万世不易(ばんせいふえき)
→ 永久に変わらないこと。
万世不易という言葉は、中国の古典などにも登場する「永遠に変わらない」という概念から派生したとされる。
現代では諸説あるが、もともと政治や社会体制が不変であることを願う文脈で用いられてきた背景がある。
例えば『史記』や『論語』などに見られる権威や秩序を“ずっと変わらないでほしい”という願望が、人々の心に強く根づいていた。
それが長い歴史の中で日本に伝来し、いつしか商業や組織で「絶対に変わらない価値」を表す言葉として使われるようになったというわけだ。
しかし実際には、人も組織も、自然界の物質さえも絶えず変化し続けている。
万世不易は理想像として語られがちだが、一方で「不変なもの」を探し続ける行為は、裏を返せば「変わることを恐れる」心理の表れでもある。
だがイノベーションや新技術は変わることによってこそ生まれる。
特に現代はAIやIoTといった新たなテクノロジーが急速に社会を変えつつある。
だとすれば不易を求めて安定を重視する一方で、時には変化を受け入れなければ停滞を招くというジレンマが生じる。
ここまでが万世不易という言葉のざっくりした歴史と背景である。
だが、世の中には「アイツは絶対変わらない」「あの人はもう終わりだ」と否定的に言われていた人物が、あるきっかけによって考え方や行動をガラリと転換し、大きな成功や好転を勝ち取った事例が存在する。
そして逆もまた然りで、かつては模範的な不変ぶりを誇り、偉業を成し遂げてきた人物が、ある変化を選択してしまったがゆえに転落したケースもある。こ
れらを徹底的に洗い出し、人の在り方がどう変わり得るのか、または変わらないことの怖さとは何なのかを掘り下げる。
不変と思われた人物が好転した事例
「絶対に変わらない」と言われた人物が、あるきっかけで180度変わり成功したケースを取り上げる。
代表的な例として挙げられるのがApple創業者のスティーブ・ジョブズだ。
ジョブズは若い頃、独裁的で口が悪く、周囲との衝突が絶えなかったことで有名だった。
彼は1985年にAppleを追放された時点でも「ジョブズは人格的に無理」「いつまで経ってもあのままだ」という評価が業界内で定着していた。
ところがNeXTやPixarを経てAppleに復帰した後、エンジニアやデザイナーとのコミュニケーションを重視し、より協調的な姿勢を見せるようになった。
実際、Apple復帰後のジョブズは初代iMacやiPodの開発チームとのやりとりの中で、自分がエンジニアを理解し、尊重する側に回らなければならないと痛感したというエピソードがある(Walter Isaacson『Steve Jobs』参照)。
この心境の変化がAppleを世界トップクラスのIT企業へと引き上げた一因になったと多くの専門家が認めている。
もう一つ興味深いケースとして挙げられるのが大リーグで活躍した野球選手のアレックス・ロドリゲス(A・ロッド)だ。
彼は類稀な才能を持ちながら、ステロイド使用疑惑や私生活の乱れが常に取り沙汰され、「絶対に変わらない問題児」とのレッテルを貼られていた。
だが後年、メジャーリーグ機構からの長期出場停止処分を機に心を入れ替え、自己管理やメンタルトレーニングを徹底するようになった。
その結果、処分明けのシーズンでは衰えたと言われながらも成績を盛り返し、チームの中でリーダーシップを発揮し始めた。
さらにメディアへの対応も格段に良くなり、解説者としても高い評価を受けるに至った。
この事例からも、人が一度固まってしまった評価を変えることは可能であるとわかる。
実際、メジャーリーグ公式サイト(MLB.com)のインタビューでも、彼自身が「もう少し早くこの心境に至れたら良かった」と悔やんでいるように、あのA・ロッドが変わった事実は大きな驚きだった。
変化によって悪転した人物の事例
一方で、かつては模範的な不変ぶりを誇っていたにもかかわらず、悪い方向へ変化を遂げてしまったケースも紹介する。
ここで例に挙げられるのが、マイク・タイソンだ。
ボクシング界で史上最年少の世界ヘビー級王者となり、その強さゆえ「鉄のマイク」と称されていた頃のタイソンは、厳格なトレーナーであるカス・ダマトの教えを忠実に守り、ストイックにトレーニングに取り組む姿勢が高く評価されていた。
ところが師と慕ったカス・ダマトの死後、富や名声を得たタイソンは周囲の環境を一変させてしまい、その結果、自堕落な生活やトラブルの連発によってボクサーとしての実績が失速してしまった。
かつては確固たるスタイルで王座を守ってきたが、その安定感は失われ、あれほどの資質を持ちながらキャリアは大きく下り坂に入った。
本人も後に自伝で「自分を正しく導いてくれる人を失ったのに、誰にも頼らず変わってしまった」と述懐している。
これは不変だったはずのストイックな精神が緩んだことで、悪転につながる象徴的なケースといえる。
もう一つの事例としては、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレンの例を挙げたい。
マイクロソフト創業時、アレンはビル・ゲイツと並んで天才的なプログラマーであり、長年にわたって一貫したビジョンを持って製品の開発を主導していた。
しかし徐々に投資事業やスポーツ事業など他分野に乗り出すにつれ、自身の創業時からの「集中して全力を投じる」というスタンスを変えていった。
その結果、投資面では成功といえる案件がいくつもあったものの、肝心のIT分野ではビル・ゲイツやスティーブ・バルマーほど目立った功績を挙げられず、マイクロソフト社内での影響力が低下したという指摘があった(『Idea Man: A Memoir by the Cofounder of Microsoft』参照)。
かつての彼はプログラム開発への没頭を不変のスタイルとしていたが、自ら新しい分野に乗り出す選択をした結果、周囲から「薄く広く手を出しただけ」という見方をされるようになったのである。
そして、最終的にはビル・ゲイツとは経営方針の点で距離が広がってしまった。
このように、変化が良いほうへ傾くとは限らない。
25歳までに人格は固まるのか科学的根拠を探る
よく「25歳までに人格は形成され、そこからはそう簡単に変わらない」という話を耳にする。
私自身もこの考え方をベースに、人の根本的な部分はそう簡単には揺らがないと捉えているが、実際のところはどうなのか、心理学や脳科学の研究から少し掘り下げる。
心理学の領域では、ビッグファイブ理論(Costa & McCrae, 1992)をはじめとする人格特性の研究が盛んに行われてきた。
その結果、神経症傾向や外向性、誠実性などの特性は成人前半から中年期にかけて比較的安定するとされている。
一方で、新しい経験を好む姿勢や協調性は、年齢とともに緩やかに変化するというデータもある。
アメリカのミシガン大学が2016年に発表した縦断研究では、人格特性の変化率は25〜30歳までに最も顕著となり、それ以降は変化幅が狭まると示されている。
さらに脳科学の見地からも、人間の前頭前野は25歳前後まで発達が続き、特に判断力や衝動性のコントロールに大きく影響を与えるとされる。
ハーバード大学の研究グループ(Casey et al., 2008)も、脳のExecutive Function(実行機能)は25歳頃まで成熟し続けると報告している。
これらの研究を総合すると、やはり25歳前後までに人格の枠組みが形成される可能性は高い。
一方、社会環境や劇的なライフイベントがあれば、その後の人格や行動パターンにも大なり小なり影響を及ぼす。
ただし、若い頃に築きあげた根っこの部分を完全に塗り替えることは難しいというのが主流の見方だ。
人はなぜ変わりにくいのか人格形成のロジック
人がなぜ変わらないのか。
その根底には脳が「省エネ思考」を好むというメカニズムがある。
新しい行動や思考パターンを学習するには多大なエネルギーを必要とするため、できるだけ既存の回路で済ませようとするわけだ。
さらに経験則や成功体験、あるいはトラウマといった記憶が強固に刷り込まれるほど、その回路を変えるには相当の努力や外部からの強制力が必要となる。
また、アメリカ心理学会(APA)の発表によると、人の行動変容には「準備段階」「実行段階」「維持段階」というプロセスを経る必要があるとされる。
つまり、まずは変わりたいという意識や情報収集があって、次に具体的な行動を始め、そしてある程度続けることで習慣として定着する。
ただし、この段階を進むにはタイミングや動機づけが不可欠で、特に成人以降になると失敗体験を恐れる防衛本能が強く働くため、一歩を踏み出すこと自体が難しくなる。
だからこそ、よほどの大きな出来事(失敗や病気、周囲からの強い叱責など)がない限り、人は劇的には変わらない。
ジョブズやA・ロッドは、それこそApple追放や長期出場停止という大きなダメージがあったからこそ、思考回路を再構築するに至ったという面が大きいだろう。
人格形成とテクノロジーの可能性
では、この変化しづらい人間の人格形成をアシストするテクノロジーにはどんなものがあるのか。
AIやIoTが進化する現代では、以下のような取り組みが始まっている。
一つはAIを活用した認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)支援アプリの存在だ。
例えばWoeBotというAIチャットボットが有名で、うつ傾向にあるユーザーに対して日常的な会話を通じて認知の歪みを修正する手助けをしてくれる。
こうしたアプリを使うことで、自分のネガティブ思考に気づき、客観的に分析・修正する習慣を作るサポートが得られる。
ただしAIはあくまで手段であり、実際に行動を起こすのは本人次第という限界もある。
もう一つはIoTデバイスとの連携による行動ログの可視化だ。
スマートウォッチやスマートスピーカーなど、日常生活のあらゆるシーンを記録し、行動パターンや感情の揺れを数値化することで、習慣の改善やメンタル面の維持をサポートする。
stak, Inc.が提供しているような“機能拡張型”デバイスとの連携が進めば、単なるデータ取得にとどまらず、生活を円滑にするアシストやパーソナライズドな行動提案など、より踏み込んだサポートができる可能性がある。
実際、IoT分野は今後さらに拡張が見込まれ、生活習慣をモニタリングして自動的にフィードバックを与える仕組みが進化し続けるだろう。
これにAIを組み合わせれば、従来の人間関係だけでは補えない継続的かつ客観的なサポート体制が確立できるはずだ。
もちろん最終的に行動を選択するのは当人であるが、「変わる」ための後押しとしてテクノロジーが寄与する余地は大きい。
まとめ
万世不易を人に当てはめると、「あの人は絶対変わらない」という固定観念に行き着くことが多い。
しかし実際の事例を見れば分かる通り、大きなきっかけさえあれば人は変わることがある。
一方で、良い意味で不変だった部分を捨てた結果、悪転してしまうケースも存在する。
だからこそ、変化と不変は表裏一体の課題といえる。
科学的な観点からは、25歳前後までに人格の大枠が固まり、その後はよほどの環境変化や強い動機がない限り大きくは動かないというのが実情だ。
それでもAIやIoTといった最新のテクノロジーをうまく活用すれば、行動パターンや認知の歪みを修正しやすくなり、変化のためのハードルを下げることが可能になる。
そのテクノロジーの一つとして、stak, Inc.が展開する拡張型デバイスも、その人固有のデータに基づくサポートを実現し、生活をより便利に、そしてより良い方向に舵取りする力を持つはずだ。
万世不易という言葉を人に当てはめるならば、永遠に変わらない部分は確かに存在するものの、それはあくまで人格の根幹となる基盤に過ぎない。
重要なのは、そこに囚われ過ぎて思考停止に陥らないことだ。
実際にジョブズやA・ロッドのように追い詰められたからこそ大きな変化を遂げた人物もいれば、タイソンやポール・アレンのように変化した結果、かえって悪い方向へ行ってしまった例もある。
結論として、人は本質的には変わりにくいが、動機と環境次第では好転も悪転も起こるということだ。
経営やIT、IoT、AI、クリエイティブ、そしてブランディングやマーケティングの世界でも同じことがいえるだろう。
変わらない大切なコアバリューを守る一方で、必要とあれば柔軟に変化を取り入れる。
そのバランスこそが、これからの企業経営や個人のキャリアを左右する。
実際、世の中は刻一刻と変わっていく以上、万世不易という理想にしがみついているだけではチャンスを逃す。
この矛盾をどう乗りこなしていくかが勝負であり、これこそが変わらないようで実は変わり続けている、時代の動きともシンクロする経営の要諦だ。
▼ 参考文献およびエビデンス
・Walter Isaacson『Steve Jobs』
・Alex Rodriguezインタビュー:MLB.com
・Mike Tyson自伝『Undisputed Truth』
・Paul Allen『Idea Man: A Memoir by the Cofounder of Microsoft』
・Costa & McCrae, 1992: The Five-Factor Model of Personality
・ミシガン大学のパーソナリティ縦断研究(2016年)
・Casey et al., (2008) Frontostriatal connectivity and its role in cognitive control. Harvard University Press
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