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2022年11月7日 投稿:ueda

資格を取ることの意味と士業について

孤陋寡聞(ころうかぶん)
→ 見識が狭く偏っていること。

見識が狭く偏っているという書き方をするとネガティブに聞こえるが、専門知識があるという書き方になると一気にポジティブになる。

なにが言いたいのかというと、言い方1つでネガティブにもポジティブになるということだ。

その1つのカテゴリが資格についてで、その業界が士業だ。

資格を取るということ

資格を取れば仕事に困らないと思っている人は案外多くて、それは幻想であることを予め書いておこうと思う。

安定を求める人の多くは資格を取ることを目標とするが、残念ながら資格を取るという行為事態で安定の確約などできないことを私は知っている。

典型的なのが公務員だろう。

公務員になれば安定するというマインドの人が世の中には多くいる。

ここで重要なのは、安定の概念だ。

多くの人にとって、安定はお金のことだろう。

ただ、私にとって安定というものはそんなに薄っぺらいものではないし、そもそも求めるものではないという概念だ。

確かに、公務員になれば景気に左右されず給与は安定するかもしれないが、それは総合的な安定なのだろうか。

安定とはメンタル面に依存する部分が大きいもので、給与面だで安定すれば全てが安定するなんて幻想に過ぎないということを述べている。

つまり、公務員を否定しているわけでもないし、資格を取ることを批判しているわけではない。

問題なのは、なんのために資格を取るのかということの意識だということを主張しているのである。

これは大学受験や就職活動に似ている側面がある。

大学受験はなりたい自分があってその目的達成のために行きたい大学へ行くために行うものだし、就職活動は自分の働きたい企業へ自分を売り込むことだ。

けれども、大学に合格することや企業に就職することが目標になっているというズレが生じているのと同様だといっている。

要するに、資格を取ることが目的になっているうちは、資格を取った後に道は拓けないということだ。

弁理士資格を目指したこと

何度か紹介しているのでご存知の方もいるだろうが、私は大学3年生のあたりから弁理士試験を目指していた時期がある。

というと、法学部だと思われることもあるのだが、私が所属していたのは文学部だ。

なので、弁理士などかすることもない学部なのだが、なぜ弁理士を目指そうと思ったのかというと、単純に特許に興味があったからである。

特許権とは発明を保護するための権利だ。

そして、発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち、高度のものをいい、特許発明とは特許されている発明のことをいう。

特許権を取得すると、自身の特許発明の実施を独占できると共に、第三者が無断でその特許発明を実施していればそれを排除することができる。

この独占できるというところと第三者を排除できるという言葉だけをみると、かなり強力な権利が与えられる世界に興味を持ったのである。

大学3年生の中盤までにはしっかり単位も取っていたこともあり、専門学校に通いながら弁理士試験に望んでいった。

弁理士になるために、特許権、実用新案権、商標権、意匠権、著作権といった権利についての法律を学んでいくわけだが、合格率はかなり低い難関資格である。

結局、2回ほど受験するのだが、いずれも失敗に終わり2年という月日を過去のものにした。

そして、弁理士資格を取得することを諦めるわけだが、そのきっかけはとあるスタートアップの社長の影響だ。

それは、植田くんが必死に弁理士資格を目指していたからなにも言わなかったけど、なぜ弁理士を雇う側に回らないのかという投げかけだった。

今ならそりゃそうだの一言で終わる話なのだが、当時の私は弁理士になることしか頭になかったので衝撃しかなかった。

俺たち経営者は士業の人たちを仲間にしてやりたいことをやっていくんだが、士業を志ざせばそのことだけを生涯やらないといけなくなるという話だ。

もちろん、そういった志がある人を否定するつもりもないし、むしろ1つのことを極める人にはリスペクトがある。

ただ、今の時点で生涯を決めるような選択をすることに後悔しないといえるほどに弁理士になりたいのかという問いかけに私は金槌で頭を殴られたようだった。

私は自分自身の性格の1つに飽きっぽいということがあることを知っていたので、生涯同じことをできるタイプではない。

となると、士業に向いていないし、経営者というものの奥行きを感じた。

こうして、私の士業への道は自らの手で封印したのである。

敬意を表する士業の人たち

上述したとおり、私自身が士業の道を選ぶことはなく、今後の人生においてもその選択肢はないだろう。

けれども、私が経営者である以上、士業の人たちとは密接な関係は続くだろう。

そして、現在の私の周りには優秀でとても頼りになる士業の先生たちがいる。

ただ、ここにたどり着くまでには少々時間がかかった。

起業をした当初は士業の人たちとのコネクションなんて皆無だったし、なにかトラブルがあったときにはどうしていいか正直わからないこともあった。

ビジネスをしていると悲しいかなトラブルは必ず起こる。

そんなとき、自分自身で解決しようとする人も多い。

かくいう私も、どうしていいのか不明だったこともあり起業当初はそうしている場合もあった。

まずは自分でやってみるというスタンスは重要で今でもそれを実践しているのは事実だが、専門分野においては限界があることはすぐに悟った。

そこを自分でやっていては効率が非常に悪く、返って複雑になって貴重な時間を奪われることに気づいたのである。

そこで、士業の先生たちに任せていくのだが、最初から納得のいく人たちが見つかったわけではない。

そこから、stak, Inc. にとって欠かせない弁護士、税理士、社労士、弁理士の先生たちが心強いサポートをしてくれているのだが、全ての先生に共通するのが、ノリの良さかもしれない。

起業した当初に紹介してもらった士業の先生たちは銀行からの紹介がほとんどだった。

となると、どうしても地元の優秀な先生たちという目線になるので、歴史のあるとかずっと士業でやっている先生たちになる。

もちろん、そういった先生たちも優秀なのだろうが、軒並み私には合わなかった。

というのも、ITの分野で起業しているわけだから最新のテクノロジーや情報に触れていないと理解できない部分も多く、なかなか事業内容が理解してもらえなかったのである。

都度、説明をするのだが、いまいちピンときてきないのは十分わかったし、これで大丈夫かという不安はずっとあった。

そこから、少しずつ企業が大きくなるにつれて、様々な人に出会い、士業の先生たちも変えていった。

優秀だと思える士業の先生の周りには専門分野の違う優秀な士業の先生の知り合いがいるものだ。

なにが言いたいのかというと、先生から先生を紹介をしてもらうことでどんどん優秀な先生が周りでサポートしてくれるようになるということだ。

今の先生たちには本当に感謝しているし、なんの不満もないほどになっている。

士業の先生に求めるものはスキル的な部分はもちろんだが、それ以上にメンタル面においてのサポートの方が実は大きかったりするのである。

これは私が弁理士を目指していて経営者にならなかったとしたら、理解できなかったことかもしれない。

まとめ

ここまで書けば私が言いたいことは少なからず理解してもらえると思うが、士業を目指す人へ改めて伝えたい。

資格を取ることを目的にしてはダメだ。

どんな資格を取ることも私は否定しないし、そういう道を選んだのであればその意思決定は尊重する。

けれども、自分の生活の安定のためとか、人に言われてとか、周りに合わせてといったような薄っぺらい感覚で資格を取ったとしてもなんの役にも立たないということを覚えておいて欲しい。

少なくとも、私が起業して感じたのはそういったファッション感覚で資格を取っている人にはなんの魅力もないし、そもそも相談をしたいと思わない。

資格を取れば生活が変わると思っているかもしれないが、そんなマインドでは資格を手にしたところでなにも変わらないということだ。

起業したての右も左もわからない経営者に寄り添ってくれるような士業の先生になってもらいたい。

そんな優秀な先生のもとには優秀な経営者が集まるということだ。

 

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植田 振一郎 Twitter

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