話題のnote、実はAIが書いていた。エイベックス松浦氏の事例から考える「AI時代のコンテンツ」

2026年8月、XであるAI活用事例が大きな話題になりました。
話題の中心となったのは、エイベックスの松浦勝人会長です。
きっかけは、松浦氏が突如スタートしたnoteでした。
最初に公開されたのは、「100万円でも100億円でも、なくなる時は一瞬だ」という記事です。
自身のお金にまつわる経験や、そこから得た考えを振り返る内容で、多くの反響を集めました。
最初の記事だけで「スキ」は1万5,000件を超え、その後も次々と記事を公開。
わずか1週間で4本の記事が投稿され、フォロワーは約2万人、「スキ」は累計5万件を超えたと報じられています。
さらに、かつて松浦氏が経営していた貸しレコード店について書いた記事をきっかけに、当時店に通っていた人物と約40年ぶりにつながる出来事まで起きました。
ネット上では「松浦勝人氏がnoteを始めた」「これまでの経験を振り返る文章が面白い」といった声が広がり、noteそのものが大きな注目を集めていきます。
ところが、その約1週間後。
松浦氏本人がXで、驚くべき事実を明かします。
このnote、実はほぼすべてAIによって運営されていたのです。
「実はAIでした」という種明かし
8月19日、松浦氏はXで、1週間前にAIへ指示を出し、noteアカウントを作成させたことを明かしました。
AIはアカウントを作成し、最初の記事を書き、そのまま自動投稿。
松浦氏自身が行ったのは、パスワードを入力したことくらいだったといいます。
その後の4本の記事についても、「ほぼほぼAI」が作業していたとのことです。
この事例で特に興味深いのは、最初から「AIでnoteを運営しています」と公表していたわけではない点です。
まず記事そのものが読まれ、内容に共感する人が増え、フォロワーが伸びていった。
その後で、「実はAIでした」と種明かしされたわけです。
つまり、AIを使ったこと自体が話題になったのではありません。
AIだと知られていない段階で、コンテンツそのものが評価されていた。
ここが、今回の事例の一番面白いところだと思います。
AIに入れたのは「60年分の自分」
もちろん、AIが勝手に松浦氏の人生を想像して記事を書いたわけではありません。
松浦氏は、自身の約60年分のデータをAIに入れていると説明しています。
つまり、文章そのものを作成しているのはAIでも、そこで語られている経験や出来事の土台は、松浦氏本人がこれまで積み重ねてきたものです。
音楽業界で経験してきたこと、会社を経営する中での成功や失敗、人との出会い、お金に対する考え方。
そうした60年分の経験がAIに渡され、その情報をもとに文章が作られています。
AIがゼロから「松浦勝人らしい文章」を想像しているわけではありません。
松浦氏自身が持つ経験や情報をAIが掘り起こし、整理し、読み物として形にしているのです。
この違いは、これからのAI活用を考えるうえでかなり重要だと思います。
AIが書いた文章でも、人は惹かれる
生成AIが広がって以降、「AIの文章は人間味がない」「AIで作ったコンテンツは薄い」といった意見を耳にすることも増えました。
確かに、ChatGPTに「人生について感動するブログを書いて」と入力するだけでは、どこかで見たような一般的な文章になりやすいでしょう。
しかし、今回の事例は少し違います。
AIの中には、松浦氏が60年間で積み重ねてきた経験があります。
だから、文章を作っているのがAIであっても、その中で語られている出来事や考え方そのものまで偽物になるわけではありません。
そして何より興味深いのは、AIが書いていると知られる前から、多くの人が記事を読んでいたことです。
記事に共感する人がいて、「スキ」が集まり、さらには約40年前のつながりまで復活しました。
そう考えると、「AIが書いた文章でも、人は惹かれるのか」という問いに対して、今回の事例は一つの答えを示しているようにも感じます。
重要なのは、誰がキーボードを打ったのかではなく、その文章の背景にどんな経験や情報があるのか。
つまり、コンテンツの価値を決めるものが、「執筆者」だけではなく「元となる情報」へと変わり始めているのかもしれません。
誰でも80点の文章を作れる時代
生成AIを使えば、ブログ、SNS投稿、広告コピー、メール、企画書など、さまざまな文章を短時間で作れるようになりました。
以前であれば、ある程度文章を書くことが得意な人にしかできなかった作業も、今ではAIを使うことで多くの人が一定水準まで仕上げられるようになっています。
言い換えると、「誰でも80点くらいの文章を作れる時代」になりつつあるとも言えます。
では、その先で何が差になるのでしょうか。
おそらく、「AIに何を渡せるか」です。
例えば、10年間の営業経験、1,000件のお客様との会話、自社で行った施策の結果、現場で起きた失敗、社員しか知らない裏側、経営者が何十年も積み重ねてきた判断や経験。
こうした情報は、ChatGPTを開いただけでは出てきません。
松浦氏の場合、それが「60年分の人生」だった。
だからこそ、同じAIを使ったとしても、誰でも同じnoteを作れるわけではないのです。
AIの性能がどれだけ高くなっても、元となる材料が違えば、出来上がるコンテンツも大きく変わります。
AI時代ほど「残している人」が強くなる
今回の事例からは、もう一つ重要なポイントが見えてきます。
それは、経験そのものだけではなく、「経験を記録して残していること」の価値です。
過去のSNS投稿、メール、写真、動画、ブログ、インタビュー、仕事で作った資料、議事録、日報。
こうしたデータが残っていれば、AIはそこから必要な情報を拾い、整理し、別の形で再活用できます。
これは企業でも同じです。
ベテラン社員が長年持っているノウハウ、何年分もの営業日報、過去の顧客対応、昔作った提案資料、成功したプロジェクト、失敗したプロジェクト。
これまでは「昔のデータ」として眠っていたものが、AIによって再び使える資産になる可能性があります。
これからの時代に強いのは、単に経験が豊富な人だけではないのかもしれません。
その経験を記録し、蓄積し、AIが読み取れる状態で残している人や企業の方が、より大きな価値を生み出せるようになる可能性があります。
AI活用の差は、AIそのものではなくなる
少し前まで、生成AI活用といえば、「どんなプロンプトを書けばいいか」「ChatGPTとGeminiはどちらがいいか」といった話が中心でした。
もちろん、こうした使い方の工夫は今でも重要です。
ただし、AIそのものの性能が上がれば上がるほど、多くの人が同じレベルのAIを使えるようになります。
そうなると、「どのAIを使っているか」だけでは差がつきにくくなります。
例えば、同じChatGPTを使っていても、何も独自情報を持っていない人と、10年間の顧客とのやり取りや営業データを持っている会社では、AIから引き出せるものがまったく違います。
つまり、AIが一般化するほど、その人や企業にしかないデータの価値は高くなっていくということです。
今回の松浦氏の事例は、それを非常に分かりやすく見せてくれたように思います。
「AIが書いたか」は、そのうち気にしなくなるのかもしれない
これからAIがもっと当たり前になれば、「この文章はAIが書いたのか」という問い自体が、今ほど重要ではなくなるのかもしれません。
大切なのは、誰がキーボードを打ったかではなく、そこに本物の経験があるか、その人にしか語れない情報があるか、読んだ人に何かを残せるか、ということです。
そして今回の事例には、もう一つ注目したいポイントがあります。
AIが担当したのは、文章を書くことだけではありません。
アカウントを作り、記事を作り、投稿する。
つまり、発信に必要な一連の作業そのものをAIが進めています。
これは、AI活用が「文章を書いてもらう」段階から、「仕事そのものを任せる」段階へ進み始めていることを示す事例でもあります。
これからのAI活用で差がつくのは、「AIを使っているかどうか」ではなく、自分たちにしかない経験やデータをどれだけ持っているか。
それをきちんと残しているか。
そして、AIが使える状態にできているか。
さらに、そのうえで「人間がやるべきこと」と「AIに任せること」をどう分けていくのか。
松浦氏のnoteは、単に「AIがここまで文章を書けるようになった」という話ではありません。
AIが当たり前になるこれからの時代に、人や企業が何を蓄積し、何を資産として持っておくべきなのか。
そして、AIにどこまで仕事を任せられるようになるのか。
その両方を考えさせられる、非常に面白いAI活用事例なのではないでしょうか。