日本の病院が「社交場」になった日:医療費47兆円時代の真実

無病呻吟(むびょうしんぎん) → 病気でもないのに苦しげにうめきたてる意から、たいしたことがないのに大げさに騒ぎ立てること。
無病呻吟(むびょうしんぎん) とは、病気でもないのに苦しげにうめき声を上げることが転じて、大したことがないのに大げさに騒ぎ立てることをいう。
この言葉の語源は宋代の武人であり詩人でもあった辛棄疾の詞「臨江仙」にある。
病もないのに呻吟の声を発するという意味から、本来は文学作品において内容が空虚であるにもかかわらず、苦悩や憂愁を装って大げさに表現することを批判する言葉として使われてきた。
しかし、2025年の日本において、この言葉はまったく別の文脈で極めて現実的な意味を持つようになった。
病院の待合室で毎日のように顔を合わせる高齢者たち。
特段重い病気があるわけではないが、月に何度も、時には週に何度も医療機関を訪れる。
血圧の薬をもらうため、膝の痛みを訴えるため、なんとなく体調が優れないから――理由は様々だ。
日本の医療費は2023年度に47.3兆円という過去最高額を記録した。
そのうち75歳以上の高齢者が消費する医療費は18.8兆円で、全体の約40%を占める。
一方で、健康であると自覚している高齢者の61.6%が月1回以上医療機関に通院しているという驚くべきデータが存在する。
これは一体何を意味しているのか。
医療費47.3兆円の衝撃:数字が語る高齢者医療の実態
2023年度の概算医療費は47.3兆円に達し、3年連続で過去最高を更新した。
前年度から2.9%(1.3兆円)の増加だ。
この数字を見ても、多くの人はピンとこないかもしれない。
しかし、47.3兆円という額は、日本の国家予算の約40%に相当し、自動車産業や電機産業といった日本の基幹産業全体の売上高を凌駕する規模である。
より重要なのは、その内訳だ。
75歳以上の医療費:
- 総額:18.8兆円(前年度比4.5%増)
- 全体に占める割合:39.8%
- 1人あたり医療費:96.5万円
75歳未満の医療費:
- 1人あたり医療費:25.2万円
つまり、75歳以上の高齢者1人が消費する医療費は、75歳未満の約4倍にのぼる。
人口の約15%を占めるに過ぎない75歳以上の高齢者が、医療費全体の4割を消費しているという現実がここにある。
日本の医療費を国際的な視点から見ると、さらに興味深い事実が浮かび上がる。
2019年のデータによれば、日本の対GDP医療費支出比率は11.0%で、OECD加盟38カ国中5位となっている。
アメリカ(16.9%)、スイス(12.2%)、ドイツ(11.7%)、フランス(11.2%)に次ぐ高さだ。
かつて日本は「低コストで質の高い医療を提供している」と自負していた。
しかし、2011年には12位だった順位が2019年には5位まで上昇している。
この急激な順位上昇は、高齢化の進展と医療技術の高度化が主な要因だが、もう1つ見逃せない要素がある。
それが「医療サービスの利用頻度」だ。
年間45回の通院:世界に類を見ない受診文化
日本の医療制度を研究する専門家の間で、しばしば引き合いに出されるデータがある。
年間平均受診回数の国際比較:
- 日本:13回(全年齢平均)
- オランダ:6回
- スウェーデン:3回
日本人は平均して年間13回医療機関を受診する。
これは健康な若者も含めた全年齢の平均値だ。
スウェーデンと比較すると4倍以上の受診回数である。
さらに驚くべきは高齢者のデータだ。
75歳以上の後期高齢者で、実際に通院している人の年間平均受診回数は約45回。
ほぼ毎週病院に通っている計算になる。
令和5年の患者調査によれば、調査日当日に医療施設で受療した外来患者数は727.5万人で、そのうち65歳以上が369.8万人、75歳以上が227.5万人だった。
外来患者の約51%が65歳以上、約31%が75歳以上という構成だ。
ここで注目すべきは、内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」の結果である。
この調査によれば、日本の高齢者で「健康である」と自覚している割合は65.4%に達する。
これは韓国(約40%)を大きく上回り、決して低い数字ではない。
しかし、同じ調査で「月1回以上通院している」と答えた高齢者の割合は61.6%だった。
他国との比較:
- アメリカ:24.6%
- ドイツ:32.9%
- スウェーデン:14.6%
- 韓国:59.2%
日本は韓国とともに、健康だと自覚しながらも頻繁に医療機関を訪れる高齢者が突出して多い国なのだ。
韓国の場合は「健康である」と回答した割合が4割程度にとどまっているため、高い通院頻度には一定の説明がつく。
だが日本は違う。
健康であると認識しながらも、月に1回以上病院に通う高齢者が6割を超えているという事実をどう解釈すべきか。
大和総研のレポートは、日本の高齢者の特徴的な行動パターンを指摘している。
「今日は内科の先生のところへ行って、明日は耳鼻咽喉科、明後日は眼科に行く」
いわゆる「はしご受診」だ。
高血圧で内科、膝の痛みで整形外科、目のかすみで眼科、耳の聞こえで耳鼻科――それぞれ別の医療機関を訪れ、それぞれで薬を処方される。
かかりつけ医という概念が十分に浸透していないため、複数の医療機関を転々とする高齢者が少なくない。
令和元年の国民生活基礎調査によれば、高齢者の通院理由の上位は以下の通りだ。
男性:
- 高血圧症
- 糖尿病
- 歯の病気
- 目の病気
- 腰痛症
女性:
- 高血圧症
- 脂質異常症
- 目の病気
- 歯の病気
- 腰痛症
これらの多くは慢性疾患であり、定期的な通院と投薬管理が必要な病気だ。
しかし、問題はその「頻度」にある。
社交場化する病院
「日本の病院は高齢者のサロンになっている」――この批判を耳にしたことがある人は多いだろう。
確かに、病院の待合室で世間話をする高齢者の姿は珍しくない。
待ち時間に知り合いと会えば会話が弾むのは自然なことだ。
しかし、「暇だから病院に行く」という単純な図式で説明できるほど、実態は単純ではない。
平成17年度の内閣府調査は、高齢者の通院頻度について以下のデータを示している。
一人暮らし世帯の通院頻度:
- 月に1日:27.0%
- 月に2~3日程度:25.6%
- 週に2~3日程度:8.5%
- 週に1日:6.3%
- 通院していない:24.2%
夫婦のみ世帯の通院頻度:
- 月に1日:29.7%
- 月に2~3日程度:22.7%
- 週に2~3日程度:8.2%
- 週に1日:7.2%
- 通院していない:24.4%
興味深いのは、一人暮らし世帯と夫婦のみ世帯で通院頻度にほとんど差がないという点だ。
もし「孤独だから」「話し相手がいないから」病院に行くのであれば、一人暮らし世帯の通院頻度がもっと高くなるはずだが、実際にはそうなっていない。
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