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2025年11月15日 投稿:swing16o

「役に立たない」が最強の武器になる:無用之用から学ぶイノベーションの本質

無用之用(むようのよう)
→ 一見役に立たないようなものが、かえって役に立つこと。

一見無駄に見えるものこそ、実は最も価値を生む。

ポストイットは失敗した接着剤から生まれ、Googleの20%ルールはGmailを生み出し、東日本大震災は「効率化しすぎた経営」の危険性を露呈した。

紀元前から続く「無用之用」の思想が、2025年の今こそ必要とされる理由をデータと共に解き明かす。

「無用之用」という2300年前の叡智が現代に響く理由

紀元前300年頃、中国の思想家・荘子が『荘子』の中で記した言葉がある。

「人皆知有用之用、而莫知無用之用也」

「人は皆、役に立つものが役立つことは知っているが、役に立たないものが役立つことを知らない」

この概念は「無用之用」と呼ばれる。

さらに遡ること300年前、老子は『老子道徳経』で車輪や器、家の空間に着目し、「形あるものが役に立つのは、形のないものがあるがゆえだ」と説いた。

コップの中身を注げるのは、コップが空っぽだからだ。

満杯のコップには何も入らない。

この思想が2025年の今、なぜ重要なのか。

理由は明確だ。

私たちは「効率化」「生産性向上」「無駄の排除」を追求しすぎて、イノベーションの源泉である「余白」を失っているからだ。

経済産業省の調査(2024年)によれば、日本企業の77.3%が「新規事業開発に課題を抱えている」と回答している。

その最大の理由は「目先の業務に追われ、新しいことを考える時間がない」(63.8%)だった。

つまり、コップが常に満杯の状態なのだ。

無用之用は単なる哲学ではない。

これは実践的な経営戦略であり、イノベーションを生む土壌そのものだ。

以降、世界を変えた具体的な事例を通じて、「無用」がいかに「有用」に転化するかを徹底的に検証していく。

失敗した接着剤が世界を変えた――ポストイット誕生の奇跡

【問題提起】年間売上33億ドルの商品は「失敗作」から生まれた

3M社のポストイット(付箋)は、世界150か国以上で販売され、文具市場で年間約33億ドル(約4,950億円)の売上を誇る。

しかし、この製品の起源は1968年の「失敗」だった。

3M社の研究者スペンサー・シルバーは、強力な接着剤の開発を目指していた。

だが彼が偶然作り出したのは、「軽くはくっつくが、しっかりとは接着されない」という、当初の目的とは真逆の粘着剤だった。

接着剤の分子が球状になって均一に分散する特性を持ち、「くっつけたり剥がせたりする」という不思議な性質があった。

失敗作は5年間お蔵入りした。

誰もその用途を思いつかなかった。

接着剤としては「無用」だったからだ。

しかし、1974年12月のある日曜日、同じく3M社の研究者アート・フライは教会の聖歌隊で悩みを抱えていた。

賛美歌集に挟んだしおりが何度も落ちてしまうのだ。その瞬間、彼は5年前のシルバーの「失敗作」を思い出した。

「ページを破ることなく、紙にくっつくしおりがあればいい」

この発想の転換が、ポストイットを誕生させた。

1980年に全米で発売されると大ヒット。

マイクロスフィアと呼ばれるこの「剥がせる粘着剤」の市場規模は、現在では年間100億ドル(約1.5兆円)を超える。

【データから見る逆転劇】

  • 1968年:開発当初の評価「失敗」
  • 1974年:5年間の放置期間を経て再発見
  • 1980年:全米発売、初年度売上2,400万ドル
  • 2024年:グローバル売上33億ドル(137倍成長)

さらに注目すべきは、3M社の企業文化だ。

同社は「15%カルチャー」を掲げ、社員が勤務時間の15%を自分の好きな研究に使うことを許可している。

ポストイットはまさにこの文化から生まれた。

「無用に見える時間」が、最大の価値を生んだのだ。

「余裕ゼロ」が日本企業を破壊した――経営スラックの逆説

【問題の展開】東日本大震災が暴いた「効率化の罠」

2011年3月11日、東日本大震災は日本企業の「弱点」を露呈させた。

それは「経営スラック」の欠如だった。

経営スラックとは、従業員や設備などの経営資源における余剰のことだ。

在庫、余剰人員、予備の調達先――一見「無駄」に見えるこれらの要素が、実は企業の生存を左右する。

日本企業はトヨタ生産方式に代表される「リーン型経営」を極めてきた。

ジャストインタイム、在庫ゼロ、調達先の集中――徹底的な効率化だ。

しかし震災で部品調達先が被災すると、在庫がなく、代替先もない企業は長期間の操業停止に追い込まれた。

【具体的な被害データ】

  • トヨタ自動車:全工場停止、生産再開まで約3週間
  • ソニー:宮城県の工場被災、世界シェア60%の電池部材が供給停止
  • ルネサス エレクトロニクス:那珂工場被災、自動車用マイコン世界シェア40%が停止、完全復旧まで6ヶ月

経済産業省の調査(2011年)によれば、サプライチェーン寸断により影響を受けた企業は全体の56.3%に達した。

損失額は製造業だけで約2兆円と推計される。

「指1本入らないズボン」の危険性

イミダスの経済用語解説は、この状況を見事に表現している。

「指2本分のゆとり」を持たずに、「指1本入らないぴったりサイズのズボン」を履いていた日本企業は、少しウエストが大きくなっただけで、履けなくなってしまった。

震災後、多くの企業が方針転換した。

調達先の分散、在庫の積み増し、余剰人員の確保――つまり、意図的に「無駄」を作り始めたのだ。

三菱総合研究所の調査(2013年)では、震災後にBCP(事業継続計画)で在庫を増やした企業は68.7%、調達先を複数化した企業は74.2%に上った。

「無用」と思われていた余剰が、実は「有用」だったことを、企業は痛感したのだ。

Googleが「遊び」に20%の時間を割く本当の理由

【別の視点からの転換】イノベーションは「余白」から生まれる

Google、Yahoo!、HP、3M――これらの企業に共通する制度がある。

それは「20%ルール」だ(3Mは15%)。勤務時間の一部を、自分がやりたい仕事に充てることを許可する取り組みだ。

一見すると非効率的だ。企業は社員に給料を払っているのに、本来の業務以外のことに時間を使わせる。

しかし、この「無駄」がGoogleを巨大企業に押し上げた。

【20%ルールから生まれた革命的サービス】

  • Gmail(2004年):月間アクティブユーザー18億人(2024年)
  • Google News(2002年):月間アクセス数6億(2024年)
  • AdSense(2003年):Google広告収入の約30%を占める
  • Googleマップ(2005年):月間アクティブユーザー10億人超

Googleの元副社長マリッサ・メイヤー氏は「Googleのプロダクトの半分は20%ルールから生まれた」と語っている。

つまり、売上の半分は「無用に見えた時間」から生まれたのだ。

【重要な視点転換】目的は「新製品」ではない

しかし、20%ルールの本質は新製品開発だけではない。『How Google Works』には、こう記されている。

「20%ルールの最も重要な成果は、そこから生まれる新プロダクトや新機能ではない。

新しい試みに挑戦する経験を通じて、社員が学ぶことだ。プロジェクトから目を見張るようなイノベーションが生まれることはめったにないが、携わったスマート・クリエイティブは必ず以前より優秀になる」

つまり、20%ルールは「人材育成」こそが真の目的なのだ。

普段とは異なる業務に、異なる人たちと組織を超えて取り組むことで、通常の仕事では得られない経験ができる。

この「無用に見える時間」が、社員の能力を高め、結果的に組織全体の競争力を向上させる。

ただし、2020年代に入り、Googleの20%ルールは変化している。

コロナ禍後のリストラや効率化の波により、「イノベーション推進」から「社内的なWin-Winなリソース調整」へと目的がシフトした。

しかし制度自体は存続しており、2024年時点でもGoogle広報は「20%ルールは現在も有効なプログラムです」と公言している。

日本の「間」が世界を魅了する余白の美学

【さらなる視点の拡張】建築・デザインに見る無用之用

無用之用の思想は、日本文化に深く根付いている。それが「間(ま)」だ。

日本建築における「間」は、単なる空白ではない。

襖や障子で仕切られた空間は、完全に閉じることも開くこともできる。

この曖昧さが、視覚的な広がりと奥行きを生む。

縁側は室内と庭をつなぐ「間」の象徴であり、内と外を緩やかに区別する。

茶室では、限られた空間にわざと空白を残すことで、訪問者がそこに意味や感情を投影できるようにしている。

枯山水庭園では、石と砂と植物、そしてそれらの「間」が一体となって美を形成する。

【データで見る「間」の世界的評価】

  • 無印良品の海外店舗数:556店(2024年、国内485店を上回る)
  • 京都の外国人観光客数:約880万人(2023年、パンデミック前の98%まで回復)
  • 枯山水庭園を訪れる外国人比率:約65%(龍安寺石庭、2024年)

無印良品(MUJI)は、余白を活かしたデザインで世界を魅了している。

Apple Storeの白余白、谷口吉生の美術館設計、ジョン・ポーソンのミニマリズム建築――いずれも日本の「間」から影響を受けている。

建築家・藤原徹平氏は「日本の住宅には、8畳という心地良い単位がある」と語る。

16畳のワンルームと8畳×2では意味が違う。

8畳の単位があることで、「暮らしの場面のまとまり」が生まれ、人は自然とその空間ごとに動き、会話する。

この「間」は、実体のない「無用」に見えるものだ。

しかし、それがあることで空間に柔軟性が生まれ、家族の変化に対応し、コミュニケーションを誘い出す。まさに無用之用だ。

まとめ

【全体の統合と提言】無用之用を実践するための3つの指針

ここまで見てきた事例から、明確なパターンが浮かび上がる。

パターン1:失敗や無駄に「時間を与える」 ポストイットは5年間放置された。その間、失敗作は消されずに存在し続けた。もし1年後に破棄されていたら、世界は付箋を失っていた。失敗を即座に排除せず、「寝かせる余裕」を持つことが重要だ。

パターン2:「余剰」を戦略的に設計する 経営スラックは無駄ではなく、リスクヘッジであり、イノベーションの源泉だ。トヨタ生産方式ですら、完全にスラックをゼロにはしていない。東日本大震災後、多くの企業が在庫を15-20%増やした。これは「戦略的な無駄」だ。

パターン3:「目的のない時間」を確保する Googleの20%ルールは、直接的な成果を求めない。むしろ、成果が出ないことを前提にしている。だからこそ、社員は自由に挑戦でき、その過程で成長する。日本企業も、研修という名の「学びの時間」を重視しているが、それを日常業務に組み込むことが鍵だ。

【2025年の日本企業への提言】

経済産業省の「2024年版ものづくり白書」によれば、日本の労働生産性はOECD38カ国中30位だ。

長時間労働は減ったが、生産性は上がっていない。

理由は明白だ。「余白」がないからだ。

提言は3つだ。

  1. スラックの再設計:在庫、余剰人員、予備調達先を15-20%確保する。これはコストではなく投資だ。
  2. 社内20%ルールの導入:週に1日、あるいは月に4日を「自分の好きな業務」に充てる制度を設ける。
  3. 失敗の積極的な保存:失敗したプロジェクトを即座に廃棄せず、データベースに保存し、3-5年後に再評価する仕組みを作る。

荘子の言葉を現代語に翻訳すれば、こうなる。

「役に立つものを追い求めるだけでは、本当に価値のあるものは生まれない。一見役に立たないものにこそ、未来を変える力が宿っている」

コップが満杯では何も注げない。

空っぽのコップだからこそ、新しい価値を受け入れられる。

無用之用とは、「余白を戦略的にデザインする技術」だ。

2025年、私たちに必要なのは、もっと働くことではない。

もっと「余白」を持つことだ。

stak, Inc.も、この思想を軸にプロダクト開発を進めていく。

天井をハックする私たちは、「空間の余白」にこそ可能性を見出すからだ。

無用こそ、最大の有用である。

 

【参考文献・データソース】

  • 『荘子』人間世篇
  • 『老子道徳経』第十一章
  • 3M社公式プレスリリース(2020-2024)
  • 経済産業省「2024年版ものづくり白書」
  • 三菱総合研究所「震災後のBCP実態調査」(2013)
  • Google re:Work「イノベーションが生まれる職場環境をつくる」
  • 無印良品決算資料(2024年2月期)
  • Statista「Global Post-it Note Market Size」(2024)

 

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植田 振一郎 X(旧Twitter)

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