出処進退(しゅっしょしんたい)
→ 今の職や地位に留まるか退くかを決めること。
人的資本という言葉が注目を集めている。
人的資本とは、個人が持つ知識、スキル、能力、経験、人脈など、経済的な価値を持つリソースのことを指す。
また、人的資本は個人が自己投資や教育などを通じて獲得し、その結果として将来的により高い報酬を得ることができるようになるという側面もある。
例えば、高度な専門知識を持つ医師や弁護士、プログラマなどは、その専門知識に基づくスキルを提供することによって、より高い報酬を得ることができるという具合いだ。
同様に、経験豊富な管理職や経営者は、彼らが持つビジネススキルやネットワークを活用することで、成功した企業を運営することができる。
つまり、人的資本は、個人の経済的な成功にとって重要な要素であり、また企業や国家レベルでも重要な役割を果たすというわけだ。
企業は従業員の能力やスキルに基づいて報酬を設定することで、より高い生産性や利益を得ることができる。
同様に国家は、教育や研究開発などを通じて人的資本の向上を図ることで、長期的な経済成長を促進することができるというわけだ。
そんな人的資本についてまとめていく。
人的資本に関する情報開示の潮流
2023年3月期決算以降、人的資本に関する情報開示が義務化された。
義務化の対象は、有価証券報告書を発行する大手企業4,000社だが、中堅企業や中小企業においても人的資本開示は重要なテーマとなっている。
その背景は、海外でESG(環境・社会・ガバナンス)投資が広まり、2018年には国際標準化機構(ISO)が人的資本の情報開示ルールをISO30414として制定したことに始まる。
その流れを受けて、日本では2020年9月に経産省から、持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究報告書が公表された。
また、2021年6月に東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改定して、人的資本への投資について具体的に情報を開示・提供すべきであるという記載が盛り込まれた。
さらに2022年8月には内閣官房・非財務情報可視化研究会が人的資本可視化指針を公表された。
こういった流れから、非財務資本への関心の高まりとともに、人的資本開示に向けた取り組みが企業に求められているというわけだ。
なぜ人的資本が注目されているのか?
なぜ人的資本が注目されているのか、その分析をするためには、まず資源と資本の違いについて確認する必要がある。
ヒト・モノ・カネ・情報は、経営資源を構成する4つの要素と言われてきた。
ヒトを資源と捉える人的資源では、人材はコストとして消費されるものであり、最小限に抑えることが効率的な経営とされる。
一方で、人的資本では、人材は利益や価値を生み出す源泉であり、人材に対して支出する給与や育成費用等はコストではなく投資として捉えられる。
投資家の視点では、人材への投資に対してどのくらいのリターン(利益)が得られるのかが重要になる。
となると、企業評価の最重要開示基準の1つとして、人的資本ROI(Return On Investment)が注目されるというわけだ。
内閣府の発表した平成30年度年次経済財政報告では、人的資本投資額が1%増加すると労働生産性が0.6%増加すると試算されている。
日本の人材投資の実態
ところが、日本の人材投資は諸外国と比較して極めて低いのが現状だ。
日本ではOJT中心の人材投資が行われており、その時間を賃金に換算すると諸外国の研修費用と比較しても見劣りしないという捉え方ができる。
一方で、OJTは社内のノウハウを効率的に身につけることには適しているが、技術革新やビジネスモデルの変化が急速に進んでいる状況では社員育成の効果は期待できない。
リスキリングやリカレント教育等の学び直しが注目されている現在では、OJTのみでは限界があり、このような背景から人的資本に対する投資という課題認識が高まっているのである。
人的資本開示に関する指標
ということで、注目している人的資本をどのように指標化して開示していくべきなのか、具体的に書いていこう。
実は、人的資本の開示に関する基準や枠組みを、いくつもの団体が策定している。
特にISOには、生産性(人的資本ROIを含む)や人材育成、従業員の安全・健康に関する多岐に渡る項目が設定されている。
ISO
ISOとは、1947年に設立されたスイスのジュネーブに本拠地を置く国際標準化機構のことだ。
国際標準化機構の英語表記は、International Organization for Standardizationであり、その頭文字を取った略称のISOというわけだ。
ISOの主な活動は国際的に通用する規格を制定することであり、ISOが制定した規格をISO規格という。
ISO規格は、国際的な取引をスムーズに行うために、製品やサービスに関して同じ品質や同じレベルのものを世界中で提供できるようにしようとする国際的な基準だ。
規格の制定や改訂は、2014年現在で日本を含む世界165ヶ国の参加国の投票によって決められることになっている。
身近な例として、イソネジ(ISO68)、フィルム感度(ISO5800)、非常口マーク(ISO7010)といった製品そのものを対象とする、製品規格がある。
一方で、製品そのものではなく、組織の品質活動や環境活動を管理するための仕組みについてISO規格が制定される、マネジメントシステム規格がある。
品質マネジメントシステム(ISO9001)、環境マネジメントシステム(ISO14001)、人材マネジメントシステム(ISO30414)といった規格が該当する。
ISO30414
ISO30414は、人材マネジメントに関する情報開示のガイドラインとして2018年12月に制定された。
これは企業の内外問わず関係者に向けて、人的資本に関する情報をどのように報告すれば良いかという指針であり、企業の透明性を高めることを目的としている。
まさに、今回のテーマである人的資本に関わるところだ。
また、企業の規模や業種、業態に関わらず、すべての組織に適用可能なガイドラインとしている。
ガイドラインでは、下記の領域に関する指標を定めている。
- コンプライアンスと倫理:法規範・社内規範・倫理規範等に対するコンプライアンスの測定指標
- コスト:採用・雇用・離職等労働力のコストに関する測定指標
- ダイバーシティ:従業員と経営層の多様性を示す指標
- リーダーシップ:リーダーシップに対する信頼やリーダーシップ開発等の指標
- 組織文化:エンゲージメント等従業員意識と従業員定着率の測定指標
- 健康・安全:労災や安全衛生等に関連する指標
- 生産性:労働生産性や人的資本への投資効果に関する測定指標
- 採用・異動・離職:採用・異動・離職の人事マネジメントに関する企業の能力を示す指標
- スキルと能力:従業員個々のスキルや能力開発に関する指標
- 後継者育成:経営層や幹部等の候補者に対して後継者育成がどの程度行われているのかを示す指標
- 労働力:従業員数や業務委託、休職等の指標
そして、ISO30414では、11の人的資本領域において58のメトリックが設定されている。
大企業では社内向けに58のメトリックと社外向けに23のメトリック、中小企業では社内向けに32のメトリックと社外向けに10のメトリックについて、定量化して報告することが求めらている。
ISO30414の導入で期待される効果
そんなISO30414の導入によって期待される主な効果としては、下記の内容が挙げられる。
人事戦略の効率化
人事戦略とは、企業の採用活動や人材の育成や配置等の人事に関する業務やオペレーションを改善し、組織の生産性を高めていくための戦略を指す。
人的資本の状況をISO30414の指標に沿って数値化することで、人的資本の把握や課題発見、改善施策の立案や実行を迅速に行うことができ、人事戦略をより効率的に推進することが可能となる。
ステークホルダーへの透明性の高い情報提供
ISOが定めた国際的な基準をもとに数値化された人的資本情報を開示することで、投資家をはじめとするステークホルダーが企業の人的資本の状況を把握できる。
つまり、これまで以上に適正な評価を受けることで企業価値が向上するというわけだ。
また、求職者は労働環境を重視する傾向にあり、人的資本の情報公開により求職者も情報収集しやすくなることで採用活動において他社との差別化を図ることができる。
HRテクノロジーの健全な推進
人事分野で発達しているHRテクノロジーを活用することで、従業員満足度や生産性等の向上が望める。
一方で、HRテクノロジーには個人情報漏洩やプライバシー保護に関する問題を引き起こす危険性がある。
ISO30414に基づく情報開示は、人材情報の効果的な活用や不正利用抑制につながるHRテクノロジーには欠かせない事項となる。
従業員のスキルや生産性の高まりによる企業価値向上
ISO30414では、従業員のスキルや能力を資本と捉えており、人的資本へ投資による人材の成長を通じて生産性が高まり、企業の価値が向上する。
まとめ
人的資本開示についてISO30414の紹介を含めて書いてみたがいかがだろうか。
とはいえ、ISO30414には多数の項目が存在しているので、自社の開示状況を定量的に把握することは容易ではない。
ということで、簡易的に開示状況を測定できるメソッドも存在している。
企業として世の中に求められている開示情報は時代と共に変遷している。
この人的資本に関する情報開示もまさにその1つであることは知っておいた方がいいし、必要に応じて対応すべきところだろう。
一方で、細かすぎる情報開示は企業にとっても負担になる部分があることも示唆しておこう。
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