爬羅剔抉(はらてきけつ)
→ 隠れた人材をあまねく探しあてて用いること。
「爬羅剔抉」という言葉は、本来あまり耳にする機会が多くない特殊な表現である。
日本語においてこの言葉を使う文献は非常に限られているが、その意味するところは「隠れた人材をあまねく探し当てて用いること」に近い解釈で知られている。
ただし、古典的な文脈では文章中の瑕疵(かし)や瑣末(さまつ)な部分を綿密に洗い出すという用例も存在し、必ずしも人材に特化した表現ではなかったという指摘が『和漢朗詠集』や『日本国語大辞典』などで見受けられる。
この言葉が通俗的に「隠れた人材を徹底的に探し出す」ニュアンスで語られるようになったのは、主に近世以降の人材登用に関する文脈と結びついた時期だと考えられる。
そもそも、日本を含む東アジア圏には中国文化の影響が色濃く残っており、「科挙」や「郷試」を通じて優秀な人物を官僚として登用する仕組みを歴史的に持っていた。
科挙制度では膨大な人口のなかから知識・文章力・政治運営の才を持つ人間を選別していたが、それを「爬羅剔抉」によって隅々まで探し出している、と表現されることがあった。
実際、江戸時代以降の儒学者や知識人のあいだで、この言葉が「宝の原石を見落とさずに拾い上げる」という文脈で紹介されるようになったとされる。
このようにして日本語圏でも「爬羅剔抉」という言葉がいつしか「人材探索」の代名詞として一部で用いられるようになったと推測できる。
現代の経営、IT、AI、IoTなどの分野でも、企業がいかにして埋もれた人材を発掘し、どのように育成し、組織の成長に生かすかは至上命題といっても過言ではない。
したがって、言葉そのものの認知度は低くても「爬羅剔抉」という概念は、今まさに現代にも通じる最先端の課題を背負った考え方であるといえる。
歴史的に見た隠れた人材の発掘手法
「隠れた人材をあまねく探す」と一口に言っても、それは極めて難しい。
人間にはバイアスがあり、トップの人間が認知していない優秀な才能を内包している者は歴史上いたるところに埋もれていた事例が多い。
ここでは誰よりもどこよりも詳しく、歴史上具体的にどうやって優秀な人材を見極め、確保してきたのかを挙げる。
まず古代中国の科挙制度は有名である。
中国では隋(ずい)の時代に科挙が始まり、唐・宋・明・清と断続的に続いた。
受験資格は門戸開放されていると言いつつも、実際にはある程度の教育を受けることができる家庭環境でなければ試験勉強すらできなかったという制約はあった。
しかしながら、それまで貴族が独占していた官僚登用を一部でも平民に門戸を広げたという点で画期的だった。
時の皇帝や宰相たちはこの制度を「抜擢すべき才人を見落とさない仕組み」として重視しており、まさに「爬羅剔抉」の思想の現れとして評価される。
つぎにヨーロッパに目を向けると、ギリシャのポリスやローマ帝国時代には、才能を見抜く手法として師弟制度やパトロン制度が機能していた。
ソクラテスやプラトンは対話形式で弟子の才を引き出す手法を取り、その過程で隠れた天才を伸ばすことがあったとプラトンの対話篇に記録がある。
ルネサンス期には美術や建築の分野でパトロンが才能を庇護し、ダ・ヴィンチやミケランジェロといった天才的な人物を世に送り出す仕組みが整えられた。
これらも「人材を綿密に探し当てる」という発想が背景にあり、政治や学問の世界と同等に重視されていた面がある。
さらに日本史では、戦国時代の武将が各地で「地侍」や「浪人」を召し抱えて軍事力や政治力を強化した例が挙げられる。
織田信長が明智光秀や豊臣秀吉を見いだしたことは、軍事面のみならず革新的な政策に生かすために有能な人材を積極登用する先見の明があったとされる。
江戸幕府も、幕臣や大名に対して奉行所での官僚登用を進める際に、学問所や寺子屋で学力や素行を調べて有望な人材を城下へ引き立てる仕組みをつくったという史料が残る(『江戸町触集成』など)。
表立った制度こそ科挙ほど大規模ではなかったが、学問と統治能力を評価材料とする仕組みは、かなり早い段階で導入されていた。
このような例は枚挙に暇がないが、いずれも「広く人材を探して集める方法」をある種の制度や仕組みとして確立していた点が特徴。
あらゆる時代で爬羅剔抉が重要視された背景には、既存の支配階級だけでは十分に新しいイノベーションや国・組織の発展を維持できないという危機感があったとも考えられる。
世界各国が行ってきた具体的な優秀人材の探索事例
上記で紹介した科挙やパトロン制度だけでなく、近代以降に世界各国が行ってきた事例を更に深掘りする。
誰よりもどこよりも詳しく紹介するために、以下の具体例を挙げる。
アメリカのタレント発掘システム:大学と企業の連携
アメリカでは第二次世界大戦後、連邦政府の支援によって大学に研究資金が大量投入された結果、大学が高度な研究機関として機能し始めた。
マサチューセッツ工科大学(MIT)やスタンフォード大学といった名門校は企業との連携を強化し、学内から数多くのスタートアップが生まれていった。
この過程で、優秀なエンジニアや経営者予備軍をいち早くピックアップし、研究成果と結びつける仕組みが確立された。
「隠れた天才を研究室から引っ張り上げてビジネスに活かす」という点で、まさに現代版の爬羅剔抉ともいえる。
旧ソ連の科学者囲い込み政策:計画経済下での人材育成
旧ソ連でも、冷戦期には宇宙開発や軍事技術を中心に優秀な研究者を徹底的に囲い込んだ。
特にスプートニク打ち上げや有人宇宙飛行の成功で知られるセルゲイ・コロリョフのチームは、全国の大学や研究機関から卓越した数学者や物理学者を召集した。
ここでは国家が主導して人材発掘を行っており、有望な人材には住宅や高給などの特典を付与することで集中して研究に没頭できる環境を用意した。
これは政治的イデオロギーと結びつく側面が大きかったが、急速に成果を出すうえでは効果的なモデルだった。
ドイツのデュアルシステム:職業教育による隠れた匠の育成
ドイツには「デュアルシステム」と呼ばれる職業教育制度がある。
企業内実習と学校教育を同時並行で行い、若者に専門的技能を身につけてもらう方式だ。
これにより、学歴の高低だけで判断するのではなく、実際にものづくりを体験した中で隠れた才能を開花させることを目指す。
高度なマイスター制度につながり、製造業や職人文化の底力を支える仕組みとして評価される。
イスラエルの国防軍IT部隊「8200部隊」:ベンチャー創出の源泉
イスラエルがハイテク先進国と呼ばれる一要因は、国防軍の情報部隊「8200部隊」で多くの若い才能を集め、極限の実践環境で鍛え上げることにある。
そこから退役後に起業するエンジニアが多く、サイバーセキュリティ分野やAI分野で目覚ましい成果が出ているのは周知のとおり。
この仕組みは、国家存亡の危機意識を背景に「優秀な若者を早期に発掘し徹底的に訓練する」という点で爬羅剔抉の哲学を体現している。
これらの世界各国の例が示すように、優秀な人材を隅々から探し出すには、国家政策・教育制度・企業連携など複数の要素が複合的に絡み合う必要がある。
単に「試験を導入すれば人材が見つかる」というものではなく、才能を見抜く眼力と、それを活かす仕組みを同時に整備すること
が重要だという共通項が確認できる。
日本の若者不足問題と爬羅剔抉の関連性
現代の日本では急速な高齢化が進行し、若者が圧倒的に不足していると言われる。
総務省が公表している「令和3年版 高齢社会白書」によれば、2020年時点で65歳以上の高齢者人口比率は28.7%に達している。
一方、15歳から64歳までの生産年齢人口は全人口の59.5%程度にまで減少し、今後も加速度的に低下していくと予測される。
結果として、労働人口そのものが減少していくことは避けられない。
この状況において、「隠れた人材を探す」という発想はますます重要性を増している。
なぜなら、若者の絶対数が減れば、従来のように大量に新卒を採用し、その中から優秀な人材を自然淘汰的に伸ばしていくモデルが限界に達するからだ。
さらにデジタル化の波によって求められるスキルセットが激変しており、IT・AI・IoTといった新分野で活躍できる人材は、現状では希少と言わざるを得ない。
ここで注目されるのが、企業や自治体が「現役を引退したシニア人材」や「地方で埋もれている若者」、「海外在住の日本人」など、多様な層をあまねく探索し、活躍の場を提供する動きである。
また、外国人材を積極的に招き入れる事例も増えている。
日本政府は高度外国人材の在留資格緩和を進めており、実際に海外からAIエンジニアを呼び込むIT企業も出てきている。
隠れた人材をあまねく探すには、年齢や国籍に捉われず、柔軟な発想で採用やコラボレーションの仕組みを組み立てる必要があるといえる。
さらに近年ではSNSやオンラインコミュニティを活用したリクルーティング事例が増加しており、TwitterやYouTube、LinkedInなどで個人のスキルや実績を可視化する手法が広まりつつある。
会社組織や学歴だけが才能の指標ではなくなりつつある現代においては、こういったデジタル空間での人材発掘が爬羅剔抉の新たな形となっていると言っても過言ではない。
AI時代の組織形成と人材のあり方
AI時代において人がやらなくてもいい仕事は確実に増える。
ロボティクスやIoTによって、ルーチンワークや単純労働の大部分が自動化される可能性が高い。
世界経済フォーラム(WEF)が2018年に発表した「The Future of Jobs Report」では、2025年までに現在の仕事の約半数が自動化の影響を受ける可能性を示唆している。
これは逆に言えば、これまで生まれていなかった新たな職業や人材需要も増えることを意味する。
AIが代替できる仕事は、必然的に人間のクリエイティビティやホスピタリティが介在しなくても問題なく回る仕事ということになる。
では、人間にしかできない仕事は何か。
それは高度なコミュニケーション、創造性、あるいは複雑な調整力と人間関係の構築など、AIが完全には再現しづらい領域と言える。
企業において組織を再編する際も、このAI時代の潮流にどれだけ対応できるかが生き残りのカギとなる。
例えば、新規事業を創出するためのアイデア創出やマーケティング戦略の立案、ブランドイメージの構築、エンタメ要素を活用したPRなどは、AIに丸投げできるわけではない。
一方で、大量のデータを短時間で集計・分析するようなタスクや定型的な情報処理はAIに任せることが合理的だ。
ここで「爬羅剔抉」の精神が再び重要になる。
AIにはない発想や人間ならではの情緒的なアイデアを生み出せる人材は、組織にとって戦略的に不可欠な存在となる。
特にITやマーケティングの分野では、データ分析とクリエイティブの両面を高い次元で繋げられる人物こそが真にレアな人材と言える。
IoTを活用した新サービスの企画でも、技術と利用者のニーズを結びつける「橋渡し役」がいなければ一歩抜きん出たイノベーションは起こせない。
AI時代の組織作りで求められるのは、「隠れた才能を理解し、最適なポジションへ配置する」柔軟なマネジメントである。
従来のように決められた職務記述書だけで人を裁量していては、新興技術や急激な社会変化に対応できない。
企業が生き残るには、人材配置をダイナミックに変えていく覚悟が必要であり、それこそが爬羅剔抉を実践するベースとなる。
まとめ
ここまで述べてきたように、爬羅剔抉という言葉自体はあまり一般には馴染みがないが、その本質は「隠れた人材を探して活用する」という考え方にある。
歴史をひもとけば、古代中国の科挙に始まり、ヨーロッパのパトロン制度や日本の戦国大名の人材登用など、あらゆる社会がそれぞれの形で「埋もれた才能」を見つけ出そうとしてきた。
近代以降では、アメリカの大学と企業の連携、旧ソ連の科学者囲い込み、ドイツのデュアルシステム、イスラエルの軍部隊など、国や文化が違えど同じ目的を持つ事例が存在する。
現代の日本は、少子高齢化による若者不足だけでなく、社会全体のデジタルシフトに追いつけていない部分がある。
だが、だからこそ固定観念に囚われずに広く人材を探し、AIやIoTが可能にする新たな視点から適材適所を組み合わせる好機とも言える。
実際、SNSやオンライン学習プラットフォームから個人のスキルやプロジェクト実績を探索する事例も増えており、企業や組織はネットワークを駆使して優秀な人材を登用している。
AI時代の加速によって、今後、人間がどの領域で力を発揮すべきかがより明確になってくる。
定型業務はAIが処理し、人間は柔軟な思考とコミュニケーションを駆使するようになる。
このとき、組織が真っ先に行うべきは「自社が知らない才能」を見つけにいくこと、すなわち「爬羅剔抉」の精神を体現することである。
隠れている可能性のある天才は、学歴や資格といった古い物差しでは測れないかもしれない。
それでも多様な背景を持つ人と出会い、関係を築き、自社のビジョンやプロジェクトに合った場所へ配置することこそが、これからの時代をリードする組織づくりの基本になってくる。
stak, Inc.として、機能拡張型IoTデバイス「stak」を企画・開発してきた経験から言えるのは、イノベーションを巻き起こすには必ず“余白”を用意する必要があるということ。
製品開発でも、既存の機能やスペックだけで語るのではなく、そこに新しい拡張性やユーザー体験を加えるための“余白”をデザインする。
人材登用も同じで、初めから先入観で枠を作りすぎると、そこからはみ出した「本当に優秀な人材」を見逃してしまう可能性がある。
今こそ、従来の採用方法をアップデートして、デジタルツールを活用しながらさまざまな個人を探し当て、抜擢し、互いにコラボレーションできる環境を整えることが必要だ。
特に若者の数が減る中で、狭いプールから人を採るだけでは勝ち残れない。
海外とのハイブリッドな組織編成や、シニアエキスパートと若者の協業、リモートでの越境採用など、やり方は無数にある。
要は「探し方」をアップデートし続ける姿勢を持ち、「自分たちの知らない場所にいる才能」を積極的に発掘しようという意思を持つことが肝要だということである。
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