有形無形(ゆうけいむけい)
→ 目に見えるものと見えないものの両方。
人は目に見えないものを恐れる。
暗闇、未来、他人の心──これらに共通するのは「不確実性」だ。
ビジネスの現場でも同様で、市場の変化、顧客の本音、競合の動向など、目に見えない要素が経営者を最も悩ませる。
私自身、stak, Inc.のCEOとして日々直面するのは、有形資産と無形資産のバランスをどう取るかという課題だ。
有形無形という言葉は日常的に使われるが、その境界線はどこにあるのか。
哲学的な問いに思えるが、実は極めて実務的な問題でもある。
財務諸表では有形固定資産と無形固定資産が明確に区分される。
しかし人間の認知においては、その境界は曖昧で、だからこそ不安が生まれる。
本稿では、有形無形の概念がどのように形成されてきたのか、そして現代社会において「見える化」がなぜこれほど重視されるのかを、データとエビデンスに基づいて徹底的に解説する。
有形無形という概念の歴史的背景
有形無形という言葉は仏教用語に由来する。
サンスクリット語の「rūpa」(色、形あるもの)と「arūpa」(無色、形なきもの)という対概念が、中国を経由して日本に伝わり、「有形無形」という四字熟語として定着した。
仏教哲学では、物質的存在(有形)と精神的・抽象的存在(無形)を区別し、両者の関係性を深く考察してきた。
特に般若心経における「色即是空、空即是色」という思想は、有形と無形が相互に転換し合う関係性を示している。
西洋哲学においても、プラトンのイデア論以来、可視的な物質世界と不可視的な観念世界の二元論が議論されてきた。
デカルトの心身二元論、カントの現象と物自体の区別など、哲学史は一貫して「見えるもの」と「見えないもの」の関係を問い続けてきた。
近代に入ると、この概念は経済学や会計学にも応用される。
1990年代以降、知的財産権、ブランド価値、人的資本といった無形資産の重要性が認識され始めた。
世界銀行の2006年の報告書によれば、先進国の国富における無形資産の割合は80%以上に達している。
つまり現代経済の大部分は「見えない資産」によって支えられているのだ。
本稿で学べること──不確実性と認知バイアスの科学
このブログでは、有形と無形の境界線がどこにあるのかを多角的に検証する。
具体的には以下の点を明らかにする。
第一に、人間がなぜ見えないものに恐怖を感じるのかという認知心理学的メカニズムだ。
神経科学の研究によれば、未知の状況に直面したとき、脳の扁桃体が活性化し、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌される。
2018年のUCLAの研究では、不確実性が高い状況下では、確実性が高い状況と比べてコルチゾール値が平均34%上昇することが確認されている。
第二に、ビジネスにおける有形資産と無形資産の実態だ。
財務省の「法人企業統計調査」によれば、日本企業の無形固定資産は2022年度時点で約102兆円に達し、10年前と比較して58%増加している。
しかし同時に、多くの企業が無形資産の適切な評価に苦慮している現実も浮き彫りになる。
第三に、「見える化」の効果と限界だ。
可視化によって不安が軽減されるという仮説は、多くの実証研究で支持されている。
しかし過度な可視化が逆に情報過多を招き、判断力を低下させるリスクも存在する。このパラドックスをどう乗り越えるかが現代の課題だ。
第四に、個人レベルでの「有形無形の境界線」を持つことの重要性だ。
曖昧さへの耐性(Tolerance for Ambiguity)という概念は、心理学者フレンケル=ブランズウィックが1949年に提唱したもので、不確実な状況をどの程度受け入れられるかという個人差を示す。
この境界線を自覚的に設定することが、現代社会を生き抜く鍵となる。
見えないことへの恐怖が生む社会的損失
人間は本能的に不確実性を嫌う。
行動経済学におけるプロスペクト理論では、人は同額の利益よりも損失に対して約2.25倍強く反応することが示されている。
そしてこの損失回避傾向は、未来が見えない状況でさらに強化される。
具体的なデータを見てみよう。
厚生労働省の「労働安全衛生調査」(2023年)によれば、仕事で強いストレスを感じている労働者の割合は82.2%に達している。
そのストレス要因のトップ3は「仕事の質・量」(62.8%)、「仕事の失敗、責任の発生等」(34.8%)、「対人関係」(26.2%)だ。
注目すべきは、これらすべてに「不確実性」が内在している点だ。
「どれだけの仕事が来るか分からない」「ミスをしたらどうなるか分からない」「上司がどう評価するか分からない」──この「分からない」という状態が、労働者の精神的負担を増大させている。
さらに深刻なのは、この不安が経済的損失を生んでいる事実だ。
経済産業省の試算では、メンタルヘルス不調による経済損失は年間約2兆7,000億円に上る。
これは日本のGDPの約0.5%に相当する規模だ。
投資行動においても同様の傾向が見られる。
日本銀行の「資金循環統計」(2024年第2四半期)によれば、家計金融資産2,115兆円のうち、現金・預金が1,127兆円で53.3%を占める。
これは米国の13.3%、ユーロ圏の34.8%と比較して著しく高い。
日本人が投資を避ける最大の理由は「元本割れの可能性」、つまり「損失の不確実性」への恐怖だ。
医療現場でも「見えない恐怖」は深刻な問題を引き起こしている。
国立がん研究センターの調査では、がん検診の受診率は胃がん51.4%、肺がん54.8%、大腸がん49.9%にとどまる。
受診しない理由として「異常が見つかるのが怖い」という回答が上位に入る。
つまり、現状が見えないことによる漠然とした不安よりも、検査によって悪い結果が見えてしまう恐怖の方が勝っているのだ。
これらのデータが示すのは、「見えないもの」に対する恐怖が、個人の幸福度を下げ、経済活動を阻害し、健康行動さえも妨げているという現実だ。
問題は、この恐怖が必ずしも合理的ではないという点にある。
認知バイアスが生む非合理的な恐怖
では、なぜ人は見えないものに対して非合理的な恐怖を抱くのか。
その答えは人間の認知構造にある。
まず注目すべきは「利用可能性ヒューリスティック」だ。
心理学者トヴェルスキーとカーネマンが提唱したこの概念は、人が頭に浮かびやすい情報に基づいて判断を下す傾向を指す。
2019年のピュー研究所の調査によれば、アメリカ人の62%がテロ攻撃を「非常に大きな脅威」と認識している。
しかし実際には、2001年から2017年の間にテロで死亡したアメリカ人は年平均約32人で、自動車事故死者数(年間約38,000人)の0.08%に過ぎない。
メディアで繰り返し報道される劇的な事件は記憶に残りやすく、そのため実際の発生確率以上に脅威として認識される。
見えない脅威は、一度具体的なイメージと結びつくと、過大評価されやすいのだ。
次に「曖昧性回避」という傾向がある。
エルズバーグのパラドックスとして知られる実験では、参加者は確率が明示されているリスクよりも、確率が不明なリスクを強く回避することが示された。
具体的には、「50%の確率で100ドルもらえるくじ」と「確率不明だが50%前後の確率で100ドルもらえるくじ」を比較すると、多くの人は前者を選ぶ。
数学的には期待値が同じでも、不確実性の度合いが高い方を嫌うのだ。
カリフォルニア工科大学の2010年の研究では、fMRIを用いて曖昧性回避の神経基盤を調査した。
その結果、曖昧な選択肢を提示されたとき、意思決定に関わる前頭前皮質と扁桃体の活動が有意に増加することが確認された。
つまり、不確実性は神経レベルでストレス反応を引き起こすのだ。
さらに「ネガティビティ・バイアス」も重要だ。
人間の脳は、肯定的な情報よりも否定的な情報に強く反応する。
オハイオ州立大学の研究では、同じ強度の肯定的刺激と否定的刺激を与えたとき、否定的刺激に対する脳の反応が約1.5倍強いことが示されている。
この傾向は進化心理学的に説明できる。
狩猟採集時代、潜在的な危険を過小評価すれば命に関わったが、過大評価しても損失は限定的だった。
そのため、不確実な状況では「最悪のシナリオ」を想定する認知バイアスが生存に有利に働き、遺伝的に固定化されたと考えられる。
企業経営においても、この認知バイアスは重大な影響を及ぼす。
ボストン・コンサルティング・グループの2021年の調査では、CEOの72%が「不確実性の高い環境下での意思決定」を最大の課題として挙げている。
しかし同時に、不確実性を理由に意思決定を先送りすることが、機会損失を生む最大の要因でもある。
マッキンゼーの分析によれば、意思決定の速度が業界平均より25%速い企業は、ROE(自己資本利益率)が平均より3.5ポイント高い。
見えないことへの恐怖が意思決定を遅らせ、それが競争力の低下に直結しているのだ。
可視化技術の進化と新たなパラドックス
しかし、テクノロジーの進化は「見えないもの」を可視化する能力を飛躍的に高めている。
そしてこの変化は、人間と不確実性の関係を根本から変えつつある。
データサイエンスの発展により、予測精度は劇的に向上した。
小売業界では、AIによる需要予測の精度が従来手法と比較して平均30〜50%向上している。
ウォルマートは機械学習を活用した在庫管理システムにより、在庫切れを10〜15%削減し、同時に過剰在庫も20%削減することに成功した。
医療分野でも可視化は進んでいる。
ゲノム解析技術の進歩により、個人の遺伝的リスクが可視化可能になった。
国立がん研究センターによれば、BRCA1/2遺伝子変異を持つ女性の乳がん発症リスクは一般女性の5〜10倍だが、予防的切除により発症リスクを90%以上低減できる。
アンジェリーナ・ジョリーの事例が示すように、「見えないリスク」が「見えるリスク」になることで、予防的行動が可能になる。
金融市場でも透明性は高まっている。
ブルームバーグのデータによれば、上場企業の四半期決算発表から24時間以内に入手可能な情報量は、10年前と比較して約4.2倍に増加した。
投資家はリアルタイムで企業の財務状態、経営戦略、リスク要因を把握できる。
しかし、ここに新たなパラドックスが生まれている。
情報が増えれば増えるほど、意思決定は容易になるはずだが、現実はそうではない。
心理学における「選択のパラドックス」は、選択肢が多すぎると満足度が低下する現象を指す。
コロンビア大学のアイエンガー教授の有名な「ジャムの実験」では、24種類のジャムを陳列した場合の購入率は3%だったが、6種類に限定すると30%に跳ね上がった。
同様の現象は情報にも当てはまる。
カリフォルニア大学の研究によれば、人間が1日に処理する情報量は約34ギガバイトに達し、これは1980年代の約5倍だ。
しかし情報処理能力は限られており、結果として「情報過多による意思決定麻痺」が生じる。
ガートナーの2023年の調査では、企業の意思決定者の65%が「利用可能なデータが多すぎて、何を信頼すべきか分からない」と回答している。
可視化が進んだ結果、逆に「何が本質的に重要か」が見えなくなるという皮肉な状況が生まれているのだ。
さらに深刻なのは「過信のバイアス」だ。
データが豊富にあると、人は自分の判断に過度に自信を持つ傾向がある。
デューク大学の研究では、データ量が10倍になっても予測精度の向上は平均15%程度だが、意思決定者の自信レベルは約2倍に上昇することが示された。
2008年のリーマン・ショックは、この過信が招いた典型例だ。金融機関は高度なリスク管理モデルを持ち、膨大なデータを分析していた。
しかし複雑な金融商品の相互依存性という「見えないリスク」を見落とし、システミック・リスクが顕在化した。
IMFの推計では、この金融危機による世界経済の損失は約10兆ドルに達した。
つまり、可視化技術の進歩は不確実性を減らす一方で、「何を可視化すべきか」「可視化されたデータをどう解釈すべきか」という新たな不確実性を生み出している。
有形と無形の境界線は、テクノロジーによって移動しているが、消滅してはいないのだ。
まとめ
ここまでのデータと分析から明らかなのは、有形と無形の境界線は客観的に存在するものではなく、個人の認知と社会的文脈によって構築されるということだ。
そして現代社会においては、この境界線を自覚的に設定する能力が、極めて重要な戦略的スキルになっている。
私自身、stak, Inc.を経営する中で、この境界線の設定に常に向き合ってきた。
IoT照明事業では、顧客の「快適さ」という無形の価値を、照度、色温度、消費電力という有形の指標に変換する。
しかし同時に、数値化できない感覚的な要素も重要であることを認識している。
重要なのは「すべてを可視化しようとしない」ことだ。
マサチューセッツ工科大学の組織論研究者カール・ワイクは「センスメイキング理論」において、不確実な状況では完全な情報を得ようとするのではなく、「行動しながら理解する」アプローチが有効だと主張している。
具体的には、以下の三つの原則が有効だ。
第一に「80対20の原則」の応用だ。
意思決定に必要な情報の80%は、全体の20%のデータから得られる。
残りの80%のデータを集めるために時間を費やすよりも、20%のコアデータで迅速に判断し、行動しながら修正する方が、多くの場合で良い結果をもたらす。
アマゾンのジェフ・ベゾスは「70%の情報があれば意思決定すべきだ。
90%を待っていては遅すぎる」と述べている。
第二に「可逆性の判断」だ。
意思決定を「後戻りできるもの」と「後戻りできないもの」に分類する。前者については、不完全な情報でも迅速に決定し、間違っていれば修正すればよい。
後者についてのみ、徹底的な分析と慎重な判断が必要だ。
この区別ができれば、すべての不確実性に同じレベルで対応する必要はなくなる。
第三に「個人のリスク許容度の明確化」だ。
金融業界では「リスク・プロファイル」という概念があり、投資家ごとにどの程度の変動を受け入れられるかを定量化する。
これを人生全般に応用するのだ。
「年収の何%までなら失っても許容できるか」「どの程度の不確実性なら睡眠を妨げないか」──こうした基準を明文化することで、曖昧な不安は具体的なリスク管理の問題に変わる。
心理学者スーザン・ジェファーズは著書『Feel the Fear and Do It Anyway』で「恐怖を感じることと、恐怖に支配されることは別だ」と述べている。
見えないものへの恐怖を完全に消すことはできないし、その必要もない。
重要なのは、その恐怖を認識した上で、自分なりの判断基準──つまり有形無形の境界線──を持つことだ。
最後に、企業としてのstak, Inc.の立場から言えば、テクノロジーの役割は「すべてを見えるようにすること」ではなく、「何を見るべきかを選択する自由を与えること」だと考えている。
IoT技術は膨大なデータを収集できるが、それをすべてユーザーに提示することが価値ではない。
むしろ、ユーザーが本当に知りたい情報だけを、適切なタイミングで提示することが、真の価値創造だ。
有形無形の境界線は、万人に共通の正解があるものではない。
しかし自分なりの境界線を持つこと、そしてそれを状況に応じて柔軟に調整できることが、不確実性の時代を生き抜く鍵となる。
データとテクノロジーは、その境界線を設定するための道具であり、決して境界線そのものではない。
この区別を理解することが、現代人に求められる知恵なのだ。
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