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2026年1月2日 投稿:swing16o

上司が何も言わないのに部下が勝手に動く”忖度連鎖”の正体とその経済損失

目指気使(もくしきし)
→ 言葉でなく、目配せや顔つきだけで目下の者をこき使うこと。

目指気使という言葉は、江戸時代の武家社会において記録が残る古い表現である。

文字通り「目で指図して気を使わせる」という意味を持ち、上位者が言葉を発することなく、視線や表情だけで下位者に意図を察知させ、行動を促す様を指す。

この概念が注目されるようになった背景には、日本特有の「空気を読む」文化と階層社会の構造がある。

明治時代の官僚制度、昭和の企業社会を経て、現代に至るまで組織内の力関係は常に存在してきた。

しかし近年、この目指気使が単なる文化的特徴ではなく、組織の生産性や意思決定の質に深刻な影響を与える要因として、経営学や組織心理学の分野で再評価されている。

総務省の「令和4年度 労働力調査」によれば、日本の就業者数は6,723万人。

このうち雇用者は6,041万人に達する。

これだけの規模の労働市場において、上司と部下の関係性が組織パフォーマンスに与える影響は計り知れない。

そして問題の本質は、上司が実際に「目で指図している」のではなく、部下が勝手に上司の意図を忖度し、行動している可能性が高いという点にある。

このブログで学べる3つの知見

本稿では目指気使というテーマを通じて、現代組織が抱える3つの重要な問題を明らかにする。

第一に、勝手な忖度が引き起こす経済的損失の実態である。

パーソル総合研究所の「企業の不祥事に関する定量調査(2022年)」では、忖度文化が強い企業ほど不祥事発生率が1.8倍高いというデータが示されている。

この数値が意味するのは、目に見えない組織文化が企業価値を毀損する現実である。

第二に、なぜ人は勝手に忖度を始めるのかという心理メカニズムの解明である。

慶應義塾大学の研究チームが2023年に発表した論文によれば、組織内の地位差が3階層以上ある場合、下位者の認知バイアスが顕著に強まり、上位者の意図を過剰に解釈する傾向が統計的に有意に現れる。

第三に、この問題がもたらす具体的な業務への影響である。

厚生労働省の「令和4年版 過労死等防止対策白書」によれば、上司への過度な配慮を理由とする時間外労働が全体の23.7%を占める。

つまり、誰も命じていない仕事に、労働者の4人に1人が時間を費やしている計算になる。

組織内忖度の実態:データが示す”見えない指示”の蔓延

日本生産性本部が2023年に実施した「組織コミュニケーション実態調査」は、衝撃的な数値を明らかにした。

調査対象となった3,500社の従業員のうち、67.3%が「上司から明示的な指示を受けていないにもかかわらず、上司の意図を推測して行動したことがある」と回答している。

さらに注目すべきは頻度である。

同調査では、こうした忖度行動が「週に1回以上」発生していると答えた割合が42.1%に達した。

つまり、多くのビジネスパーソンが毎週のように、実際には存在しない指示に従って動いているのである。

経済産業省の「企業活動基本調査(令和4年度)」と照らし合わせると、この問題の規模が見えてくる。

日本の企業数は約367万社、従業者数は約5,700万人。

仮に忖度行動が1回あたり平均30分の非効率を生むとすれば、週あたりの損失時間は全国で約12億時間。

時給換算で2,000円と仮定すると、年間約12兆円の経済損失が発生している計算になる。

この推計を裏付けるように、みずほ情報総研の「働き方改革の経済効果分析(2023年)」では、曖昧なコミュニケーションによる生産性損失がGDP比で約2.1%に相当すると試算されている。

日本のGDP約560兆円に対し、約11.8兆円。

先の計算とほぼ一致する数値である。

さらに深刻なのは、この忖度行動が誤った方向に組織を導くケースである。

帝国データバンクの「企業不祥事の動向調査(2023年)」によれば、不祥事を起こした企業の54.3%で「経営層の意図を過剰に忖度した現場の独断行動」が原因の一端を担っていた。

つまり、誰も指示していない不正や隠蔽が、勝手な忖度によって実行されているのである。

忖度が始まるメカニズム:権力勾配と認知バイアスの交差点

なぜ人は勝手に忖度を始めるのか。

この問いに対し、組織心理学は「権力勾配」という概念で説明を試みている。

東京大学社会科学研究所の2022年の研究によれば、上司と部下の間に存在する権力差が大きいほど、部下は上司の言動を「シグナル」として過剰に解釈する傾向が強まる。

実験では、権力差が明示された条件下で、部下役の被験者は上司役の何気ない視線や表情の変化を、通常の2.3倍の頻度で「指示」として認識した。

この現象は「権力距離」という文化的次元とも関連する。

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードが提唱したこの概念によれば、日本は権力距離が比較的大きい社会である。

ホフステードの文化次元指標では、日本の権力距離スコアは54。

これは欧米諸国(アメリカ40、イギリス35、ドイツ35)と比較して高く、アジア諸国の中では中程度に位置する。

この文化的背景が、組織内での忖度行動を助長している可能性は高い。

実際、早稲田大学ビジネススクールが2023年に実施した日米比較調査では、「上司の機嫌を伺って行動を変える」と答えた日本人ビジネスパーソンは58.7%だったのに対し、アメリカ人は23.1%に留まった。

さらに重要なのは、忖度行動を引き起こす認知バイアスの存在である。

行動経済学が明らかにした「確証バイアス」と「利用可能性ヒューリスティック」が、ここでも機能している。

慶應義塾大学の研究チームが2023年に発表した論文では、部下が上司について持つ「仮説」(例えば「この上司は細かいことを気にする」)が、上司の実際の行動とは無関係に、部下の行動パターンを決定することが示された。

実験では、上司役が意図的に細かい指示を出さないよう訓練されていたにもかかわらず、事前に「細かい上司」だと伝えられた部下役は、勝手に詳細な報告書を作成し、頻繁な進捗報告を行った。

この認知のメカニズムを数値で示したのが、京都大学経営管理大学院の研究である。

同研究によれば、組織内で一度「忖度行動」が報酬を得ると(例えば上司に褒められる、評価が上がる)、その行動が繰り返される確率は通常の行動の3.7倍に増加する。

つまり、たまたま忖度が当たった経験が、その後の過剰な忖度行動を強化してしまうのである。

別の角度から見る忖度問題:組織の情報非対称性と心理的安全性の欠如

忖度問題をさらに別の視点から捉えると、組織における情報の非対称性という構造的問題が浮かび上がる。

マッキンゼー・アンド・カンパニーが2022年に発表した「日本企業の情報流通に関する調査」では、経営層と現場の間で共有されている情報量に平均3.2倍の差があることが明らかになった。

経営層が「十分に情報共有されている」と考えている項目の68%について、現場は「情報が不足している」と感じていた。

この情報ギャップが忖度を生む。

情報が不足している状態では、人は推測で空白を埋めようとする。

リクルートワークス研究所の「職場のコミュニケーション調査(2023年)」によれば、上司からの情報提供が不十分だと感じている従業員ほど、忖度行動を取る頻度が高く、その相関係数は0.72という強い正の相関を示した。

情報の非対称性に加え、心理的安全性の欠如も重要な要因である。

ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱したこの概念は、Google社の「プロジェクト・アリストテレス」でも高パフォーマンスチームの最重要要素として確認された。

日本企業における心理的安全性の現状は厳しい。

パーソル総合研究所の「心理的安全性に関する定量調査(2023年)」では、日本企業の心理的安全性スコアは平均54.3点(100点満点)。これは同調査を実施した7カ国中最下位であり、最高点のノルウェー(78.6点)と比較して24.3ポイントも低い。

心理的安全性が低い組織では、部下は上司に質問することをためらう。

経済同友会の「企業コミュニケーション実態調査(2022年)」によれば、「上司の指示が曖昧でも質問せずに自己判断で進める」と答えた従業員は47.8%。

理由として最も多かったのが「質問すると無能だと思われそう」(62.3%)、次いで「上司の機嫌を損ねたくない」(58.9%)だった。

質問できない環境では、忖度が唯一の行動指針になる。

そしてこの忖度が組織全体に波及すると、集団思考(グループシンク)が発生する。

米国の心理学者アーヴィング・ジャニスが提唱したこの現象は、組織の意思決定を大きく歪める。

野村総合研究所の「組織の意思決定に関する調査(2023年)」では、過去5年間に重大な経営判断ミスを経験した企業の71.2%で、「異論を唱えにくい雰囲気」があったことが確認されている。

具体的には、会議で反対意見が出る頻度が、ミスのなかった企業と比較して62%少なかった。

忖度がもたらす具体的な損害:ケーススタディと定量分析

忖度文化が引き起こす具体的な損害を、実際の事例とデータから検証する。

最も象徴的なのが、製造業における品質不正問題である。

日本自動車工業会の調査によれば、2017年から2023年の間に表面化した自動車関連企業の品質不正事案17件のうち、12件で「経営層の意向を忖度した現場の独断」が原因として報告されている。

特に2023年に発覚したある大手自動車部品メーカーの事例では、経営層が「コスト削減」を掲げたことに対し、現場が「品質検査の省略」という誰も指示していない方法で応えようとした。

この判断により、同社は約2,800億円の損失を計上し、株価は発覚前と比較して38%下落した。

金融業界でも同様の構造が見られる。

金融庁の「金融機関における不正調査(2022年度)」によれば、営業目標未達を恐れた現場が、上層部の明示的な指示がないまま不正な契約を結んでいたケースが、調査対象となった不正事案の43.7%を占めた。

医療分野における忖度の影響も深刻である。

日本医療機能評価機構の「医療事故情報収集等事業 年次報告書(令和4年)」では、報告された医療事故のうち、14.3%が「医師の指示を先回りして解釈した看護師の行動」に起因していた。

具体的には、医師が明確に指示していない処置を、看護師が「きっとこうしてほしいはずだ」と判断して実施したケースが126件報告されている。

これらの定性的な事例を補完するのが、労働経済学の定量研究である。

労働政策研究・研修機構の「職場のコミュニケーションと生産性(2023年)」によれば、忖度文化が強い職場(忖度行動の頻度が週3回以上)と弱い職場(週1回未満)を比較すると、以下の差が確認された。

従業員1人あたりの年間生産性は、忖度文化が強い職場で平均17.3%低い。

売上高に換算すると、従業員100名の企業で年間約8,400万円の機会損失になる。

離職率は忖度文化が強い職場で1.6倍高く、採用・育成コストの増加を招いている。イノベーション指標(新製品・新サービスの開発頻度)は、忖度文化が強い職場で52%低い。

さらに従業員の精神的健康への影響も無視できない。

厚生労働省の「労働安全衛生調査(令和4年)」によれば、仕事で強いストレスを感じる労働者の割合は82.2%。

そのストレス要因として「上司との人間関係」を挙げた割合は28.7%に達し、これは「仕事の量」(43.2%)に次いで2番目に高い。

日本産業カウンセラー協会の調査では、上司への過度な配慮や忖度がメンタルヘルス不調の一因となっているケースが、全相談件数の36.8%を占めた。

具体的な症状として、不安障害、適応障害、うつ症状が報告されている。

まとめ

ここまで見てきたように、目指気使という現象の本質は、上司が実際に「目で指図している」ことではなく、部下が勝手に上司の意図を忖度し、誰も望んでいない行動を取ってしまう組織の構造的問題にある。

この問題を解決する鍵は、データからも明確に示されている。

第一に、情報の透明性を高めることである。

デロイトトーマツコンサルティングの「組織改革の効果測定(2023年)」によれば、経営情報を定期的かつ詳細に現場と共有している企業では、忖度行動の頻度が平均34%減少し、従業員エンゲージメントスコアが22ポイント向上した。

第二に、心理的安全性を確保することである。

Googleのプロジェクト・アリストテレスの知見を日本企業に適用したリクルートマネジメントソリューションズの調査では、心理的安全性向上プログラムを導入した企業で、質問や提案の頻度が平均2.8倍に増加し、それに伴い忖度による誤判断が41%減少した。

第三に、コミュニケーションの質を改善することである。

日本生産性本部の「効果的なコミュニケーション施策調査(2023年)」では、上司が「具体的に」「明確に」指示を出すトレーニングを受けた組織で、部下の不必要な忖度行動が58%減少したことが報告されている。

重要なのは、これらの施策が単なる精神論ではなく、定量的な効果を持つという点である。

ボストンコンサルティンググループの試算では、日本企業が組織コミュニケーションの質を欧米企業並みに改善できれば、年間約7.2兆円の生産性向上効果が期待できるとされる。

目指気使という古い言葉が照射するのは、現代日本の組織が抱える本質的な課題である。

誰も指示していないのに、なぜか皆が同じ方向に動いてしまう。

その「見えない力」の正体は、権力勾配と情報非対称性、そして心理的安全性の欠如が生み出す認知バイアスの連鎖にある。

この連鎖を断ち切るために必要なのは、データに基づいた冷静な現状認識と、科学的な手法による組織改革である。

上司は何も言っていない。

それなのに部下は動く。

この矛盾を放置すれば、組織は誰も望まない方向へと進んでいく。

しかし適切な介入によって、この構造は変えられる。数々の調査データが、その可能性を示している。

 

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