披星戴月(ひせいたいげつ)
→ 朝早くから夜遅くまで懸命に働くこと。
披星戴月という言葉は、文字通り「星を披(お)い、月を戴(いただ)く」と書く。
中国の古典に源流を持つとされ、夜空の星と月を身にまとうように懸命に働く姿を指す。
古くは戦場で長時間行軍を強いられる兵士の疲労や、帝王学の修養の一端として「昼夜問わず励め」と説いた思想にも通じていたと言われる。
要は夜明け前から出かけ、星空の下まで働き続けるほど熱心であること、つまり猛烈に働く人間の姿を端的に表した言葉が披星戴月だ。
実際に、この概念が体系的に使われはじめたのは古代中国の官僚制度が整備される頃という説もある。
政治家や官吏が自己の責務を果たすため、昼夜問わず弛まぬ努力を続けたことが美徳として語られた歴史的背景がある。
日本においても、江戸時代の商人が「宵越しの金は持たない」と言いながらも夜通し帳簿をつけるなど、休む暇も惜しんで働いたエピソードが数多く残っている。
こうしたストーリーが現代まで脈々と受け継がれ、披星戴月という言葉だけが独り歩きしている側面もある。
ただ、ここで押さえておきたいのは、そもそも披星戴月が語るのは「長時間働くことが美徳だ」という単純な話ではない。
むしろ、「人知れず努力を重ねる姿勢を持てば、大きな成果を得られる」という教訓が含まれているのが原義のはずだ。
しかしながら現代社会においては、「量的な労働時間」そのものに着目する余り、本質的な意味を見誤っていないだろうか。
そこの境界線を改めて検証してみる価値がある。
長時間労働は本当に成果につながるのか?
問題提起としてまず挙げたいのは、「披星戴月=長時間労働」というイメージの是非だ。
実際、イーロン・マスクは週80~100時間労働を推奨すると繰り返し発言している。
2018年にはSpaceXとTeslaの同時経営が極度に忙しくなり、週120時間働いていたと語ったことは有名なエピソードだ。
これに対して「働きすぎではないか」という批判も少なくない。
アメリカ労働省(U.S. Bureau of Labor Statistics)が発表した2022年の労働時間に関する統計によると、アメリカにおけるフルタイム労働者の平均労働時間は週約42時間。
一方、日本の総務省統計局が2023年に公開したデータによれば、一般雇用者の平均実労働時間は週約37~38時間前後で推移している。
これを踏まえると、マスクが唱える「週80~100時間」は平均の2倍以上になる。
生産年齢人口の変化や少子高齢化が進む日本では、労働時間の削減や働き方改革がテーマとなって久しいが、それとは真逆の発想が彼の口から出続けるのは興味深い現象と言える。
問題は、果たして「単純に長時間働くことが本当に成果をもたらすのか」という点だ。
日本でも高度経済成長期には“24時間戦えますか”というフレーズが流行し、長時間労働が称賛された歴史がある。
しかし同時に、過労死や健康被害の深刻化も社会問題としてクローズアップされてきた。
長時間労働が業績に直結するかどうかは、一概に答えが出しづらいのが実情だ。
個人の集中力やモチベーション、組織体制、業種や業態などさまざまな条件が絡んでくるからだ。
偉人たちの「働け」の根拠とデータ
ではイーロン・マスク以外にも、同様のメッセージを発信している著名な成功者は誰なのか。
代表的な例として、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツがいる。
若き日のゲイツは開発に没頭し、夜通しコードを書き続けていたことで知られる。
1980年代中盤のエピソードとして、彼が1週間以上オフィスに泊まり込み、仮眠をとりながらプログラミングに打ち込んでいたという話は有名だ。
実際に、ビル・ゲイツは「自分の考えに没頭し続けるうちに眠ること自体がもったいなく感じた」と公言していたとも言われている。
また、アップル創業者のスティーブ・ジョブズも「好きなことなら、ほかに目もくれず打ち込めるのが本来の姿だ」と繰り返していたとされる。
ジョブズはAppleやPixarなどの企業を立ち上げる際、文字どおり眠る暇を惜しんでプロダクトの細部を磨き上げた。
結果として、iPhoneやMac、そして世界的ヒットを記録した『トイ・ストーリー』など、業界に革命をもたらす成果を残している。
このように、世界的な成功者たちが口をそろえて言うのは「長時間働け」というよりは「何よりも没頭せよ」というニュアンスに近い。
しかし、第三者がパッと見て分かるのは、寝る間も惜しんで働いたという事実だけだ。
その背景にあるのは“熱意”や“情熱”であって、長時間労働自体を目的化しているわけではない。
実際、名言やエピソードを深掘りすると、彼らが到達したのは「好きなことをしていたから、結果的に長時間働いていた」という構図である。
労働生産性の観点からのデータも興味深い。
OECD(経済協力開発機構)がまとめた「OECD Productivity Statistics 2022」によると、1時間あたりの労働生産性が最も高い国はルクセンブルクやアイルランドなどの欧州諸国が上位に並び、アメリカやドイツがこれに続く。
一方、日本の労働生産性は先進国の中で下位に位置しており、有名企業の経営者が長時間労働を重んじる一方で、国全体の生産性ランキングを見ると必ずしも高くないという矛盾が浮かび上がる。
ここからも分かるように、ただ「長く働け」という次元の話ではないのだ。
熱意がなければ披星戴月はただの苦行
披星戴月は結果の姿であり、熱意こそが源泉だと捉えるべきだ。
例えば、トーマス・エジソンは「天才とは1%のひらめきと99%の努力」という言葉を残した。
しかし、注意が必要なのは、エジソン本人が言いたかったのは「努力を重ねるほどに、ひらめきが活きる」ということであって、「ただひたすら努力せよ」という命令口調ではなかったという説もある。
エジソンは研究所に泊まり込み、断片的な仮眠だけで実験を続けたという話も多く残っている。
しかし、そこには「研究が好きで好きでしょうがない」という純粋な探究心があったのは想像に難くない。
イーロン・マスクのケースも同様で、SpaceXのロケット打ち上げやTeslaの新型車開発といった刺激に満ちたプロジェクトは、並大抵のエンジニア魂で取り組めるものではない。
彼の内面に燃えたぎるのは「火星移住を実現して人類を多惑星種にする」という壮大な夢だ。
これがあるからこそ、週100時間労働も「苦役」ではなく「自然の状態」になっている。
実際、彼は自身のTwitter(現X)などで「休息も大事だが、やりたいことがあるなら、なぜそれをしていないのか理解できない」と発言したこともある。
言い換えれば、真の意味で披星戴月を成し遂げるのは、熱意がベースにある場合のみ。そうでなければ長時間労働はただの拷問に近い。
実際、日本国内でも起業家やクリエイターが夢中でプロジェクトを進め、気づけば深夜になっていたという話はザラにある。
YouTubeを始め、SNSで一躍有名になった個人発信型のインフルエンサーを見てもわかるように、「好きだから勝手に動いている」姿が圧倒的な成果を生んでいるケースは少なくない。
マネタイズの仕組みやビジネス化の手法を後から学びつつも、先に情熱があったパターンが成功例として散見される。
別角度データが示す意外な事実:“好き”のエビデンス
ここでさらに別目線のデータに注目したい。
日本国内で公開されるメンタルヘルスに関する研究に目を向けると、興味深い数字が見つかる。
厚生労働省が発表した「労働者健康状況調査」(2021年)によると、長時間労働が続く人ほどストレスチェックのスコアが高く(要するにストレスが大きい)、メンタル不調のリスクが上がる傾向がある。
一方で「仕事に対して強い意義を感じている」「趣味ややりがいに近い働き方ができている」と回答したグループでは、同じ長時間労働でもストレス指標が低めに出るという結果がある。
これは「熱意」があると、労働時間の長短にかかわらず、自分を追い込みすぎず続けられる可能性が高いということを示唆している。
言い換えれば、好きなことを仕事にしている人は、同じ長時間でも心の負担が小さくなり、成果に直結しやすい。
実際に、「やる気があれば苦にならない」という単純な言説に聞こえるかもしれないが、データの観点からも裏付けがあるわけだ。
ここが「披星戴月」の最大の本質でもある。
多くの成功者が長時間働いているように見えるのは、「成果を出すために嫌々努力している」のではなく、「結果的に寝食を忘れるくらい没頭している」ためだ。
もちろん体を壊すような働き方は推奨されるべきではないが、エネルギーの源が「好き」「熱量」「夢」であるからこそ、高いパフォーマンスを引き出しているという点は見逃せない。
まとめ
以上の問題提起を踏まえ、結論を導きたい。
結局のところ、披星戴月の本質は「がむしゃらに長く働け」という表層的な話ではない。
むしろ「熱意や好奇心が結果として徹夜をも厭わない行動力につながる」という構造こそが重要だ。
イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、さらにはトーマス・エジソンなど、偉大な成功者たちに共通するのは「熱中できるテーマがあるから自然に働いていた」点だ。
そこには押し付けられた義務感や周囲からの強制ではなく、自分自身がやりたくて仕方ないという情熱があった。
さらに今の時代であれば、働く環境も多様化している。
リモートワークやフレックス制度、副業や兼業も許容される社会に変わりつつある。
逆に言えば、「長く働けば成功する」という公式は崩れ去り、「どれだけ情熱を注げる仕事と出合い、それにのめり込めるか」が差を生むようになっている。
厚生労働省の調査データやOECDの労働生産性ランキングからも、ただ時間だけを費やす働き方よりも、創造性や価値を生み出す働き方のほうが評価されやすいのは明確だ。
そもそも歴史を振り返れば、披星戴月という言葉の背景には「人知れず努力を積み重ねる心構え」があった。
今となってはイーロン・マスクに代表される強烈なワーカホリックのイメージに結びつけられることが多いが、その本質を見誤ってはいけない。
熱量が先にあり、その先に膨大な労働時間があっただけの話だ。
もし好きでもない仕事を苦痛に感じながら延々と続けるのであれば、疲弊するだけで成果にはつながらない。
最終的にはやはり、「自分が本当に打ち込みたいものを見つけること」が成功に不可欠な条件という結論に行き着く。
stak, Inc.という会社を営む立場からも痛感していることがある。
多機能IoTデバイスの開発やサービスの運営には、単に長時間働くだけでは到達できない壁が多々ある。
発想力、先見性、そしてアイデアをカタチにするまで諦めない粘り強さが要る。
これらは「上からの命令」で得られるものではなく、最終的には自分の内側から湧き上がる「もっといいものを作りたい」「世界を変えたい」という意欲によってのみ支えられるものだ。
だからこそ、披星戴月の姿勢を肯定するにしても、まず自分の情熱をどこに傾けるかを見極める必要がある。
自分の言葉でまとめると、「披星戴月とは結果であって、目的ではない」。
そして「本当に打ち込みたいものに出合えたとき、気づいたら星を披い、月を戴いているのが真実」だ。
目指すべきはイーロン・マスク流の“ただの長時間労働”ではなく、熱狂の先に得られるクリエイティブな成果。
これこそが、真の成功条件だと確信している。
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