猫鼠同眠(びょうそどうみん)
→ 猫が鼠と仲よく眠るというこごが転じて、上司と部下が結託して悪事を働くたとえ。
「猫鼠同眠」という言葉は、もともと「猫が鼠と仲よく眠る」という一見ほほえましい状況を表す。
しかし、実際には古くから「上司と部下が結託して悪事を働く」ことを指す比喩へと転じてきた。
通常であれば敵対関係にあるはずの猫と鼠が同じ布団で寝ているような奇妙な光景を、現実の人間関係に当てはめているわけだ。
言葉の起源をたどると、時代劇や古典文学の中で既に「猫(権力)と鼠(弱者)が利害によってつながる」例えが存在する。
しかし、これが上司と部下の犯罪結託を示す明確な用語として浸透したのは比較的後年とされる。
歴史的記録では中国の故事にも似た概念が散見されるし、日本でも江戸時代の腐敗や幕府内での癒着を皮肉る表現として用いられた形跡がある。
「殿様(猫)が家臣(鼠)と示し合わせて租税をかすめ取る」などの比喩が当時の風刺画に描かれていたことが有力な証拠だとされる。
このように猫鼠同眠の概念には、本来相容れない存在が私利私欲や権力を背景に“同じ寝床”に入るという強い皮肉が込められている。
そして、その結託がいかに組織を腐敗させ、結果として社会に大きな不利益をもたらすかを表す象徴的な言葉でもある。
なぜ猫鼠同眠が起こるのか?
起承転結でいう「起」の部分で問題提起をするならば、「なぜ、権力と弱者、あるいは上司と部下が共謀して不正を行うのか」という疑問を置く。
普通は立場が異なれば利害も相反するはずだが、実際には腐敗や不正が世界中で後を絶たない。
まず背景には以下のような要因があると考えられる。
利益共有のモチベーション
上司と部下の利害が一致する瞬間こそが結託の糸口になる。
上司は責任回避や金銭的利益を得たい。
部下は昇進や組織内での立場強化を狙う。
互いにメリットが合致したときに、猫と鼠が同じ布団で眠る状況が生まれる。
組織的なタガの緩み
企業や官公庁など、多くの人が所属する組織ではガバナンス(統治)やコンプライアンス(法令遵守)のチェックが甘いと不正が起きやすい。
上司が不正を指示し、部下がそれを実行するとき、周囲が「見て見ぬふり」をする文化が醸成されると、腐敗は簡単に組織の隅々まで広がる。
心理的な圧力と心理的報酬
部下は上司の命令や評価によって自身の将来が左右される。
もし上司が権勢を振るい、不正に加担するよう圧力をかければ、部下は断るのが難しい。
一方で不正に協力することで、臨時収入や出世の早道を得られる可能性がある。こうした心理的メカニズムが猫鼠同眠を後押しする。
では「上司と部下の癒着による犯罪」がどれほど世界で起こっているのか。
国際的な調査として参照されるのがPwC(プライスウォーターハウスクーパース)が発表しているGlobal Economic Crime and Fraud Surveyだ。
2022年版によると、回答企業の約46%が過去24カ月で何らかの不正行為を経験している。
その中には上司と部下の共謀による横領や組織的な収賄なども含まれることから、猫鼠同眠は世界的に見ても決して珍しいことではないとわかる。
世界に見る上司と部下の結託事例
ここからは「承」の部分に入り、具体的にどんな事例が世界史に残っているかを掘り下げる。
猫鼠同眠というテーマにふさわしい代表的なケースを二つ挙げる。
まずアメリカ政治史上の一大スキャンダルであるウォーターゲート事件だ。
1972年、アメリカ大統領リチャード・ニクソンの選挙スタッフらが相手候補(民主党)の選挙事務所に盗聴器を仕掛けた事件が発端だった。
当初は部下の独断と見られていたが、後に大統領を含むホワイトハウス関係者が組織的に関わっていたことが明るみに出た。
上司(大統領)と部下(スタッフ)が結託して情報を不正に入手しようとした典型的な猫鼠同眠と言える。
FBIの捜査や報道機関の追及によって真相が暴かれ、ニクソン大統領は1974年に辞任へ追い込まれた。
アメリカ合衆国憲政史上、現職大統領が辞任する初の事例であり、いかにトップとその部下の結託が大事に発展したかを示す事件だった。
もうひとつ、企業不正の代名詞ともなったエンロン破綻事件も有名である。
2001年にアメリカの大手エネルギー企業エンロンが粉飾決算を行っていたことが露呈し倒産した。
当時、世界最大のエネルギートレーディング企業とされていたが、実態は幹部が部下と組んで莫大な負債をオフバランス化し、虚偽の決算報告を行っていた。
裏では複雑な金融スキームと部下の協力による不正取引が常態化していたとされる。
最終的には約2万人以上の従業員が職を失い、株主には数百億ドル規模の損失が発生した。
ここでもトップ(猫)が部下(鼠)を動かして不正を行った結果、組織全体が大打撃を受けた事例と言える。
日本における代表的な事例
次に日本国内の「上司と部下の癒着」事例をいくつか取り上げる。同様に「承」の深掘りという位置づけになる。
ロッキード事件
1970年代に起きたロッキード事件は、元首相田中角栄がアメリカの航空機メーカー・ロッキード社の航空機売り込みに絡み、部下や側近、さらに政財界のキーマンらと結託して賄賂を受け取ったとされる汚職事件である。
金額の大きさや政界のトップが絡んだことから大スキャンダルとなった。
ここでも単独犯行ではなく、政治家(上司)と周囲の関係者(部下や秘書など)が同調し大規模な資金工作を行った。
裁判記録によると、多額のヤミ献金が組織的かつ綿密に動かされていたことが確認され、まさに猫鼠同眠を地で行く内容だった。
組織的談合
日本では公共事業などの発注をめぐる談合も、上司と部下が示し合わせて行う不正の代表例だとされる。
近年では大手ゼネコン同士の談合が大きく報じられたが、その背景には国や自治体の担当部署の上司と部下、あるいは業者との癒着が少なからず存在する。
たとえば2018年のリニア中央新幹線工事をめぐるゼネコン大手4社による談合事件では、社内での意思決定プロセスを調べるうちに、上司が部下を通じて他社との情報交換や入札調整を主導していた形跡が出てきた。
こうした結託によって実際の工事費用が不当に高額化するなど、社会に大きな経済的損失を与える結果につながる。
企業内横領
企業内部での横領事件も、実は上司が部下と組み現金や資産を巧妙に抜き取るケースが後を絶たない。
警察庁の統計(令和3年版犯罪統計書)によると、業務上横領や背任などの摘発件数は毎年およそ1万件前後で推移している。
もちろんすべてが上司と部下の共謀ではないが、実際の捜査事例では「部下が書類を改ざんし、上司が監査をかいくぐるよう後押ししていた」というケースがたびたび見受けられる。
データから見る原因と転換
ここで「転」の視点を持ち込み、問題をさらに別の角度から見ていく。
上司と部下の結託を生む原因は権力構造だけではなく、人間の心理や組織文化の側面に深く根ざしていることが、複数の調査データからわかる。
たとえばACFE(Association of Certified Fraud Examiners)の2022年版Global Fraud Studyでは、従業員による不正は意外にも「組織のトップ層」だけの犯行より、「中間管理職とその配下の共謀」によるものが多い傾向が指摘されている。
トップと現場の橋渡しをするポジションの人物が部下を抱き込むことで、不正が見えにくくなり、内部通報制度や監査の目をすり抜けやすくなるという。
さらに同調圧力とリーダーシップの関係も見逃せない。
カリフォルニア大学バークレー校の研究(2019年発表)では、カリスマ性の高いリーダーのもとでは部下が「忖度行動」を取りやすくなり、それが不正につながるリスクが高まるとの統計結果が示されている。
リーダーが組織の利益を一方的に強調し、厳しいノルマ達成を優先させる場合、部下は競争や圧力に駆り立てられ、業務上の不正を「やむを得ない手段」として正当化する傾向があるという。
このようなデータを踏まえると、猫鼠同眠を「悪い人間が偶発的に行う悪行」という単純な構図で捉えるのは不十分であることがわかる。
むしろ組織の構造的問題や、リーダーシップスタイルに潜む歪み、人間の心理的弱さなどが複雑に絡み合い、結果として上司と部下の結託が生まれるという見方が妥当だろう。
まとめ
これまで挙げた事例やデータを総合的に捉え、猫鼠同眠という構造的腐敗に対する結論をまとめる。
第一に組織的なガバナンスの強化が必須になる。
内部監査や外部監査にとどまらず、第三者機関が検証できる制度を整備する。
とくに上司と部下の関係に透明性を持たせるため、プロセス管理や意思決定の多層化などが有効だ。
意思決定を一部の人間だけに集中させず、レビュー体制をいくつも構築することで「結託の機会」を減らすことができる。
第二に社内文化や心理的要因への対策を重視する。
パワハラや過度なノルマ至上主義など、部下が不正に追い込まれる温床を排除する。
リーダーシップ教育においては、部下が意見を言いやすい環境を整え、誤った方針に対しては「ノー」と言える社風をつくることが大切になる。
特に近年は内部告発制度の整備が進んでいるが、制度があるだけでなくそれが機能しやすい心理的安全性の確立が欠かせない。
第三に、不正を発見したときにすばやく対処する組織能力の構築も求められる。
日本企業では「事が起きてから対応が後手に回る」ケースが目立つが、グローバルに戦う企業であれば不祥事の発覚時に適切な情報公開と再発防止策を迅速に打ち出すことが、ステークホルダーからの信頼回復につながる。
そのためにも、経営陣が倫理やコンプライアンスを最優先課題と捉え、普段から従業員へ繰り返し周知する必要がある。
私はstak, Inc.のCEOとして常に「テクノロジーが人を幸せにするか、不幸にするかは使い方次第」と考えている。
組織の在り方も同じだ。トップと部下が結託すれば最悪のシナリオを引き起こすが、逆にオープンな信頼関係を構築すれば飛躍的な成果を上げることもできる。
その両極端が、まさに猫鼠同眠が示す人間社会の縮図と言えるだろう。
ここでstak, Inc.が取り組んでいる事業に触れておきたいが、詳細を並べ立てることが今回のテーマではない。
むしろ「テクノロジーの力で人々の生活をより豊かにしようとする企業カルチャーが、上司と部下の関係をどうクリアに保つか」を示すことで、本記事を読んだ人が「こうした組織づくりが理想だ」と共感してくれれば、それで十分な価値があると考えている。
結局のところ、不正を防ぐのは制度だけではなく人の意志であり、そこにイノベーションやテクノロジーが役立つなら積極的に活用すべきだ。
猫鼠同眠が繰り返す悲劇を防ぐには、社会全体がデータとエビデンスに基づいて現状を見つめ、具体的な行動を起こすことが必要になる。
今回挙げた事件や統計からも、上司と部下の犯罪結託は決して一部の特殊な例だけではない。
誰もが関わる組織の中で起こりうる、身近な危険要因だと認識しておくべきだろう。
そして、一人ひとりが正しい判断を選択できる土壌をつくれば、猫と鼠が同じ寝床で悪事を企むような状況を遠ざけられるはずだ。
もし自分自身が上司あるいは部下の立場であっても、危うい誘いに対してはしっかりノーを突き付けられる組織文化こそが、最終的に企業や社会の持続的な成長を支える大きな基盤となるだろう。
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