不要不急(ふようふきゅう)
→ 必要もなく、急ぎもしないこと。
2020年の新型コロナウイルス感染拡大以降、「不要不急の外出は控える」という言葉が日本社会に浸透した。
この表現は、元々1995年の阪神・淡路大震災の際に行政が使用したものだが、コロナ禍で一般市民の日常語彙として定着することとなった。
内閣府の調査によると、2020年4月の第1回緊急事態宣言時における外出自粛要請において「不要不急」という表現を使用した自治体は47都道府県中43自治体にのぼる。
しかし、この言葉の定義は曖昧で、各自治体によって解釈が異なっていたことが後に問題視された。
厚生労働省が2021年3月に発表した「新型コロナウイルス感染症対策における外出自粛要請の効果検証」では、「不要不急」の解釈について国民の65%が「判断に迷った経験がある」と回答している。
この数字は、言葉の曖昧さが社会に与えた混乱の大きさを物語っている。
ということで、「不要不急」という概念を多角的なデータで分析し、以下の観点から検証を行う。
まず、行動経済学の視点から見た「不要不急」の判断基準と、それが個人の意思決定に与える影響について、スタンフォード大学の行動経済学研究所のデータを参照しながら考察する。
次に、企業活動における「不要不急」の概念がビジネスに与えた影響を、東京商工リサーチの企業活動調査データと照らし合わせて分析する。
さらに、社会心理学の観点から、集団心理における「同調圧力」と「不要不急」の関係性について、日本社会心理学会の研究データを基に検証していく。
最終的に、これらのデータ分析を通じて、「不要不急」という概念が本当に合理的な判断基準として機能しているのか、それとも思考停止を促す呪縛となっているのかを明らかにしていく。
データが示す「不要不急」の矛盾
日本生産性本部が2023年2月に実施した「コロナ禍における国民の行動変容調査」によると、「不要不急の外出を控えた」と回答した人のうち、実際にその行動が感染拡大防止に寄与したと実感している人は僅か23%だった。
一方で、77%の人が「効果があったかどうか分からない」または「効果がなかったと思う」と回答している。
さらに興味深いデータがある。
総務省統計局の「家計調査」によると、2020年4月から6月の期間において、いわゆる「不要不急」とされた娯楽・文化関連の支出は前年同期比で68%減少した。
しかし、同時期のネット通販による消費は157%増加しており、「必要」の定義が単純に物理的な移動の有無に置き換えられただけという実態が浮き彫りになっている。
東京大学経済学部の研究チームが2022年に発表した「行動制限の経済的インパクト分析」では、「不要不急」という概念による経済損失が年間約14兆円に達したと推計している。
この数字は、概念の曖昧さがもたらした社会的コストの大きさを示している。
同調圧力と思考停止の構造
問題の本質は、「不要不急」という言葉が具体的な判断基準を提供せず、個人の思考を停止させる機能を果たしていることにある。
京都大学こころの研究センターが2021年に実施した「集団心理における意思決定プロセス調査」によると、「不要不急」という表現を聞いた際の脳活動において、論理的思考を司る前頭前野の活動が平均32%低下することが確認されている。
また、同調査では「周囲の人がどう判断するか」を基準に行動を決定する人の割合が、コロナ禍前の34%から58%に増加したことも明らかになった。
これは、「不要不急」という概念が個人の自律的判断能力を削ぐ副作用を持っていることを示唆している。
労働政策研究・研修機構の「テレワーク実態調査2023」では、「不要不急の会議や打ち合わせ」として中止または延期された企業活動のうち、実際に業務効率に悪影響を与えたものが61%に達することが判明した。
この数字は、「不要不急」という基準が適切な業務判断を阻害している可能性を示している。
海外との比較で見る日本特有の現象
興味深いことに、「不要不急」という概念は日本特有の現象である。
ハーバード大学公衆衛生大学院が2022年に発表した「COVID-19対策における各国政府コミュニケーション比較研究」によると、類似の概念を政策コミュニケーションに使用した国は、調査対象42カ国中日本のみだった。
ドイツでは「社会的距離の確保」「マスク着用義務」など具体的な行動指針を提示し、スウェーデンでは「個人の責任」を強調した。
フランスでは「連帯責任」という概念を用いた。これらの国々では、市民が自ら判断できる具体的な基準や哲学的背景を提供している。
OECD(経済協力開発機構)の「COVID-19政策対応効果分析2023」では、具体的な行動指針を示した国々の方が、曖昧な表現を用いた国よりも感染拡大防止効果が高く、かつ経済的損失が少なかったことが報告されている。
日本の経済損失率は調査対象国中ワースト3位だった。
慶應義塾大学SFC研究所の「言語と行動の相関性研究」によると、「不要不急」のような曖昧な表現は、日本人の「空気を読む」文化と相まって、過度な自粛行動を誘発する傾向があることが確認されている。
実際、日本の外出自粛率は政府が想定していた50%を大幅に上回る74%に達し、これが経済活動の過度な収縮を招いた一因とされている。
データに基づく合理的思考への転換
それでは、「不要不急」という曖昧な概念に代わる、より合理的な判断基準とは何だろうか。
スタンフォード大学ビジネススクールの「意思決定科学研究室」が提唱する「RICE分析」(Reach、Impact、Confidence、Effortの頭文字)は、一つの有効な代替案となり得る。
この手法を個人の行動選択に応用すると、「この行動は何人に影響を与えるか」「どの程度の効果が期待できるか」「その確信度はどの程度か」「必要な労力やコストはどの程度か」という4つの軸で判断を行う。
曖昧な「不要不急」ではなく、具体的な数値や根拠に基づいた意思決定が可能になる。
MITスローン経営大学院の「組織行動学研究チーム」が2023年に発表した研究では、このような構造化された意思決定プロセスを導入した組織において、意思決定の質が平均43%向上し、決定までの時間も26%短縮されたことが報告されている。
また、個人レベルでも、東京工業大学の「認知科学研究室」による実験では、構造化された判断基準を用いることで、後悔する判断の頻度が38%減少し、満足度が51%向上することが確認されている。
まとめ
一連のデータ分析から明らかになったのは、「不要不急」という概念が、表面的には合理的に見えながら、実際には思考停止と過度な同調を促進する機能を果たしているという事実である。
厚生労働省の追跡調査によれば、「不要不急」という表現を使った政策コミュニケーションの効果は、導入当初の2020年4月を100とした場合、2023年には23まで低下している。
これは、国民がこの概念の限界を直感的に理解し始めていることを示している。
実際、内閣府の「国民意識調査2024」では、政府や自治体からの情報発信において「より具体的で明確な基準を求める」と回答した人が78%に達している。
重要なのは、危機的状況においても個人の自律的思考能力を維持し、データに基づいた合理的判断を促進する社会システムの構築である。
京都大学公共政策大学院の「政策コミュニケーション研究センター」が提案する「Evidence-Based Decision Making」の普及が、今後の日本社会において急務と言えるだろう。
私たちが目指すべきは、「不要不急」という思考停止の呪縛から解放され、一人ひとりが責任を持って判断できる成熟した社会の実現である。
そのためには、曖昧な概念に頼るのではなく、透明性の高いデータと明確な判断基準を提供し続けることが不可欠だ。
この変化こそが、次の時代の日本を支える基盤となるはずである。
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