高齢者の独り身を孤独だとネガティブに捉える傾向について

2022/06/23 投稿: 植田 振一郎

形単影隻(けいたんえいせき)
→ 独り身で孤独なこと。

私が独り身であることに対して、はやく結婚した方がいいよと促す人たちがいる。

私からいわせれば大きなお世話というか、自分の動きに制約をいれないようにするためにも結婚をしていないという側面も少なからずある。

その一方で、高齢者の一人暮らしが増えているという現状の問題についても度々触れていることもまた事実だ。

最近も下記の記事を書いた。

令和3年(2021年)版高齢社会白書から見る日本と世界の高齢者の実態

令和2年(2020年)10月1日現在の65歳以上人口は3,619万人となり、総人口に占める割合、つまり高齢化率は28.8%になったことを書いている。

そして、65歳以上で一人暮らしをしている人は、平成27年(2015年) には男性約192万人、女性約400万人、65歳以上人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%となっている。

これを独り身で孤独と捉えるのはもちろん問題ないが、だからといってネガティブに捉えるのは果たしてどうなのだろうか。

つまり、高齢者で独り身でいることは淋しいとか孤独死に繋がるというネガティブにしか捉えられていない世の中の風潮に対して疑問があるということだ。

介護や看護をされたくない一定数の高齢者たち

stakという機能拡張型のIoTデバイスをリリースするに当たって、様々なところへ営業に行ったし、様々な業種の方々から問い合わせをいただいた。

そんな業種の1つに介護施設があった。

IoTデバイスで見守りをといったことは、IoTに携わる仕事をしている人であれば、少なからず知っているところだと思う。

介護施設内にいる高齢者の部屋にカメラやセンサーを取り付けて、なにかあったときにすぐに駆けつけるようにIoTデバイスを設置するといったものが一般的だ。

あるいは、高齢者の一人暮らしが原因で孤独死することを未然に防ぐために、高齢者の住む家の中にカメラやセンサーを取り付けるといった具合だ。

これを聞いて、あなたはどう思うだろうか。

テクノロジーはここまで進化しているので、こういった場面で力を発揮できるのは素晴らしいと心の底から思ったという人は要注意だ。

そういった人は一方的な押し付けの概念が強いという人だと思った方がいい。

あなたが高齢者という立場になったときに、カメラで監視されている部屋、センサーであらゆるものがデータで取られている部屋で生活したいと思うかという自問自答をして欲しい。

往々にして、そんな生活はまっぴらごめんだと思う人が大半だと思う。

そう、見守りと監視は似て非なるものなのである。

見守りという驕り

一見すると、高齢者を見守るということは、世のため人のためになっているように思うかもしれない。

けれども、それは高齢者という当事者からすると、私に結婚を薦めてくるのと同様に大きなお世話でしかないのである。

私自身も高齢者というカテゴリに入ったときに、仮に介護施設での生活が始まったとする。

そのときに部屋にカメラがあって、入口やベッドの下にセンサーが張り巡らされていたとしたら、そんな部屋はサッサと出ていってしまうだろう。

とてもではないが、そんなプライベートが全くない部屋で余生を過ごしたいとは思わない。

これはなにも高齢者に限ったことではなく、そもそも見守られたいと思っている人などいないのである。

冷静に考えて欲しい。

見守りというワードでターゲットにされるのは、高齢者以外にパッと思いつくのは子どもではないだろうか。

小学生の子どもになにがあったらいけないので、見守りのIoTデバイスを持たせるといった発想だ。

これも一見すると、テクノロジーが子どもの危機を救っているように思うかもしれない。

けれども、本当にそうなのかを冷静に考えて欲しい。

これは親のエゴだったり怠慢だという捉え方もできるのではないだろうか。

両親が共働きで、鍵っ子が増えている現代社会で子どもが1人になることは当たり前だから、なにかあったときのための保険としてIoTデバイスを持たせるという見方ができなくもない。

なにが言いたいのかというと、子どもの側から通学路が怖いからIoTデバイスを持たせて欲しいというお願いをされたのならいいのだが、実際はそうではないだろうということだ。

つまり、親の方からこれを持ちなさいとIoTデバイスを渡すのが一般的だということで、これは見守って欲しいというベクトルではなく、見守ってあげているというベクトルになる。

ここにテクノロジーが使われていて世の中の問題解決に役に立っているとするのは、どこかボタンの掛け違いがあると主張している。

一方通行を押し付けることは問題解決ではない

例えば、上述した子どもの例を引き続き引用するとすると、なにか事件があったときに安心だからという保険的なアイテムとしてIoTデバイスを活用するということは問題解決ではないと思っている。

子どもの見守りとして使われるIoTデバイスは、忘れ物を追いかけるIoTデバイスとしても使うことができる。

技術的な部分は割愛するが、言い方1つで見せ方が全く異なるIoTデバイスになるということだ。

子どもの見守りとして使うIoTデバイスに対して疑問があると述べているが、一方で忘れ物を追いかけるIoTデバイスはどうだろう。

これは、忘れ物をしたくない、忘れ物をしたときに追いかけることができれば便利だから使いたいという人が一定層いることは想像できるだろう。

つまり、ちゃんとしたニーズがそこにあるので、問題解決にIoTデバイスが使われているということに繋がっていると捉えることができる。

高齢者の場合にも全く同じことがいえる。

カメラをどうぞどうぞ部屋にもトイレにもお風呂にもつけて見守って欲しいという高齢者であれば、なにも文句をいうつもりはない。

けれども、実態は高齢者本人がつけて欲しいということは非常に稀で、大体はその高齢者の子どもや孫世代が、自分たちの都合で見守ろうとしている。

これが見守るという優しさだと勝手に思っているかもしれないが、高齢者側からしたらとんでもないという一方通行になっている場合が多いということだ。

介護施設の現場

実際、介護施設にこういった見守りという名目で導入されたIoTデバイスの数々にはトラブルがつきものだ。

例えばカメラは外されたり、壊されたりすることも多く、センサーにはタオルをかけたりして機能しなくしたりといったことが頻発するという。

それはそうだろう。

高齢者にはプライバシーがないのかという話で、そんな部屋には誰だって長時間いたいとは思わないだろう。

こういう状況を臨むのは、施設側でなにか入居している高齢者にトラブルがあって死に至った場合のリスクヘッジだったり、その高齢者の子や孫の押し付けの優しさからというわけだ。

そんな自分がプライバシーもなく見守られる環境を作るのにお金を払う人などいるだろうか。

こういったトラブルから、stakは注目してもらえたという点もある。

例えば、24時間ずっとLEDライトが点いていたら、あるいは点いていなかったら部屋の中で倒れているのではないだろうかという推測ができる。

それはLEDライトではなく、リモコンモジュールの使用の痕跡のあるなしでも同様の判定はできる。

ただ、それはあくまで推測でしかないので、実際は役に立っているとは言い難い。

ということで、命に関わる課題が多い介護施設での導入はかなりハードルが高いという判断を数年前にしたという実態がある。

まとめ

全体を通してなにが言いたいのかというと、一方通行的な考え方は改めるべきだということだ。

高齢者の一人暮らしは孤独で淋しいものだと決めつけることや、孤独死に繋がるから監視したいと思うのは、高齢者側からの意思ではなく、高齢者と携わっている側の都合の良い考え方が大いにあるということだ。

本当の意味で問題解決するのであれば、もっと別のアプローチがいくらでもある。

そのアプローチの方法はあくまで主体となる高齢者側の気持ちに立たなければいけないということだ。

なによりも、そもそも一人暮らしでいることを勝手に孤独で淋しいものだと決めつけることが間違っていると私は思うのである。

 

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