徳高望重(とくこうぼうじゅう)
→ 人徳が高く人々からの信望が厚いこと。
「徳高望重」という言葉は、人格が高尚で多くの人から尊敬されている状態を表す。
この「徳」という概念は、実に2500年以上の歴史を持つ。
「徳」の概念は、紀元前6世紀頃の中国で生まれた。
孔子(紀元前551年〜紀元前479年)が「論語」で説いた「徳」は、理想的な人間像を表す中心的な概念だった。
孔子は「徳」を「仁」「義」「礼」「智」「信」の五つの要素で説明した。
これらは後に「五常」として知られるようになる。
1. 仁:思いやり、慈愛
2. 義:正義、道理
3. 礼:礼儀、秩序
4. 智:知恵、判断力
5. 信:誠実、信頼
この「徳」の概念は、単なる道徳的な教えではなく、社会や組織を円滑に運営するための実践的な指針だった。
興味深いのは、この時代にすでに「徳」と「利」(利益)の関係が議論されていたことだ。
孟子(紀元前372年〜紀元前289年)は「徳」を重視しつつも、「利」を完全に否定せず、両者のバランスの重要性を説いた。
この考え方は、現代のCSR(企業の社会的責任)やESG投資の概念に通じるものがある。
「徳」の世界的伝播:東洋から西洋へ
「徳」の概念は、中国から日本、朝鮮半島、ベトナムなど東アジア全域に広がった。
日本では、聖徳太子(574年〜622年)が「十七条の憲法」で「徳」の重要性を説いている。
西洋においても、類似の概念が存在した。
古代ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前384年〜紀元前322年)は、「徳」に相当する「アレテー」(excellence)という概念を提唱した。
中世ヨーロッパでは、キリスト教の影響下で「七つの美徳」が説かれた。
1. 信仰
2. 希望
3. 愛
4. 分別
5. 正義
6. 剛毅
7. 節制
これらは東洋の「徳」の概念と多くの共通点を持つ。
近代に入ると、マックス・ウェーバー(1864年〜1920年)が「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(1904年)で、宗教的な徳とビジネスの成功の関連性を指摘した。
このように、「徳」の概念は東西を問わず、人類の思想の中心にあり続けてきた。
現代ビジネスにおける「徳」の再評価
20世紀後半から、ビジネス界で「徳」の概念が再評価されるようになった。
1953年、アメリカの経済学者ハワード・ボーエンが「企業の社会的責任」という概念を提唱した。
これは、企業が利益追求だけでなく、社会的な「徳」を持つべきだという考え方だ。
この流れは、1990年代以降のCSR(企業の社会的責任)の概念につながっていく。
2006年、国連が提唱した「責任投資原則」(PRI)は、投資判断にESG(環境・社会・ガバナンス)の要素を組み込むことを求めた。
これは、企業の「徳」が財務的なパフォーマンスにも影響を与えるという認識の表れだ。
実際、ESGに積極的な企業のパフォーマンスは高いというデータがある。
モーニングスター社の調査によると、2020年の世界的な株式市場の混乱の中で、ESG重視の投資信託の73%が市場平均を上回るパフォーマンスを示した。
さらに、2019年のアクセンチュアの調査では、「目的志向」の強い企業は、そうでない企業と比べて年間成長率が2倍以上高いことが明らかになっている。
これらのデータは、現代のビジネスにおいても「徳」が重要な役割を果たしていることを示している。
テクノロジーと「徳」:デジタル時代の新たな課題
デジタル技術の進化は、「徳」の概念に新たな側面をもたらしている。
AI(人工知能)やビッグデータの時代において、企業の「徳」はより重要になっている。
例えば、個人情報の扱いに関する「徳」が crucial になっている。
2018年に発覚したFacebookのケンブリッジ・アナリティカ事件は、データ倫理の重要性を世界に知らしめた。
この事件後、Facebookの株価は大幅に下落し、時価総額は約500億ドル(約5兆5,000億円)減少した。
これは、デジタル時代における「徳」の欠如がビジネスに与える影響の大きさを示している。
一方、「徳」を重視するテック企業も存在する。
Appleのプライバシー保護への取り組みは有名だ。
ティム・クックCEOは「プライバシーは基本的人権」と述べ、ユーザーデータの保護を重視している。
この姿勢は、Appleのブランド価値向上に貢献している。
Interbrandの2020年のグローバルブランドランキングで、Appleは6年連続で1位を獲得した。
AI倫理も新たな「徳」の領域だ。
GoogleのAI倫理原則(2018年発表)は、AIの開発と利用に関する7つの指針を示している。
これは、テクノロジー企業の「徳」の具現化と言える。
「徳」とイノベーション:意外な関係性
「徳」は単なる倫理的な概念ではない。
イノベーションと密接な関係がある。
クレイトン・クリステンセン教授(ハーバード・ビジネス・スクール)は、著書「イノベーションのジレンマ」(1997年)で、「破壊的イノベーション」の概念を提唱した。
しかし、晩年のクリステンセン教授は、「How Will You Measure Your Life?」(2012年)で、ビジネスにおける「徳」の重要性を強調している。
彼は、長期的な成功には「徳」が不可欠だと主張した。
「徳」のある企業文化が、持続的なイノベーションを生み出すというのだ。
実際、「徳」を重視する企業の方が、イノベーションに成功しているというデータがある。
2020年のAccentureの調査によると、強い企業文化(「徳」を含む)を持つ企業は、そうでない企業と比べてイノベーション成功率が2倍高い。
さらに、2019年のDeloitteの調査では、「目的志向」の強い企業は、新製品・サービスの開発速度が30%速いことが分かっている。
これらのデータは、「徳」とイノベーションが密接に関連していることを示している。
「徳」の経済的価値:驚くべき数字
「徳」は、単なる理想論ではない。
実際の経済的価値を生み出している。
1. ブランド価値:
2020年のInterbrandの調査によると、強い企業目的(「徳」の現代的表現)を持つブランドは、そうでないブランドと比べて、ブランド価値の成長率が2.5倍高い。
2. 従業員の生産性:
2019年のGallupの調査では、企業の目的に共感している従業員は、そうでない従業員と比べて生産性が21%高い。
3. 顧客ロイヤリティ:
2018年のAccentureの調査によると、企業の「徳」に共感する消費者の62%が、その企業のブランドを他者に推薦している。
4. 投資家からの評価:
2020年のMcKinseyの調査では、強いESGプロファイル(現代の「徳」の指標)を持つ企業の株価は、そうでない企業と比べて19%高いプレミアムがついている。
5. リスク管理:
2019年のBank of Americaの調査では、ESGスコアの高い企業は、そうでない企業と比べて倒産リスクが94%も低い。
これらのデータは、「徳」が現代のビジネスにおいて、極めて重要な経済的価値を持つことを示している。
「徳」の未来:AI時代の新たな展開
AI時代の到来により、「徳」の概念は新たな展開を見せている。
1. AI倫理:
AIの判断が人間の生活に大きな影響を与える中、AIの「徳」が問われている。
2019年のCapgeminiの調査によると、62%の消費者がAI搭載製品・サービスに倫理的な配慮を求めている。
2. データ倫理:
ビッグデータ時代において、データの扱いに関する「徳」が重要になっている。
2020年のPwCの調査では、85%の消費者が、企業のデータ保護方針を重視すると回答している。
3. 持続可能性:
気候変動への対応が企業の「徳」として求められている。
2021年のEdelmanの調査によると、86%の消費者が、企業に気候変動対策を求めている。
4. 包摂性:
多様性と包摂性が、企業の「徳」の重要な要素になっている。
2020年のMcKinseyの調査では、多様性に富む企業は、そうでない企業と比べて財務パフォーマンスが35%高い。
5. トランスヒューマニズム:
人間拡張技術の発展に伴い、「人間の定義」に関する新たな倫理的課題が生じている。
これは、「徳」の概念そのものを再定義する可能性を秘めている。
これらの新たな「徳」の側面は、今後のビジネスに大きな影響を与えるだろう。
まとめ
「徳高望重」の概念は、2500年以上の歴史を持ちながら、現代のビジネスにおいてますます重要性を増している。
1. 歴史的連続性:
古代中国で生まれた「徳」の概念は、時代と文化を超えて継承されてきた。
これは、「徳」が人類の普遍的な価値観であることを示している。
2. 経済的価値:
現代の研究は、「徳」が実際の経済的価値を生み出すことを証明している。
ESG投資の隆盛は、この認識が投資家にも浸透していることを示している。
3. イノベーションの源泉:
「徳」のある企業文化が、持続的なイノベーションを生み出すことが分かってきた。
これは、「徳」と企業の競争力が密接に関連していることを意味する。
4. リスク管理:
「徳」の欠如が企業価値を毀損するリスクが高まっている。
特にデジタル時代において、データ倫理などの新たな「徳」が重要になっている。
5. 未来への適応:
AI時代の到来により、「徳」の概念は新たな展開を見せている。
企業は、これらの新しい「徳」に適応していく必要がある。
「徳高望重」は、もはや単なる理想論ではない。
それは、現代のビジネスにおいて、競争力と持続可能性を生み出す源泉なのだ。
古代の知恵が、最先端のビジネスに驚くべき効果をもたらしている。
この事実は、人類の叡智の普遍性と、ビジネスの本質的な役割を改めて私たちに教えてくれている。
「徳」は、歴史、文化、経済、テクノロジー、イノベーション、そして未来と密接に結びついている。
この複雑な関係性を理解し、実践することが、これからのビジネスリーダーに求められていると言ってもいいだろう。
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