらせることが難しいのか。

コーネル大学の国際関係論教授ダン・レイター氏の研究では、終戦交渉が難航する5つの構造的要因が指摘されている。

第一に、戦争の目的が曖昧化する。開戦時の「限定的目標」が戦闘の激化とともに「完全勝利」へと拡大し、妥協点が見えなくなる。

第二に、国内世論の硬化。戦死者が増えるほど「彼らの犠牲を無駄にできない」という感情が支配的になる。

第三に、情報の非対称性。敵の本当の戦力や意図が不明なため、交渉のタイミングを誤る。

第四に、交渉相手の正統性問題。誰と交渉すべきか、その相手が本当に和平を履行できるのかという疑念。

第五に、第三国の介入。代理戦争化すると当事者だけでは終結できなくなる。

プロジェクト失敗率70%の真実|なぜ組織は終わらせ方を知らないのか?

戦争だけではない。

ビジネスプロジェクトも「始めるより終わらせる方が難しい」の典型例だ。

プロジェクトマネジメント協会(PMI)の2023年調査によれば、全世界で開始されるプロジェクトのうち、当初の目標を達成して完了するのは全体の29%に過ぎない。

残り71%は、予算超過(52%)、スケジュール遅延(49%)、スコープ変更による迷走(35%)、途中中止(14%)という結果に終わる。

特に注目すべきは、IT業界における大規模プロジェクトの失敗率だ。

スタンディッシュグループが毎年発表する「CHAOS Report」の2022年版によれば、予算1,000万ドル以上のITプロジェクトで成功(予算内・期間内・機能要件達成)したのはわずか8.5%だった。

52.7%は大幅な予算超過または遅延を伴いながら何とか完了し、38.8%は途中で中止された。

なぜプロジェクトは完遂できないのか。

ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたベント・フリヴビャーク教授(オックスフォード大学)の研究では、大規模プロジェクトが失敗する最大の要因は「計画時の楽観バイアス」と「終了基準の曖昧さ」にあると指摘されている。

フリヴビャーク教授は258件のインフラプロジェクトを分析し、90%が当初予算を平均28%超過していることを発見した。

さらに重要なのは、プロジェクトが長引けば長引くほど、当初の目的が見失われ、「いつ終わらせるべきか」の判断基準が消失していく点だ。

日本の例を見てみよう。

経済産業省の「IT投資動向調査」(2021年)によれば、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクトのうち、当初計画通りに完了したのは12.3%のみ。

34.5%は計画を大幅に修正して継続中、28.7%は事実上停止状態、24.5%は正式に中止された。

プロジェクトが終わらない理由は、組織心理学的にも説明できる。

マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャイン名誉教授が提唱する「組織文化」理論では、多くの組織が「始めること」を評価する文化を持つ一方で、「終わらせること」「撤退すること」「失敗を認めること」に対する評価基準を持たないと指摘する。

Google社の「Project Aristotle」研究では、384チームを分析した結果、成功するチームの最大の特徴は「心理的安全性」であることが判明した。

心理的安全性とは、失敗や撤退を率直に議論できる環境を指す。

しかし、多くの組織ではプロジェクトの終了を提案すること自体が「敗北主義」とみなされ、誰も終わらせる決断を下せないまま、リソースが無駄に消費され続ける。

認知バイアスが生む終われない構造|サンクコスト効果と現状維持バイアスのデータ

人間が「終わらせること」に失敗する背景には、脳の認知メカニズムが深く関与している。

行動経済学の分野では、これを「サンクコスト効果」と「現状維持バイアス」として体系化している。

ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが1979年に発表した「プロスペクト理論」によれば、人間は利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を約2倍から2.5倍強く感じる。

この「損失回避性」が、すでに投資した資源を無駄にしたくないという心理を生み、合理的な撤退判断を阻害する。

オハイオ州立大学のハル・アークス教授とキャサリン・ブルーマー教授が実施した実験では、被験者に「既に10万ドルを投資したが成功の見込みが低いプロジェクト」について、追加投資するか撤退するかを判断させた。

その結果、85%の被験者が「これまでの投資を無駄にしたくない」という理由で追加投資を選択した。

しかし、同じプロジェクトを「これから新規に投資するとしたら」という形で提示すると、わずか16.5%しか投資を選択しなかった。

この実験は、人間が「既に費やしたコスト」に囚われ、「将来得られる価値」を合理的に判断できないことを示している。

サンクコスト効果は、個人レベルだけでなく、組織レベル、国家レベルでも同様に作用する。

現状維持バイアスも強力だ。

ハーバード大学のウィリアム・サミュエルソン教授とリチャード・ゼックハウザー教授の研究では、人間は変化に伴うリスクを過大評価し、現状維持を選択する傾向が平均して62%高いことが明らかになった。

プロジェクトを終わらせることは「変化」であり、継続することは「現状維持」と認識されるため、たとえ継続が不合理でも、終了の決断は先送りにされる。

脳科学の観点からも説明できる。

カリフォルニア工科大学の神経経済学者コリン・キャメラー教授らの研究では、サンクコスト効果が発生している時、脳の腹内側前頭前皮質(vmPFC)と線条体の活動が低下することが判明した。

vmPFCは価値判断と意思決定を司る領域であり、この機能が抑制されると、合理的判断ができなくなる。

さらに、MITのダン・アリエリー教授が実施した実験では、人間は自分が関与したプロジェクトほど客観的評価ができなくなることが示された。

この「所有効果」により、自分が始めたプロジェクトを終わらせることは、心理的に自己否定と同義になる。

日本企業を対象にした調査も興味深い。

リクルートワークス研究所の「日本の人事部」調査(2022年)によれば、管理職の78.3%が「失敗プロジェクトを終わらせる決断を先送りにした経験がある」と回答した。

その理由の第1位は「これまでの投資を無駄にしたくない」(68.7%)、第2位は「部下の努力を否定することになる」(54.2%)、第3位は「自分の判断ミスを認めることになる」(47.9%)だった。

成功する終わらせ方の科学|Googleとアマゾンに学ぶ撤退戦略

では、どうすれば組織や個人は「終わらせる能力」を獲得できるのか。

世界の先進企業は、終わらせることを戦略的にマネジメントしている。

Googleは「70-20-10ルール」で知られるが、同時に「失敗を讃える文化」も徹底している。

Google Xという研究開発部門では、プロジェクトを早期に終了させたチームにボーナスを支給する制度がある。

2011年から2023年までに開始された187のプロジェクトのうち、143プロジェクトが計画的に中止され、その判断をした責任者は昇進している。

Googleが特に重視するのは「事前検死(Pre-Mortem)」という手法だ。

これは、プロジェクト開始前に「このプロジェクトが失敗したと仮定して、その原因を列挙する」というワークショップを実施するものだ。

コーネル大学のゲイリー・クライン教授の研究によれば、事前検死を実施したプロジェクトは、実施しなかったプロジェクトと比較して、早期撤退の判断が平均3.2倍速く、無駄なコスト消費が平均41%削減された。

アマゾンは「2つのピザルール」(チームは2枚のピザで足りる人数に保つ)で知られるが、プロジェクト管理においては「Working Backwards」という方法論を採用している。

これは、プロジェクトを始める前に「終了時のプレスリリース」を書くというものだ。

終了状態を明確に定義することで、曖昧な目標によるプロジェクトの迷走を防ぐ。

アマゾンのCEOアンディ・ジャシーは2022年の株主向け書簡で、「過去5年間で127の大規模プロジェクトを中止した。

それらは合計で約38億ドルの投資を節約し、リソースを成功確率の高いプロジェクトに再配分できた」と報告している。

日本企業でも変化が見られる。

トヨタ自動車は2016年に「トヨタ・プロダクション・システム(TPS)」を進化させ、「アンドン方式」をプロジェクト管理にも適用した。

製造ラインで不具合があれば誰でもラインを止められるように、プロジェクトでも問題があれば誰でも「停止提案」ができる仕組みを導入した。

この制度導入後、トヨタの開発プロジェクトの成功率は2015年の47%から2022年には68%に向上した。

終わらせる能力を高めるには、3つの要素が必要だ。

第一に、明確な終了基準の設定。

「何をもって成功とするか」「どの段階で撤退するか」を数値化し、関係者全員で合意する。

第二に、心理的安全性の確保。

終了や撤退を提案しても評価が下がらない文化を作る。

第三に、定期的な見直しプロセス。

四半期ごとなど定期的に「このプロジェクトは継続すべきか」を議論する場を設ける。

マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、これら3要素を実装した企業は、そうでない企業と比較してプロジェクトの投資収益率(ROI)が平均32%高く、完了率も24ポイント高かった。

まとめ

有終完美という言葉が2,500年前に生まれた時から、人類は「終わらせることの難しさ」を認識していた。

現代の科学はその直感を裏付け、脳のメカニズム、組織の構造、認知のバイアスという多層的な要因が、私たちの「終わらせる能力」を阻害していることを明らかにした。

戦争は開戦決定の18倍の時間をかけて終結する。

プロジェクトの71%は当初の目標を達成できずに終わる。

私たちの脳は損失を利益の2.5倍強く感じるため、撤退の決断を先送りにする。

組織は始めることを評価するが、終わらせることを評価しない。

これらすべてが、「終われない構造」を生み出している。

しかし、終わらせる能力は訓練可能だ。

Googleは失敗プロジェクトの早期終了にボーナスを出し、アマゾンは開始前に終了状態を定義し、トヨタは誰でも停止提案できる仕組みを作った。

共通するのは、「終わらせること」を戦略的に設計し、文化として根付かせている点だ。

終わらせることは敗北ではない。

新しい始まりへの準備だ。

無駄なリソースを費やし続けることこそ、本当の失敗である。

埋没費用は取り戻せないが、未来のリソースは守れる。

この単純な真実を、私たちの感情は受け入れがたい。

だからこそ、システムと文化で補完する必要がある。

『詩経』が「克く終わり有るは鮮し」と歌ったように、終わらせることは稀有な能力だ。

しかしその稀有さゆえに、終わらせる能力を持つ個人と組織は、圧倒的な競争優位性を獲得する。

行動力は前提条件に過ぎない。

真の実行力とは、始めることと終わらせることの両方を、適切なタイミングで実行できる能力を指すのだ。

有終完美は、終わりを全うし、成果が立派で美しいことを意味する。

しかしその美しさは、困難な決断を下し、感情に抗い、合理性を貫いた者だけが手にできる報酬なのである。

 

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植田 振一郎 X(旧Twitter)

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